第68話 命を狙ってきた敵を許してみた
田助に対するゴスロリ美少女の襲撃は、衣子に阻止されて失敗に終わった。
ほっとしたのも束の間、ゴスロリ美少女が、手にした短剣で再び襲いかかってきた。
まだ諦めていなかったのか……!
そう思った田助が対応しようとするより先に、衣子によって制されていた。
衣子は田助のそばにいる時は楽しそうに笑っていることが多いが、ゴスロリ美少女に向ける顔は厳しく、まるで夜叉のようだった。
その姿を恐ろしいと思うものもいるだろう。
実際、シャルハラートは自分に向けられているわけでもないのに、「お、おっかないんですけど!?」と助けを求めるようにアンファに抱きついている。
だが、田助は違う。そんなふうに思わない。
むしろ頼もしいし、何なら衣子に深く愛されていることを実感して照れるまであった。
しかし、実際に照れている場合ではなかった。
ゴスロリ美少女の攻撃は止まらず、絶え間なく続いていたからだ。
練度の高い動きではない。
それでも田助を害そうと攻撃を繰り出してくる姿には、鬼気迫るものがあった。
だが、たとえどれだけ強い思いが込められていたとしても、そのどれも田助に届くことはなかった。
すべて衣子に阻まれて。
我流で戦う田助と違い、衣子は東雲流暗殺術の使い手だ。
ゴスロリ美少女の攻撃を捌く姿は見事で、まるで舞いを見ているかのように美しくすらあった。
田助が思わず見とれていると、それに気づいたのだろう。衣子がこちらを見て、やわらかく微笑んだ。
「やばい、かっこよすぎだろ」
田助が感嘆を漏らせば、
「惚れ直しましたか?」
衣子が応じる。
「ああ。身も心も捧げたくなるくらいに」
「では、養わせ――」
「――るつもりはないからぁ!」
「そんな!? ……いえ、さすがです、田助様。焦らしプレイですね?」
違います。
などと、そんな会話を交わしながらも、衣子は当たり前のようにゴスロリ美少女の攻撃を捌き続けていて、かっこいいどころではないなと田助は思った。
だが、そんなやりとりがゴスロリ美少女をいっそう苛立たせた。
ただでさえ届かない攻撃に苛立っていたゴスロリ美少女の攻撃は単調になっていき、次第に息が上がっていく。
最終的には、子どもが駄々をこねているみたいなレベルにまで攻撃の質が落ちたところで、その動きが完全に止まった。
膝をつく。
だが、目は死んでいなかった。
怒りを湛え、衣子を睨みつける。
「どうして邪魔をするのよ……!!」
「言ったはずです。もう二度と、私の目の前で田助様を傷つけさせたりはしないと」
「そいつはアタシの家族を奪ったのに!?」
ゴスロリ美少女の口から飛び出した言葉に、田助は衝撃を受けた。
「俺が奪った? 家族を?」
「忘れたとは言わせない! アンタが倒したベビースライムのことを……!!」
「俺が一番最初に倒した、あの?」
忘れるわけがない。
ダンジョンを作り、初めて倒したモンスターなのだ。
「アンタに弟を倒されたあの日から、アタシはアンタを倒すことを心に誓い、モンスターを倒し、魔石を取り込むことで、ベビースライムからクイーンスライムインフィニタスにまで進化した……!」
進化したのに届かなかった――とゴスロリ美少女が悔しがる。
ベビーからクイーンまで進化するために、いったいどれだけの死闘を繰り広げてきたのだろう。
返り討ちに遭いそうになったことは、一度や二度では決して済まないはずだ。
それでも彼女は倒れず、倒されることなく、今、ここにいる。
田助を倒すために。
「さあ、早くアタシを倒せ! でなければアタシは再び進化を重ねてあんたの前に現れる! アンタを倒すため! 絶対にだ……!!」
今は衣子によって攻撃をすべて捌かれ、体力を失い、膝をついている。
だが、相変わらず、その目から力が失われることはなく、爛々と輝き、田助を狙っていた。
だからきっと、彼女の言葉は本当だ。
ここで倒さなければ、ゴスロリ美少女は再び田助の前に現れる。
より強くなって。
「ならば、あなたを見逃すわけにはいきません。ここで倒します。田助様の敵は私の敵ですから」
