95話 ザナ ~小さな体、裏切り~

 食料が底を尽きてから三日が経った。

 空腹はとうに過ぎ去り、腹の音すら鳴らない。


 私達の空腹は今や焼きトウモロコシで食い繋いでいる状態だ。

 だが⋯⋯今日はまだあの女の子の姿は見えない。


 どうしたのだろうか。

 いつもは時間ピッタリに来るのだが、今日は少し遅れているだけ?


 すると外からは砂利を踏むような足音が聞こえてくる。

 女の子が来たのかな? いや、違う⋯⋯毎日聞いている女の子の足音ではなかった。

 しかし首を横に向ける気力も残っておらず、それが誰なのかいち早く確かめるのは不可能だった。


 目の前の鉄格子が揺れる音がした。

 そこにいたのはなんと23日間も姿を現さなかった、あの白髪男だった。


 しかし怒りは込み上げて来るものの、それを表に出す気力は残っていない。

 すると白髪男は鉄格子を手で叩きながら、ニヤっと笑みを見せ口を開いた。



「まだ生きていたのか⋯⋯」



 やはり私達を自然死させる気だったのだろう。



「どうしてだ⋯⋯? どうして生きている?」



 白髪男は不思議なようだ。

 私達がどうして23日も生きられたのか⋯⋯。


 しかし私達にはもう口を開く元気も残っていない。



「おねえちゃんたち⋯⋯!」



 そう口にしながら走って来たのはあの女の子だ。

 鉄格子の外に立ちこちらを睨んでいる白髪男を目にすると、女の子の手に握られていたトウモロコシが地面にポトっと落ちる。



「あっ⋯⋯あの」

「そうか⋯⋯そうなのか。クックックッ」



 その女の子の姿を見ると白髪男は不敵な笑みを見せ、狂ったように笑い始めた。

 女の子は今にも泣きだしそうだ。


 すると白髪男は地面に落ちたトウモロコシを拾い上げ、女の子を睨んだ。



「……ふん」



 女の子は俯き白髪男と目を合わせようとしない。


 そして次の瞬間、白髪男の顔付きが変わり拾い上げたトウモロコシを、女の子の傍の地面に叩きつけた。



ーーバシッ!!



「きゃっ!!」



 目を瞑り怖がる女の子をよそ目に、その小さな腕をガシッと掴んだ。



「お前か? お前がこいつらに餌をやっていたのか?」



 白髪男の低く掠れたその声はまるで感情がないようだ。



「あのっ⋯⋯」



 勇気を振り絞って出した女の子のか弱い声は、白髪男の耳に届く事はなかった。



「どうしようもないなぁ⋯⋯お前はっ!」



 その言葉と共に強烈な音が響き渡った。

 そして女の子は地面に倒れた。


 私は何が起こったのかと事態を把握すべく、前のめりになり倒れた女の子を鉄格子の中から覗いた。

 女の子の目には涙が。

 空腹で回らなかった頭がようやく機能した。


 女の子の小さく可愛い頬は真っ赤に腫れ、ピンクの唇からは血が出ている。

 白髪男はこの小さな女の子に対して、血が出る程強く殴ったのだ。


 鉄格子を掴み体を乗り出している私は、白髪男を睨み上げた。



「なんだその目は⋯⋯? そうか、このガキも同罪だな。⋯⋯ふん」



 そう言うと白髪男は倒れている女の子の首根っこを掴み、ヒョイッと軽々と体を持ち上げた。

 そして鉄格子を開け、この部屋の中に放り投げた。



ーードサッ。



 女の子の体は乱暴に投げられ、私の腕の中に収まった。



「大丈夫⋯⋯?」



 私のその声も届いていない程、荒い息遣い。



「⋯⋯ちょっと?! この子を、この子をどうするつもりですか?!」



 そう荒く声を上げたのは、様子を見に来た女の子の母親だ。

 血相をかいて走って来たようで汗だく。


 その母親の姿を見て白髪男は再び笑みを浮かべる。



「⋯⋯ふん。お前も入りたいか?」



 母親の腕を強く掴む。



「おかあ⋯⋯さん。ヒナ、だいじょうぶ」



 女の子⋯⋯ヒナは無理矢理笑顔を作り母親にその顔を見せた。


 どう考えても大丈夫ではない。

 この小さな体で受け止めきれるわけがない。



「⋯⋯ヒナ」

「親子揃ってここに入るか? クックックッ。お似合いさ!」



 母親はヒナの体を見ると一瞬白髪男を睨んだようにも見えたが、すぐに表情が和らぎ笑顔を見せた。



「いいえ。ヒナは悪い子です。この部屋がお似合いですよ。さぁ、行きましょう? コウガ様?」



 コウガとはこの白髪男の事だろうか⋯⋯? 母親はコウガという白髪男の腕に自分の腕を組んだ。



「⋯⋯クックックッ。そうか、それが賢いよ⋯⋯」



 コウガは嫌らしく母親の頬を撫でた。



「おかあ⋯⋯さん?」



 母親には、その小さくか弱いヒナの声は聞こえていなかった。

 ヒナを無視する母親の代わりに、コウガがこちらをチラッと見て微笑み鼻で笑った。


 コウガに体を触られながら去っていく母親の顔は、笑顔ながらもどこか拒絶している⋯⋯そんな感じがした。



「どこにいくの⋯⋯? おかあさん⋯⋯ヒナ、いいこにするから⋯⋯」



 鉄格子に捕まり顔を覗かせる小さな姿。その言葉は無情にも母親に届く事はなかった。

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