第四章
第19-1話 巨乳少女は企んでいる
科学研究部とオカルト研究部が合併して一週間が経った。
ひなたはソファーで足をバタつかせながら、食器を洗っている兄に語り掛ける。
「あの後、部員応募に八十人も男子生徒が集まっていたんですよ。みんな鼻の下を伸ばしてたんで、部長さんになった彼方さんが大激怒して追い返したんですけど。まったくこの学校の男の人は変態さんばかりで困りますねー」
「ああ、そうだな」
「……? お兄ちゃん?」
洗った食器をまとめ終わると、護はそそくさとリビングを去っていく。
どこかよそよそしい兄の様子に、ひなたは首を傾げた。
◇
翌日の朝、いつものように教室の自席に座るひなたはぼんやりと窓の外を眺めていた。思い返すのはここ最近の兄の様子である。表面上は何も変わらないように見えるのだが……なんだか何かが違う気がする。
「最近、なんだか変なんですよねー」
「そうなんだよ」
「ふぇ?」
独り言に返事があって少し驚く。声の聞こえたほうを見てみると、
「ふええ!? どうしたんですか紺乃ちゃん!?」
目隠しで作った福笑いのように個々のパーツがバラバラになった紺乃が座っていた。彼女の顔はもはや原型を留めていなかった。
「最近、千瀬ちゃんの様子が変なんだよ」
抽象画で描かれたような顔からぽろぽろと涙を流しながら紺乃は言った。
「昨日もね、私が奢るからカフェに寄ろうって誘ったのに素気無く断られたの……。あの物欲の塊の千瀬ちゃんがタダ飯を断るだなんて……ただ事じゃない……」
「確かに、最近付き合いが悪いですよね。よくあることだとは思いますが」
「異常に冷たいんだよ……心がバラバラになってしまいそうなんだよ……」
「顔のパーツがバラバラになってますよ!?」
「ごめん……すぐ直す……」
紺乃が両掌で顔面を覆うと、バラバラだったパーツが元の位置に戻った。
「どうして千瀬ちゃんは冷たいの……? もしかして彼女ができたの……?」
「彼氏の間違いでは?」
「きっとそうだ……毎日家に招いて『お帰りなさい、ご飯にする? 食事? それとも、お・こ・め?』なんて……いちゃいちゃしてるんだ……」
「それは白米食べてるだけですよ?」
「私というものがありながら、浮気だなんて、最低だよぅ……! 決して許せることではないんだよ……! うわああああああああん!」
「勘違いではないんですか? 本人に直接聞いてみましょうよ。ほら、千瀬ちゃんが登校してきましたよ。千瀬ちゃーん!」
「はろはろーって、なんで巨乳は朝っぱらから血涙流してるの?」
「そのことなんですけど、千瀬ちゃんはわたしたちに隠しごとをしてませんか?」
「……あー」
千瀬は鈍い声を伸ばした。
「それより昨日のアニメ凄く面白かったわよね。ひなたも見た?」
「魔改造昆虫カブトボルグのことですか? やけにリアルで面白かったですね。特にお家のお姉さんが居候の妹さんに『この泥棒猫ッ!』って叱りつけるシーンには大興奮しました」
「それ見間違えてる……カブトボルグにそんな昼ドラ展開はなかった……」
「そうだったのですか!? どろどろのサスペンス展開ではなかったと!?」
「子供向け再販アニメにそんな展開があるわけないでしょ」
「そんな……浮気した夫が食卓に出された牛革財布ステーキを泣きながら齧るシーンについて熱く語り合えると思いましたのに……」
「それはそれで見てみたいけど。え、それなんてドラマなの?」
「えっと、確かですね」
『絶対女なんだよ……』
「ひゃああああああ!?」
突然脳内に声が響いて、ひなたは悲鳴を挙げた。紺乃に視線をやると目は笑っているが、憎しみで口元が歪んでいた。どうやら事実確認をきっちりしてと言いたいらしい。
「千瀬ちゃん、本当に隠していることとかありませんか?」
「ひなた、ゲームをしましょう。左と右を同時に向けたらひなたの勝ち、向けなかったらあたしの勝ちね。ハイ、よーい、はじめ」
「いいですよ! 絶対わたしが勝ちますから! えーっと、左と……右! 左と、右……! む、むむぅ……向けないです……って左と右が同時に向けるわけないじゃないですか! 千瀬ちゃんは馬鹿ですか!?」
千瀬は舌打ちをした。
「もう誤魔化さないでくださいよね。何か悩みとかがあるんですか? 話しにくいことでしたら別の場所で聞きますよ。そういえば、駅前に新しいカフェができましたよね。ご一緒しませんか?」
「ごめん、今日は無理。先用があって……あ、そういえば連絡忘れてたわ。ちょっと電話してくる」
千瀬は携帯を片手にそそくさと去っていった。
『女なんだよ……』
「ふにゃあ!? の、脳内に直接囁くのはやめてほしいです!? ほら、千瀬ちゃんももう行ったんですから! 直接話しましょうよ!?」
『秘密ごとはなしにしようって言っていたのに……ひどいんだよ……これは千瀬ちゃんの裏切りなんだよ……』
紺乃の恨み言は止まらず、しばらくの間一人でぶつぶつと呟いていたが。
「こうなったら……」
やがてその呟きがぴたりと止まり、
「直接突き止めるしかないんだよ!」
現実に復帰した紺乃は怪しげな笑みを浮かべた。
巨乳少女は何やら企んでいるようだ。
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