第16-8話 チュパカブラ大作戦(8)
「そうだな。そろそろ頃合いだ、行くぞ!」
護の号令とともに三人は走り出した。南側で大騒ぎしている愛結たちに気を取られているのか、ピラミッド周辺にいたチュパカブラ達はひなたらには気づいていないようだ。しかし、朝礼台に近付いたとき、魔法使いの周りにいたチュパカブラ達がこちらをギロリと睨み付けた。
「近衛隊が出てきましたか。わたしたちの出番ですね。行きますよ、千瀬ちゃん」
「む、無理……!」
「え!? どうかしましたか?」
「実はさっきからずっと、か、体が敏感になってて……」
千瀬は涙を滲ませて、両肩を抱えていた。
「分かりました。わたし一人でなんとかしま――ふぇ?」
自らを囮にしようと身を差し出したひなただったが……チュパカブラ近衛隊は彼女の脇を素通りし、全員が一直線に千瀬の方へと向かっていった。
「きゃあああ!? なんで!? や、やめて!? 襲わないで!?」
どうやら近衛隊は貧乳派のみで構成されていたようだ。千瀬は必至の抵抗を試みるも……むなしく。淫猥に蠢く大量の触手によって敢え無く両手両足を拘束された。
「や、やあああああ!! ひなた、助けてええええ!」
「今の内です! あの魔法使いの元へ急ぎましょう!」
「なんでよ! 助けてよ!? ぬるぬる……ぬるぬるされるううう!?」
千瀬はチュパカブラに担がれて校舎裏へと連れて行かれた。公衆の目を逃れたことでお楽しみタイムが始まったのか、その奥から強制絶頂状態を想わせるような艶やかな嬌声が響き始めた。
一方、千瀬が近衛隊を連れて行ったおかげで、ひなた達は防衛を完全に突破することができていた。残る障害は校庭に一人佇む黒い魔法使いである。
「ヨクゾ、ココマデタドリツイタナ」
変声機を使っているのか、魔法使いの声は酷く籠っていた。
「事情はよく分からんが……その機械を壊させてもらうぞ」
「フフ、ハタシテデキルカナ?」
「なっ――!?」
瞬間、魔法使いはローブを翻し、目隠しを仕掛けてきた。眼前を覆う黒いローブ。死角から繰り出された掌底を、護は寸でのところで回避する。不意打ちに体勢を立て直そうと後退する護に対し、魔法使いは深く踏み込み、二発、三発と掌底を繰り出してくる。
「く、そっ!?」
素早い連撃に避けられないことを悟った護は、正中線をかばうように両腕で掌底を受けとめた。ズンと骨に染みる衝撃。しかし、力はさほどないようだ。歯を食いしばり、せめてもの反撃にと伸ばした手が退避しようとした魔法使いのローブを掴んだ。ビリビリと破れたその隙間から露出した顔は、見覚えのある初老の男で――。
「あ、あなたは、まさか……校長先生!?」
「……バレてしまっては仕方ない」
魔法使い――校長先生は黒いローブを脱ぎ去り、その全身を露わにした。
「なんで先生が、こんなことを……!」
「簡単なことよ。チュパカブラという素晴らしい生物を手に入れたのだ。ならばすべきことはただ一つだろう? そう、世界征服だ! 校長を頂点とした世界――校長帝国を作り上げるのだ! そしてこれは……野望の第一歩! 我が学園敷地に校長十字陵を作り上げ、我が威信を全世界に向けて発信するのだッ! 宣戦布告を行うのだッ!」
「ひなた、先生が何を言っているか分かるか?」
「さっぱりです」
怪訝に眉を顰める兄妹に、校長は首を振った。
「ふっ、この野望の素晴らしさ、凡人には分かるまい! ならばワシと戦うか? ワシは保身のためなら本気で殴るぞ? 貴様が子どもだからと言って一切手加減はせんッ!」
「教職者にあるまじき発言だな!?」
「なんとでも言うがよい! 我に逆らう下郎は皆処刑されるのみ! 貴様もそうなる運命なのだ! 行くぞッ! ――引くッ! 媚びるッ! 省みるッ!」
「ぐあぁっ!」
上段から振り下ろされる右手刀。両腕のクロスチョップ。後ろ回し蹴りの三連打を食らった護は地面に片膝をついた。
「ふはははは! どうだ! 若手教員に仕事を丸投げして捻出した暇な時間を使って通信教育で学んだ拳法の味は! 手も足も出ないだろう!」
「くそっ、先生が相手ってのはやりにくいな……だが!」
護は背後に聳えるピラミッドを見上げた。頂上付近では股間を押さえながらも囚われた女子たちのために、今なお石を担いで登り続ける悟が。その姿を目に捉えて、護は覚悟を決めた。
護の動きが変化する。校長の仕掛けるミドルレンジの距離から、さらに深く踏み込む。インファイトの間合いに入ると同時、カウンター気味に繰り出された校長の拳を止めようともせず、交叉するように自らも拳を突き出す。その意図を察した校長は、咄嗟に突き出していた拳を引き、バックステップを踏んだ。
「げっげっげ! 相討ち狙いか! わが身が一番大事な我にとって一番効果的な対処方法と言えるな! 厄介な奴だ!」
「それでも、行くのみです!」
狙いがバレたとしてもやることは変わらないのだ。一人しかいない校長に対して、護にはひなたがいるのだ。例え相討ちであったとしても、身動きを取れなくするだけのダメージを与えれれば、それは護にとっては勝利なのだ。
背水の陣を覚悟して護は校長へ向かって駆ける。そうして先ほどと同じように、インファイトの距離まで接近した護が……いきなり膝から崩れ落ちた。校長の右手にはスタンガンが握られていた。
「く、そっ、汚いぞ……!」
「げっげっげ! 我が身可愛さにどんな汚いことも平気でする。それが公務員に求められる素質の一つなのだよ。私ほどのエリートとなれば倫理や道徳の一欠けらも残っておらぬ! その証拠に、ほらァ!」
「ぐあぁ!」
「倒れた生徒に危害を加えることもお手の物だ」
倒れていた護の背中にスタンガンを当て、容赦なくスイッチを入れた。
「げっげっげ! これで身動き一つとれまい! 全く手こずらせてくれたな。貴様には我が十字陵の頂点を運んでもらおうではないか!」
「そんなことするとでも思っているのか……?」
「ふふ、貴様も妹を人質に取られればそうも言えぬだろう。……ん? そういえば貴様の妹はどこに」
「お兄ちゃんをいじめないでください!」
「へ?」
いつの間にか校長の背後に回り込んでいたひなたはそう叫ぶや否や、目の前に立つ校長の股間を思い切り蹴り上げた。
「うぶりゅ!?」
手加減の一切ない金的攻撃を食らい、校長は泡を吹いて俯せに倒れた。
「どーですか! お兄ちゃんをいじめるとこうなるんです!」
「ひなた、今だ! 壊せ!」
「え?」
怒り任せの行動だったのだろう。護の言葉にひなたはきょとんと眼を瞬かせた。そして、その意図を理解したのか、妹は口元を嬉しそうに歪めた。
「分かりました! 壊せばいいんですね~!」
ひなたは片足を振り上げて、その足を――俯せで蠢く校長の股間に向けた。
「え? あ、ひなた壊すのはそこじゃな――!?」
「一発で壊しちゃいます!」
「うびゅ」
ひなたの足が振り下ろされ――校庭に悲惨な断末魔が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます