第22-3話 メイドカフェ大乱闘(3)
『それマジで!?』
『マジマジ! 潰れたカエルみたいになってんの!』
『ぎゃははははははは!!』
騒ぎ立てる男たちから二つほどテーブルの離れた席。楽しそうに妹談義をしていたはずの青年二人は眉間に皺を寄せた。
「……うるさいなぁ」
「さっき店の子とトラブル起こしてたし。どうにかならないかな」
「あの~、お兄ちゃんっ!」
「「うおおおっ!?」」
テーブルの下からひなたがひょっこりと顔を出して、二人は驚いた。
「さっきからあの人達に迷惑してますよね。わたしも友達をいじめられて怒っているのです。だから復讐する計画を立てたのですが、お兄ちゃんたちも、わたしたちに協力してくれませんか?」
「そりゃあ俺たちの妹のためならなんだってするが」
「暴力沙汰はちょっとなあ……」
「野蛮なことはしません。恐怖のどん底に叩き落とす、とっておきの作戦があるのです。……これを」
「「これは……!?」」
ひなたが差し出したソレを受け取った二人は目を見開いた。そして、ひなたの言う『作戦』の内容を察して二人で顔を見合わせた。
「な、なるほどな」
「これなら暴力沙汰にはならんだろうが」
「やっぱり恥ずかしいですよね。協力は難しいですか?」
「何言ってんだ、可愛い妹メイドのためだぜ!」
「一肌脱いでやるに決まってんだろ!」
「ふわぁ! ありがとうございます! お兄ちゃん!」
「「おう!」」
サムズアップする青年二人に、ひなたはぴょんと飛び跳ねた。そして作戦の具体的な内容を伝えると、カウンター裏へと戻っていった。
「お兄ちゃんたち、協力してくれるみたいです!」
「こっちもオッケーよ」
「わたくしもです」
無事に仕込みが終わり、三人は顔を見合わせる。
「ではでは、この世の地獄を体験させてあげますですの」
◇
作戦のことなど露知らず、相変わらずに三人は大声で騒いでいた。そのテーブルに一人のメイドが近づいてゆく。
「ご主人様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「あ? なんか注文してたっけ――ぶふぅ!?」
金髪ピアスの男は飲んでいたジュースを前の男に吹き出した。
「な、なにすんだよ、てめえ……」
「いや、だって、あれ……」
「なにって、あ? ――アアァ!?」
震える指の先を見て、顔面にジュースを吹きかけられた男も固まった。そこにはメイド服を着た男が立っていた。
「ななななな、なんだお前は!?」
「メイドでございますが」
坊主頭のメイド男は『なにか問題でも?』と艶やかな笑みを浮かべた。
「よっと、お邪魔しますね、ご主人様」
「おい、寄るなテメェ! 気持ち悪いんだよ!?」
「はっはっは! ご冗談を! 可愛い可愛いメイドですよ?」
「野郎がメイドしても可愛くはならねえよ!」
「いやー、なんだかお怒りの様子ですねー。ストレスが溜まってるんじゃないですか? あっ、もしかしてメイドの数が足りないのがご不満なんですね!」
「違げぇよ、って、増えたァァ!?」
メイド男が指を鳴らすと、どこからともなくメイドたちが現れた。その全てが男である。数にして数十人のメイド男たちはのっそのそと緩慢な動きで暴漢三人組のテーブルへと集まってくる。来た順からテーブルに座り、座りきれない男たちは立ったまま、無言かつ無表情でテーブルを囲っている。
「いやあ、ご主人様! たくさん集まりましたねえ! 両手に花ってやつですよ、これは! ご満足いただけましたかぁん?」
「満足できるわけねえだろ!? 野郎はいらねえんだよ、失せろ!」
「あらー、満足なさってない? それはおかしいですねえ。あっ、分かりましたよ! スキンシップが足りないんですねえ? 仕方のないご主人様ですねえ、ではここからはサービスタイム! 触り放題ですよぉん!」
「ひぃぃ!? やめろ!? 身を寄せるな!?」
「もう、いきなりどこ触っているんですかぁん?」
「お前こそ人の股間を弄るな!? 気持ち悪い!?」
「でも、今回は特別に、いいですよ……?」
「ウゲエエエ!? ヤバイこいつらガチだッ! 逃げろォォ!?」
身の危険を感じた男たちは席を立ち、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。群がっているメイド男の中をかき分けて、三人はバラバラに逃げてゆく。
「なんだ、この地獄絵図は……早く……早く逃げ出さねえと……ぐえぇ!?」
そのうちの一人、金髪ピアスはなにか大きなものにぶつかった。それは慎重2メートルを優に超える、軍人とすら思えるくらいムキムキな体つきをした巨漢だった。もちろんメイド服を着用している。巨漢は自分にぶつかってきた金髪ピアスの襟首を摘み、片手で宙に持ち上げた。
「愛結様、捕まえたッス」
「ご苦労、西山」
巨漢の隣には、へらへらと笑う愛結が立っていた。
「ダメですのよー、ご主人様。勝手に席を離れて貰ったら困りますの。まだとっておきのサービスが残っているんですから」
「な、なんだ!? なんなんだお前は!?」
「動揺してるようですわね。それでは、コースを冷静に味わえるよう少しサービスのご説明をして差し上げますわ。こちら、我が黒洞院家の軍事部門の若き部長、西山クリストファー嵐ですの。過去に某アメリカ軍隊に在籍していた経験を持ち、いくつかの戦場を渡り歩いてきた才腕ですの」
「ウッス」
「ちなみにガチのゲイですの」
「……ウス」
巨漢は軽く頬を赤らめた。
