第23-1話 帰り道

 バイト終わりの夜道をひなたら三人は歩いていた。前には紙袋を手に嬉しそうに歩くひなたが、その後ろには紺乃と千瀬が二人並んで歩いていた。

「ぐすっ……ぐすっ……」

「ほら、もう泣かないの。敵は取ってあげたんだから」

「う、うぅう……うええええん」

「ちょ、え!? な、なんでもっと泣くのよ!?」

「千瀬ちゃんが……」

「あ、あたしのせいなの?」

「私を助けてくれたときと変わらないんだって……安心して……それが嬉しくて……」

「そ、そんなこともあったかしら?」

「あったもん……!」

 紺乃は涙交じりに、けれど力強い瞳でそう断言した。

「私が引っ越してきたときね、ずっと一人だった……。殴られたり、蹴られたりはしなかったけど……ただずっと無視されるのが、凄く怖くて……寂しかった……。声をかけたら自分もいじめられるからって、誰も話しかけてくれなかった……。本当に怖かったの……」

 そんなとき、初めて声をかけてくれたのが千瀬だった。

「体育の時間にね、二人組をでいつも最後まで決まらない私に声をかけてくれたんだよ。『何ひとりで突っ立ってるのよ。ペアまだ組んでないの? だったら、あたしと組まない?』って言ってくれたの。私をいじめてきた女子たちが遠くで睨み付けてたのに。そんなこと構わずに。それからも、ずっと私とペアを組んでくれた。最初はね、いじめられていることに気づかないのかなって。マイペースな人なんだなって思ったの。でも、一緒に過ごしているうちにそれは違うって分かった。本当はいじめにも気づいていたし、それでも勇気を出して私を助けようとしてくれていたんだって。あの素っ気ない態度はただの照れ隠しだったんだって」

「……勘違いじゃないの?」

「そんなことない。ずっと一緒にいたんだもん。絶対に間違いないんだから」

 断言する紺乃に、千瀬は人差し指で少し赤くなった頬を掻いた。

「千瀬ちゃんは優しいんだよ」

「買いかぶり過ぎよ」

「そんなことない。だって、そんな優しい千瀬ちゃんのことが、私は本当に好きなんだから」

「もう、真顔でそんなこと言わないでよ。こっちまで顔が赤くなってきたじゃない」

 千瀬は掌でぱたぱたと顔を扇いだ。

「私、絶対付き合ってみせるんだから。絶対、千瀬ちゃんのこと落としてみせるから」

「はいはい、楽しみにしとくわ」

 へらへらと返しつつも腕を絡めて顔を寄せてくる紺乃を、千瀬は拒否しなかった。

「うふふ、お二方はお熱ですねー」

「はいはい。ところで、ひなた。さっきから大事そうに抱えているそれは何?」

「メイド服です。店長から貰いました。お兄ちゃんに見せて誘惑するのです」

「……あっ、そう」

 千瀬は呆れたように苦笑いを浮かべた。


 ◇


「ただいまなのです」

 口笛を吹きながら玄関を開けると、ちょうど家を出ようとしていた悟と出くわした。

「原山さん、家に来てたのですね」

「お、ひなたちゃん、帰ってきたのか。カフェじゃありがとな。メイド姿は可愛かったぞ。じゃ、お邪魔しました」

 そういうと、悟は手をひらひらと振りながら去っていった。ひなたは靴を脱ぎリビングルームの扉を開くと、そこにはテーブルに頬杖をつきながらぼんやりと考え事をしている兄が座っていた。

「何かあったのですか?」

「ん、なんでもないよ。これから飯作るけど、ひなた何か食べたいものがあるか?」

「そうですねー、クリームシチューがいいです!」

「そ、それは作るのに時間がかかるな」

「えー、お兄ちゃんはクリームシチューもすぐに作れないんですかー?」

「兄への期待が大きすぎるよ!? じゃあ、適当に作るぞー」

「はーい」

 そういい護が立ち上がったとき、彼のズボンの後ろポケットから一枚の紙がはらりと落ちた。ひなたはその神を拾おうとして、開かれた紙面に目が向いた。そこには、成績優秀者の海外留学に関する推薦が書かれていた。

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