第22-1話 メイドカフェ大乱闘(1)

「ひなた、頑張ってな」

「はい!」

 忙しい時期を超えて余裕のでき始めた頃、会計を終わらせて店を出ようとした兄たちは働いているひなたに手を振った。

「また寄ってくださいね! わたし、たっぷりサービスします!」

「え? もしかしてバイト続けるつもり?」

 千瀬の顔は弁明に「やめて、疲れる……」と物語っていた。

「それにしても紺乃ちゃんは物覚えがいいですね」

 ひなたは料理を運んでいる紺乃に視線を向けて呟いた。

「素直だからね。頭も悪くないし。これくらいはできるでしょ」

「そういえば千瀬ちゃんは紺乃ちゃんが働くのを邪魔してましたよね。あれはどうしてなんですか?」

「……真面目すぎるから、かしら」

「?」

「社会はね、誠実に働くだけじゃダメってことよ」

 そのとき、がらんと扉を叩きつけるようにしてガラの悪い男が三人入ってきた。

「オイコラァ! ご主人様が来てやったぜ!」

 大声を張り上げる大男に、店内は静まりかえった。しかし、そんなことは気にも留めず三人の男は店先で騒ぎ続ける。

「お帰りなさいませなんだよ、ご主人さ」

「おおー! すげえ美人じゃん!」

「てか、おっぱい大きい! 名前なんていうの?」

運悪く接客に当たった紺乃が震える。ピアスをした大柄な男は紺乃の肩に手を乗せながら、下卑た笑みを浮かべている。

「あ、あの……ご主人様、お触りは、き、禁止なんだよ……」

「ああ? なんだって?」

「ひぃっ!?」

 間近で大声を浴びせられて、紺乃は縮こまった。

「おいー、迷惑かけるなよー。お前が触ってるからだろ?」

「ふへっ、めんごめんご! 俺の手が勝手にやったんだ! 許してくれっよな?」

「それより、ご主人様を案内しねえのかよ?」

「は、はい……こちらになるんだよ……」

 恐怖に震えながら紺乃は男たちをテーブル席へと案内する。

「ご注文がお決まりになりましたら……」

「呼んでやるよ。またお前が来いよ」

「は、はいぃ」

 接客を終えると紺乃は逃げるように帰ってきた。そして、カウンター裏にまで辿りつくとへなへなと床に尻をついた。

「怖かった……怖かったんだよ……」

「だから働くなって念を押したのに。あんたはあの手の輩が苦手なんだから。ほら、もう中に入っときなさい。人も少なくなってきたし、一人くらい休んでても大丈夫よ」

「でも次も来いって……」

「……真面目すぎ。馬鹿の言うことなんて聞く必要ないわ。後はあたしが適当に対応しとくから、休憩室にでも隠れてなさい」

 紺乃は千瀬をじっと見つめて、ゆっくりと首を振った。

「ううん、私がやるんだよ」

「え?」

 その時、注文のチャイムが鳴った。

「おいこらァ、ご主人様を待たせるのかァ!? 早く出て来いよォ!」

 大声を挙げる男に、紺乃はびくりと体を震わせるも、ふらふらと立ち上がり男たちの元へと向かっていった。

「バカ!? なんで行くのよ!?」

 注文を取りに行くと、明らかに苛立った様子で男たちは叫んだ。

「遅せぇじゃねえか!」

 バンと男がテーブルを叩いた。

「あー? お前、なんでさっきから震えてんだよ」

「てか、お前のせいでペン落としたんだけど、拾えよ」

「は、はい……」

 言われて屈み込む。足元には、落ちていない。紺乃は机の下まで潜り込んでペンを探したが、そこにも何も落ちていなかった。

「ふへへっ!」

「――っ!?」

 ふいに紺乃は背後から視線を感じた。振り返ると、三人の男が後ろからスカートの中を覗き込んでいた。紺乃は慌ててスカートの裾を押さえて、下着を隠した。

「あー、俺の膝の上にあったわー! 探してくれてありがとな!」

「あの、それで、ご注文は……」

「注文? あー、なんだっけ?」

「適当に頼むべ!」

「ご注文は以上ですか……?」

「以上だよ!」

「それとも何? ご主人様にご奉仕でもしてくれんのか?」

「「「ぎゃははははは!!」」」

「し、失礼します……」

 紺乃がよろよろと帰ってくると、千瀬が彼女の前に立ち塞がった。

「もうやめときなさい」

「……まだ頑張れるんだよ」

「っ! あのね、あの手の輩はまともに取り合ったらダメなの。耐えるだけもアウト。調子に乗らせるだけよ。無視するのが一番なの。あたしならのらりくらり躱せるんだから。変わりなさい」

 苛立ちの籠った千瀬の声に、紺乃は俯いていたが……小さく首を振った。

「嫌だ、私が行く」

「なっ!?」

 千瀬の忠告を拒否して、疲労した身体を引きずるように紺乃は歩いていった。

「あのクソ巨乳、何強情張ってるのよ!? あー、もうイライラする! ひなた、店長呼んできて! こうなったら無理やり止めてやる……!」

「あの……そう思ってわたしも探していたのですが……店長さん調理室で眠っていました」

「はあ!?」

「愛結さん曰く、かなちゃんの新作料理を味見したら動かなくなったと」

「あんのクソ先輩……ッ!」

 ふるふると肩を震わせる千瀬。

 そのとき、ガシャンとお皿の割れる音が客席の方から聞こえてきた。見ると、男たちの注文を運んで行った紺乃が、恐怖のあまりポテト盛りのお皿を落としてしまったようだった。

「ああ? てめえ、何やってんだよ?」

「このでけえ胸が邪魔なんじゃねえのかよ?」

「持ち上げてやっから早く拾えよ!」

「え……? あ、きゃあああああ!?」

 男に胸を鷲掴みにされた紺乃は、悲鳴を挙げてその場で蹲った。

「お客様、当店ではお触りは禁止させていただいてます」

 その声を聴くや否や、千瀬が間に割って入った。

「なんだよ、俺らが悪いみたいじゃないか」

「なあ、あいつが悪いんだぞ」

「……申し訳ありません」

 平静を取り繕いながら頭を下げる千瀬の後ろでは、ひなたが泣きじゃくる紺乃を連れていっていた。

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