「ご主人様、今回のコースは西山のラブラブ☆フルコースでございます。超絶気持ちいい、リピート率九十五パーセントの最高コースです。しかし、代償としてこのコースを味わった男は、二度と女性に対して興奮できない体になってしまいますの」
「はっ? はあああああ!?」
「あら、よい絶望顔。わたくしってば、少しばかり興奮してきましてよ。それでは西村、ご奉仕してやりなさいですの」
「ウス、自分、ご奉仕するッス」
「やめろおおおおおおおおおおおおおお」
貞操の危険を感じた男は逃げだそうと必死に手足を動かすも、鍛え上げた身体の前では全くの無力。数分して憐れな嬌声を挙げ始めた。
一方、その頃。金髪ピアスと逆方向に逃げた男は、荒縄で縛られて両足でM字を晒すような格好で宙に吊るされていた。その前には、鋭い鞭を手にした千瀬が立っている。
「わざわざ紺乃を触ったやつを宛がってくれるなんて。クソコスプレイヤだと思ってたけど、こういうところは頼りになるよね」
千瀬は手に持った鞭を振るう。鋭く空気を切り裂く音に、吊るされた男の顔が青ざめる。
「いつもクソ巨乳にやってるからかしら。どんな風にやればどうなるか、大体分かるのよね。傷が残るか、残らないか。皮膚を割くか、割かないか。肉まで割いて血まみれになっちゃうか」
そこまで言うと、千瀬は一切容赦のない目つきで男を睨んだ。
「――死を覚悟なさいね♪」
「ひいぃいぃ!?」
店内に悲痛な声が響き渡る中、入り口近くまで逃げた一人の男が、二人のメイド男にのしかかられるようにして捕まっていた。
「あなたは幸せな人です」
「これから妹様の魅力に触れられるのですから」
「なんだてめえらは!? 俺は店から出るんだよ! 離れろ!」
「神様は言いました」
「妹に踏まれなさいと」
「どこの宗教だ!?」
彼らは妹属性に染められた忠実な僕だった。そして、彼らの崇拝する妹様こと芽吹ひなたが男の前に現れた。
「こんにちは、お兄さん」
「お、お前がこいつらの主か!? 頼む、こいつらに俺を離すように言ってくれ!」
「それは別にいいですよ。でも、あなたは紺乃ちゃんをいじめましたよね? でしたら、すべきことがあるんじゃないですかー?」
「す、すべきこと?」
「懺悔です♡」
言うと、ひなたは男に見せつけるようにして、すらりと足を差し出した。
「悪い子にはお仕置きが必要ですよね~。男の人の弱いところってどこでしたっけ~?」
少女の靴が男の膝小僧から太ももを伝っていき、最後に股間をきゅっと優しく踏みつけた。
「あら~? いま、びくっとなりましたね~? ここが弱いところなんですね~? じゃあ、ここにお仕置きをしちゃいましょうか~?」
「ひっ!?」
ひなたの言う『お仕置き』がなんであるかを察した男は、顔をサァと青ざめさせた。
「た、頼む。そこは、そこだけは許してくれよ!」
「えー、反省してないみたいですしー、潰しちゃいましょうか?」
「いや、ほんと悪かった! 反省してるんだって!」
「どうせ口だけですよねー。言葉遣いも乱暴ですし」
「や、やめてください!?」
「じゃあ、豚さんになってください」
「え?」
「さっきからなんだか腹が立つんですよね~。自分より弱い人をいじめるくせに、強い人にはすぐ屈服して。そのくせ一端の人間ぶってるところとか。あなたは人間以下なんですよ? だから人間みたいな恰好は禁止です。二足歩行も人間の言葉を喋るのも禁止です。ほら、さっそく見せてください!」
「ぶ、ぶひひぃ?(こ、こうですか?)」
「ぷぷっ、その調子ですよ。もっと頑張って♡ 情けない豚さんになってくださいね~♡」
「ぶひ、ぶひひひいいいん!!」
「あはは~♡ なにそれ~♡ 写メ撮っちゃお♡」
「ぶひ、ぶひひひぃ……(お、お願いします、助けてください……)」
「あら、豚さんが何か言ってますね~」
「ぶひひいぃ……(お願いしますぅ……)」
「うーん?」
「ぶひひひぶひぃ……(そこだけは許してください……)」
「ごめんなさい、わたし豚さんの言葉分かりません♡」
「うびゅ!?」
涙を流しながら懇願する男の股間を、ひなたは容赦なく踏みつけた。
「あ、あ、ああああああああ」
男の股間からなにやら温かい液体が流れ出てくる。それとともに、男を拘束していた妹教信者の二人が手を離す。豚と化した男は、号泣しながら自らの股間を触る。そして、そこにまだ自分のモノがついている事に気付く。ひなたの足は、男の股間の数センチ横を踏み抜いていたのだ。
「今回だけは特別に許してあげます。もうやらないでくださいね、小豚さん」
「ぶひ、ぶひいぃぃ!(は、はいいいいい!)」
ふらりと豚の男が立ち上がるとともに、後ろから他二人の男が歩いてくる。片方は血まみれになった身体を引きずるように、もう一方はお尻を押さえている。店先に並んだ暴漢三人組を前に、店内の全メイドたちが一列に並ぶ。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様。またの来店をお待ちしてます」
「に、二度と来るかッ! いだ、いだいよ、ぐおおお!」
「うわあああああん! 尻が痛いよ、母ちゃぁぁあん!」
「ぶ、ぶ、ぶひひいいいいい! ぶひひひひいいいい!!」
各々捨て台詞を吐きながら、三人が飛び出して数瞬後、
「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
店内に歓喜の声が沸き上がった。
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