第70話 新しい金策を考えることになった
スキルを進化させ、廃病院ダンジョンの住居部分に戻ってきた田助の話を、最初、シャルハラートは信じなかった。
スキルとは神が与えた恩寵。
最初から完璧なものが進化するなどあり得ないというのだ。
その発言は、かつてウェネフから聞いたことがあるとおりだった。
シャルハラートが信じようと信じまいと、異世界ストアが進化したことは事実だ。
そこで話を終えてもよかった。
だが、それだとシャルハラートの言い分を認めることになるのではないか?
それだけは絶対嫌だった。
なぜ?
決まっている。
シャルハラートが駄女神だからだ。
そんな奴の言い分を認めるのは、田助の矜恃が許さないのだ。
というわけで、田助はシャルハラートの前で、進化した異世界ストアを実際に使って見せた。
一度目は偶然だろうと納得しなかったが、何度も繰り返せば、
「これでもまだ認めないつもりか!?」
最終的にはそんなふうに煽ったりすれば、シャルハラートは「ぐぬぬ」となって渋々ながらも認めるのだった。
そんなふうにシャルハラートに認めさせる中で、田助はどうせ買うならと今後必要になるだろうものを買い込んだ。
エリクサーだ。
ポーションやハイポーションは、すでに充分過ぎるほど買い込んだ。
それに戦っている時、足りなくなれば、進化した異世界ストアで購入すればいい。
だが、ポーションなどでは回復が追いつかない怪我を負ったら?
回復系チートスキルを持たない田助にできることは、何もない。悔しいことに。
だからエリクサーだ。
ある程度は既に購入済みで、田助のアイテムボックスに収納されている。
しかし、それでは追いつかない場合がないとは限らない。
もちろん、そうならないようにレベルアップに励むし、それ以外にもいろいろやっていくつもりだが、その過程ですら万が一が起こることだってあるかもしれない。
あと、田助以外にも何かがあった際、すぐに回復させたいという気持ちもある。
なので、田助はエリクサーを購入できるだけ購入した。
――というのは、実は少しだけ嘘だった。
最初はシャルハラートにスキルが進化したことを認めさせるつもりだったはずなのに、途中からそんなことなどすっかり忘れていた。
回復薬では最上位に位置するエリクサーを好きなだけ購入できるなんてすごすぎる! と興奮し、調子に乗ってしまったのだ。
その結果、アイテムボックスには潤沢な量のエリクサーが収納された一方、田助たちが余裕で暮らせるだけあった資金が、それはもうものの見事に底をついてしまったのである。
頭を抱えて自らの迂闊さを嘆く田助の肩に、衣子がやさしく触れる。
「大丈夫です、田助様。安心してください」
その豊かな胸に手を当てて、微笑む。
「私が田助様を養って差し上げますから……!」
まったく安心できない。
というか、衣子があまりにもうれしそうに言うものだから、思わず「よろしくお願いします!」と言ってしまいそうになる田助だった。
だが、そこは何とか踏みとどまった。
「残念です。ですが、私は諦めません……!」
気合いを入れて言う衣子のそのかわいさに、思わずうなずいてしまいそうに(以下略)。
そういうわけで、至急、資金を調達する必要に駆られた田助は、道本に連絡を取ったのだった。
道本との面会は、いつもの場所で行われた。
衣子の祖父であり、田助がダンジョンに移り住む前に暮らしていたアパートのオーナーでもある、大杉正和の屋敷だ。
バーカウンターも設置されている応接間で顔を合わせると、挨拶もそこそこにして、田助は本題に入った。
まずは道本から金を受け取る。
これは前回預けておいた、モンスターを倒した時にドロップした金貨やアクセサリー、それにそこそこの付与魔法がかけられたものを売り捌いた金だ。
「この程度にしかならず、大変申し訳ございません」
などと恐縮する道本だったが、受け取った金額は数億円近く。
まったく恐縮する必要はないと思う田助である。
むしろ、毎回毎回、よくもこれだけの金額で売り捌くことができるものだと、道本の手腕に感心する。
そうやって田助が褒めれば、道本は妖しげな風貌に喜色を滲ませた。
田助はあらかじめ用意しておいたマジックバッグを取り出す。
既に受け取った数億円は、普通に生活するには充分過ぎるほどの大金だ。
しかし、ダンジョン生活においてはまったく足りない。
エリクサーなら数本買って終わりだし、魔剣とか神剣なら一本購入できるかどうか。
最高位のモンスターの素材を用いた装備なら、まったく手が届かない。
なので、道本には引き続きがんばってもらいたいと思ったのだが、