衣子が小刀を振り上げた。
だが、その小刀がゴスロリ美少女に届くことはなかった。
「田助様、どうして止めるのです!?」
衣子の言うとおり、田助が止めたからだ。
驚く衣子もやっぱり美人だな――などと思っている場合ではないだろう。
なぜ、田助は衣子を止めたのか。
「そうだな。理由は三つある」
ピッと指を三本立てて、田助は語った。
「まず一つめの理由」
それは、確かに倒したはずの魔王が、ゴスロリ美少女を守るように、衣子とゴスロリ美少女の間に立ちふさがったこと。
おそらく、魔王が守りたいと言っていたのは彼女のことなのだろう。
だからこそ、倒れても立ち上がった。
ボロボロに傷つきながらも、両手を広げてゴスロリ美少女を守る姿は、鬼気迫るものがあった。
追い詰められた敵ほど恐ろしいものはないと読んだ記憶がある。ラノベとかWEB小説で。
ならば、今度はさっきのようにはいかないはずだ。
回復薬のストックは残り一つ。
いや、虎の子のエリクサーがあるにはあるが、それとて無尽蔵にストックしているわけではない。
異世界ストアを使う余裕があればその限りではないが、そんな余裕を与えてはくれないだろう。
ゴスロリ美少女を守るため、魔王はさっき以上にがむしゃらに戦うはずだ。
「二つめの理由は……」
それは魔王四天王の一人であるテンペストが現れ、衣子を攻撃対象に定めていたことだった。
「え!?」
田助に指摘され、驚く衣子。
ゴスロリ美少女にばかり気を取られて、気づいていなかったようだ。
おそらく、衣子がゴスロリ美少女に刃を伸ばした瞬間、テンペストは衣子を傷つけていたはずだ。
それこそ、持てる力の限りを尽くして。
「そして最後、三つめの理由だが、実はこれが一番大きい」
「それは?」
尋ねる衣子に応えることなく、田助はゴスロリ美少女を見た。
彼女は歯を食いしばって、田助を睨みつけていた。
「俺はお前の気持ちが、理解できたんだよ」
今回、魔王を倒すと田助が決めた理由は、アンファや衣子が狙われたからだ。
つまり、ゴスロリ美少女と同じ。
もし、実際に衣子が連れ去られて、さらにアンファまでもが奪われていたとしたら?
間違いなく、田助は修羅になっていた。
たとえポチやウェネフ、それにシャルハラートが止めに入ったとしても、絶対に聞き入れない。
魔王たちを倒すまで、止まらない。
魔王が倒せないくらいに強かったら?
その時は死にものぐるいでレベルを上げ、倒すまでリベンジし続ける。
それこそ、最弱のベビースライムだったゴスロリ美少女が、クリーンの名を冠するまでに進化を積み重ねてきたように。
そんな田助の独白が終わり、真っ先に口を開いたのは、他の誰でもなく、ゴスロリ美少女だった。
「なんで!? 意味がわからない……!」
ゴスロリ美少女の瞳には、さっきまで浮かんでいた怒りが薄まり、困惑をはっきりと見て取ることができた。
「わからなくていい。というか、わかる必要はない。これは俺の自己満足だ」
「っ!! アタシはお前を倒す!」
困惑を怒りで押し潰し、ゴスロリ美少女が怒鳴る。
「そうか。けど、俺は絶対に倒されない」
田助には大事な人たちがいる。
自分が傷つくことで、その人たちに悲しい思いをさせたくない。
だから、倒されるわけにはいかない。
「いいや、絶対に倒す! 倒すって言ったら倒すんだ!」
心を吐き出すように、ゴスロリ美少女が吠える。
二人の意見は、どこまでもいっても平行線。
それでいいと田助は考える。
わかり合うつもりも、馴れ合うつもりもないのだから。
「くそっ! 本当に、いつか絶対にお前を倒してやるんだからな……! このアタシが! リーヴェ様が! 絶対だからなぁ……!!」
テンペストが生み出した影の中に、ゴスロリ美少女と魔王が呑み込まれていく。
「本当によろしいのですか? 田助様」
「ああ、衣子。いいんだ。このままで。何もしなくて」
最初にゴスロリ美少女が消え、次にテンペスト、最後に魔王。
その魔王と田助の視線がぶつかった。
魔王が笑った。
田助も笑った。
それは刹那の時間だった。だから、
