第12-3話 彼方の作戦3 ~夕食作り~(3)

 夕食作りの工程もほどほど進んだころ、トラブルの元となるひなたと紺乃はリビングで正座させられていた。彼方と千瀬が分担して料理を行っていた。

「はー、やっと静かになったわ。二人に料理を任せるのが失着とは思わなかった。それにしても彼方さんは大人しいわね。この機会にこっそり実験でもし出すかと勘ぐってたんだけど」

「ん……人の家だしな」

 テキパキと調理を捌きながら話しかけてくる千瀬に、彼方は固い声で応えた。バイト経験からか料理に問題はないものの、肩が凝り固まっているのが見て分かった。どうやらまだ緊張しているらしい。

「彼方さんって案外繊細よね」

 手慣れた風にフライパンを回しながら、千瀬はぽつりと呟くように言った。彼方の体がわずかに固まる。そんな様子を気にすることもなく、千瀬は淡々と料理を作り続ける。

「……なんだ、もっと気楽になれとでも言うつもりか?」

 少し棘の籠った声で彼方は毒づいた。二人の間に沈黙が広がる。千瀬はわずかの間、無言で自分の作業を進めていたが、

「どーでもいい」

「へ?」

 わずかに思惟の籠った言葉で千瀬は言った。

「あたしはそこまでお人好しじゃないからね。人様のことまでどーのこーの言うつもりなんてないの。彼方さんがどう悩もうとお好きにどうぞって感じ」

 言葉とは裏腹に、千瀬の口調には相手を案じる意趣が含まれていた。彼方が黙っていると、千瀬は続けるように口を開いた。

「ただ……あの馬鹿が気にしてるのがね。見てて心配になるのよ。昔、あの子もぼっちだったからその辺敏感なんでしょうね」

「は? 桜咲がぼっちだと?」

 思わぬ情報が降ってきて、彼方は目を見開いた。

「転校生だからね。片田舎の文化に馴染めないで孤立しちゃったことがあるのよ。そのせいか、寂しそうにしてる人を見るとすぐ助けに行っちゃう。自分も自分のことで一杯一杯のくせにね。ほんと馬鹿よね」

 千瀬の声色は複雑な感情を含んでいた。純粋な気持ちで動く友人への心配と……決してそうはなれない自分を蔑むような劣等感。千瀬は基本的に他人に興味を持つことが少ない。だからこそ、見知らぬ他人のために心を動かすことのできる紺乃のことをどこか羨ましくも思っているようだった。

「アドバイスって言うと、少し違うかもしれないけど。彼方さんはもう少し何も考えなくなったほうがいいんじゃない? 資格がないだとか、一生友達できなくてもいいだとか。くだらない妄想に酔ってないで、意図的にさ、ちょっとバカになってみたらいいと思うの。頭を空っぽにして会話してみれば案外うまくいくものよ? 人間って思った以上に何も考えていないものだから。変なことに拘りさえしなければ、意外と簡単に仲良くなれたりするのよ」

「………………」

 ガラでもないことを言っているコトを自覚しているのか、千瀬は恥ずかしそうに苦笑してみせた。

「ま、貴女がどう転ぼうと正直あたしはどうでもいいんだけどね。――ほら、料理できたわよー! とっとと運びなさい!」

「「はーい!」」

 千瀬が声をかけると床に座り込んでいた二人が嬉しそうに飛びついてきた。仕事がなくて退屈だったのだろう。千瀬が盛り付けた皿を受け取ると、はしゃぎながらテーブルへと向かっていく。

「ね? バカくらいがちょうどいいのよ。……あ! こら二人とも! ふらふらしたら零れるでしょ! きちんとまっすぐ運びなさい!」

「「はーい!」」

 騒々しく料理を運ぶ後輩たちの後ろで、彼方は何やら考え込んでいた。

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