「申し訳ございません」
と謝られてしまった。
なぜと思う理由を聞けば、問題が発生したのだという。
「実は山田様からお預かりした品物で特別なものがございましたよね?」
そこそこの付与魔法がかけられたもののことだ。
「その品物のおかげで命の危険を回避することができたお客様がいらっしゃいまして。山田様にどうしても直接会って、お礼したいと言っているのでございます」
確か、ちょっとした防御魔法が付与されたものがあったことを思い出す。
命が助かったことはよかったと思うし、感謝されるのは悪い気はしないが、直接会うのは避けたかった。
どこで手に入れたのか。もっと手に入らないのか。
それ以外にもいろいろ聞かれるだろう。
だが、答えようがない。
ダンジョンの存在も、スキルの存在も、明らかにできるものではないのだから。
「お断りします」
田助が告げれば、道本は「もちろんでございます」とうなずいた。
すでにそのように取り計らってくれているという。
だが、同じような商品を取り扱い続ければ、当然、そういった声が増えてくることもあるだろう。
「……実は、それ以外の商品でも、同じようなお客様がおりまして。山田様の期待にお応えするべく気合いを入れて売り込んできたことが、裏目に出てしまいました。大変申し訳ございません」
謝る道本に、田助はその必要はないと告げる。
「これまで充分過ぎるほど、よくしてもらいましたから」
「山田様……」
道本が目元をグッと押さえる。
感謝を伝え、これほど真っ直ぐな反応を示されると照れくさいものがあったが、本当のことである。
「けど、それならこれからどうすれば」
田助が呟けば、どこからか『それなら私が養います!』という声が聞こえたような気がしたが、気のせいだと思いたい。
「山田くん、他に何か売れそうなものはないのかね?」
正和の言葉に田助は考えた。
「ポーションとか、それこそ衣子の時に使ったエリクサーとかがありますけど……そんなものを出したら、もっとマズいことになりますよね?」
「……うむ」
現状でも面倒くさいことになっているのだ。
そんなところにそれ以上の効果を持つものが現れたら、いったいどんなことになってしまうのか。
想像もしたくない。
だが、このまま何もしないという選択肢は田助にはない。
何かないかと必死に考えた末、閃くものがあった。
「ちょっと特別な食材とか」
特別な食材――モンスター肉だ。
この世界の高級食材に決して引けを取らない旨さを、既に実感している。
「ほう」
「食材、でございますか」
「論より証拠。まずは食べてもらった方が早いと思うんで」
田助は正和に厨房を借りて、モンスター肉――オーク肉をパパッと焼いてきた。
素材そのものを味わってもらうため、味付けはシンプルに塩胡椒のみ。
食べて欲しいと差し出せば、正和と道本は顔を見合わせ、ゆっくりと頬張った。
口に入れた途端、二人の表情が激変する。
「何ておいしさでございますか……!」
「道本、これなら新しい商品になるのではないか?」
「ええ、ええ。そのとおりでございます!」
その言葉を聞いて、田助はよかったと胸を撫で下ろす。
「ちなみに山田様、この肉は何の肉でしょう?」
オークと言って、二人に通じるかどうか。
いや待て。オーク肉から連想して、ダンジョンの存在に気づく者が出てくるかもしれない。
少なくとも田助なら気づく自信がある。
ということで、
「豚……の一種ですかね」
ということにしておいた。
言われてみれば確かに豚っぽい感じがすると、二人も納得してくれた。
その後、異世界ストアで購入したオーク肉をマジックバッグいっぱいに詰め込んで道本に渡した。
道本は世界各国の食材も扱っていたりするとのことで、某グルメガイドの三つ星レストランにも顔が利くという。
今までと変わりない売上を約束して、道本は去って行った。
これで一安心と思った田助だったが、
「山田くん、あの肉だけでは飽きられてしまうのではないかね?」
という正和の言葉に、確かにそれはそのとおりだと考える。
「それに……あの肉は確かに旨かったが、儂みたいな年寄りにはちょっと脂がくどすぎる」
という発言も気になった。
実際、田助もオーク肉を食べ続けると胃がもたれてくる。
それだけじゃない。
三〇歳、コレステロールや中性脂肪の値も気になってしまう。
今後も引き続きモンスター肉を扱うのなら、もう少し考えた方がいいのかもしれない。
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