「田助様?」
聞いてくる衣子は気がつかなかった。
「魔王と目が合ったんだ」
そうですか、と衣子が言った。
「悪かったな、衣子。俺のために、あいつを倒そうとしてくれたのに。それを止めたりして」
「いえ、気にしないでください。田助様の望みを叶えて差し上げるのも、妻の役目ですから」
「……愛されてるな、俺」
「溺愛しています」
何ら気後れした様子を見せずに応じる衣子に、田助は照れるしかない。
魔王たちが立ち去った。
田助は衣子たちを振り返る。
「いつか必ず、あいつらは俺たちの前に現れるはずだ」
「今度はきっと、魔王四天王が勢揃いしていると思う」
と告げたのはウェネフだ。
「だろうな。でもって、レベルアップだってしているはずだ」
田助が言えば、みんなの表情が引き締まる。
だが、ゴスロリ美少女に――リーヴェに宣言したとおり、田助に倒されるつもりは毛頭なかった。
だから、宣言するように告げる。
「俺だってレベルアップしてやる。他にもできること、やれることは何だってやってやる。差し当たっては――」
もったいぶるように、そこで言葉を切った。
早く続きをと促す衣子たちの視線に、田助はこう応えた。
「今回の戦いで消費したポーションの補充だ!」
「もったいぶった意味……!」
とウェネフがツッコミを入れてくるが、大事なことだと思うのだ。
万が一のことを考えれば、今回と同じ、いや、倍以上のポーションを用意しておいた方がいいだろう。
あるいは、それだけでは十分ではないかもしれない。
次に刃を交える時は、今回よりも激しい戦いが予想される。
アイテムボックスの在庫を切らしてしまう可能性も考えなくてはならないだろう。
その時、どうするのか。
当然、異世界ストアで購入するわけだが、その間、隙だらけになってしまう。
それはマズい。
というか、戦いの最中に異世界ショッピングを楽しんでいる場合ではないという話である。
田助のそんな懸念に対して、
「では、どうするのですか?」
と衣子が聞いてくる。
「特訓するしかないだろうな。異世界ストアで、より迅速に買い物できるように……!」
田助はちらりとウェネフを見たが、唇を噛みしめてツッコミを入れないよう、グッと我慢していた。残念。
「まあ、冗談――というわけでもないんだが」
それ以外にも特訓をする必要はあるだろう。
これまでのように、ただ漫然とダンジョンを堪能するのではなく、強敵と対峙した際、きちんとやり合えるように。
たとえば魔法。
あるいは、なんちゃって必殺技ではなく、本物の必殺技。
「たー」
ポチにまたがったアンファが、そのぷにぷにの手で田助の指を掴んでくる。
ダンジョンコアだが、その手はあたたかい。
そして、そのぬくもりが心にしみた。
戦いは終わった。
しかし、次に向けて、考えなければいけないことがいろいろありすぎた。
だが、今は。
アンファの無事を、みんなとともにいられるこの幸運を、素直に喜べばいいのではないか。
田助がそんなことを思っていたら、シャルハラートが言った。
「ねえ、ほら、早く帰りましょうよ! そして気分転換もかねて新しいテーマパークに行くのがいいと私は思うの! 素晴らしすぎるアイデアに、我ながら身震いしちゃうわね! 褒め称えてくれてもいいのよ?」
偉そうに胸を反らすシャルハラートを、田助が何も言わずに見る。
「な、な~んて言うのは冗談ですから……怒らないでぇ!」
「怒ってない。というか、それもいいかもしれないな」
「へ……?」
まさか田助が同意するとは思っていなかったのだろう。シャルハラートが女神らしからぬ間の抜けた表情をした。
それが何だかおかしくて、田助は笑った。
「行くか、テーマパーク」
田助の言葉に、衣子たちが笑顔でうなずき、最後に我に返ったシャルハラートが喜んだ。
そうして田助たちは、自分たちの家である、廃病院ダンジョンの住居部分へと帰ったあと、テーマパークに向かい、思いきり遊んだのだった。
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