第20-1話 千瀬ちゃんを追跡せよ
「レッツ! 放課後ストーキングなんだよ!」
放課後。ひなたと紺乃の二人は裏校門から出ていく千瀬の十メートルほど後ろを隠れながらつけていた。
「あの、友人同士でこういうことはやめた方がいいのではないですか?」
「友人だからだよ! 親友同士に隠し事はいけないんだよ! それにひなたちゃんは千瀬ちゃんの変化が気にならないの?」
「ふむ」
言われてみると気になる。辺りを気にしながらこそこそと歩く千瀬の様子は、ひなたの目から見ても確かにおかしかった。
「そもそも今の行動自体が普段の千瀬ちゃんなら考えられないんだよ」
「どこが変なのですか?」
「今日は千瀬ちゃん日直だったんだよ。面倒くさがりなように見えて千瀬ちゃんはとても真面目な性格なの。日直の仕事である放課後の掃除当番を他人に任せてまで外出しようだなんて、ありえない。絶対に女関係だよ!」
「男じゃないのですか?」
「あ! ほら、動き出したんだよ!」
赤信号で止まっていた千瀬が再び歩き出した。その後ろを巨乳はついてゆく。そんな紺乃を視界に収めながらも、どうしようかと逡巡するひなただったが、
「まあ、面白そうですし」
結局、ついていくことにするのであった。
◇
桜乃島町の商店街にまでやってきていた。千瀬は駅前の銅像近くで立ち止まり、時折時計を見てそわそわしていた。
「ぜったいおかしい」
銅像の反対側に隠れていた紺乃は声を荒げた。
「友人とのお買いものではないのですか? よくある事だと思いますけど」
「ううん、この時間帯はもうすぐ大好きなアニメが始まる時間なんだよ。ディープなオタクの千瀬ちゃんは当然リアルタイムで見たいはず。さらに言うと千瀬ちゃんは人通りが大の苦手。だから三人で集まるときは人通りの少ないところで待ち合わせるでしょ。それを我慢してまで大通りで人を待つだなんて……ただ事ではないんだよ」
「よく知ってますね」
「千瀬ちゃんのことで知らないことはないんだよ」
若干引き気味にひなたは頷いた。
「って、ヤバい!? 千瀬ちゃんがこっちに方を確認しようとしてる!? 隠れな――きゃあ!?」
紺乃に押されて、ひなたは背後にいた人とぶつかった。
「ご、ごめんなさいです……って、あれ? 愛結さん?」
それはハリウッドセレブのような恰好をした女性だった。金髪の女性はズレたグラサンを掛け直しながら、慌てて手を振ってみせた。
「愛結様って誰のことですの? そんなプリティな名前じゃないですの!」
「その特徴的な口調! 絶対に愛結さんなんだよ! 変装なんかして一体何をしようとしているんだよ?」
「オゥ、超絶可愛い美少女の愛結様って誰デスノ? サッパリ分からないデース」
「あー、まどろっこしいですね! えいっ!」
「きゃあですの!?」
イライラしたひなたは、愛結の被っていた帽子を無理やり剥ぎ取った。
「変装がバレてしまいました。芽吹さんって意外と強引ですのね……」
愛結は二人が怪訝な目つきで見つめていることに気付いた。
「べ、別に如何わしい真似をしていたわけではないですの!? ここ数日彼方の様子が変だから後をつけたとかじゃなくて! わたくしは……そう、地上げの調査に来ただけ! 決して彼方が気になって仕方がないわけではないですの!」
「なるほどー、大好きな彼方さんのことをつけてきたのですねー」
「違うって言ってるですのーっ!?」
愛結は両手を大きく振り回して否定を表明している。
「その気持ち、分かるんだよ」
「へ?」
紺乃は愛結の手をぎゅっと握った。
「好きな人のことはなんでも知りたいもの! でも、真正面から行くのは相手に迷惑を掛けてしまう! だからこそ、陰で忍んで調査をする! 好きな人を大切に想っているからこそストーキングする! これは立派な愛情なんだよ!」
「ふ、深い! 感動しましたですの!」
「ただの犯罪行為だと思いますが。……って、あ、千瀬ちゃんの待ち合わせ人が来たようですよ。あれは……彼方さんですか?」
「「ええ!? そんな馬鹿な!?」」
『またせたな』
『ううん、今来たところだから』
二人が重なり合うように身を乗り出す中、千瀬と彼方が軽快な挨拶を交わし合っていた。
「あ、ありえない!? まさか逢引き相手が彼方さんだったなんて……!?」
「後輩に手を出すだなんて!? 最低ですのッ! 不潔ですのッ!」
「ふわー、友達に隠れて逢引なんて、素敵な恋愛ですね」
「「どこがだッッ!!」」
「ひぃぃ!? 目が血走ってます!? 怖いです!?」
鬼の形相で睨みつける二人に、ひなたは涙を滲ませた。
『それじゃあ、行こっか』
『時間も惜しいしな』
そうこうしているうちに件の二人は別の場所へと移動し始めた。
「浮気なんて最低なんだよ……」
「気の迷いに違いありません」
「同性愛についてのコメントはないのですね」
しばらく街中を歩いた後、街角の二階建ての店舗の前で立ち止まった。そして、二人は一緒に階段を上がっていった。
「ここはなんですの?」
階段前の立て看板を見ると、そこはどうやらメイドカフェのようだった。
「ここをデートスポットに選ぶなんて……千瀬ちゃん本気なんだね……」
「ええっ!? どうしてですの!?」
「千瀬ちゃんは自分の趣味を他人に見せるのを極端に嫌っているんだよ。にもかかわらず、趣味全開の店に連れ込むということは信用している証。もう二人の間には強い絆ができていると考えるべきなんだよ」
「そ、そんな……」
愛結はがたりと崩れ落ちた。
「もう、確定ですのね」
「潔く認めるしかないんだよ」
押し黙る二人の間にしんみりとした空気が漂った。
「えっと、目的も達成したみたいですし、帰りますか?」
「何言ってるの、ひなたちゃん。まだすべきことがあるじゃない」
「無粋に後をつけたことを謝らないといけませんわ」
「一般常識が戻ってきました!?」
「何を言っているのですか。犯した過ちを償うのは当然のことですの」
「三人でしっかり土下座するんだよ」
「え? わたしもするんですか?」
ひなた納得がいかないと表情を曇らせた。しかし、意気消沈して無言で階段を登ってゆく二人に言葉をかけることもできず、その後ろをしぶしぶついていく。カランとドアチャイムを鳴らして、メイドカフェに入る。すぐさま案内の女性メイドが迎えてくれたところで。
「お帰りなさいませ、ご主人さ……え?」
「え?」
「……え?」
その場に居合わせた全員の行動が停止した。
メイド服を着た千瀬が接客を行っていた。
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