第44話 駄女神が帰ってこなかった


 衣子きぬこたちによる洗脳――ではなく、調教はよほど完璧だったのだろう。


 シャルハラートはすっかり従順になっていた。


「イッテラッシャイマセ、タスケサマ」


「オカエリナサイマセ、タスケサマ」


「オツカレサマデス、タスケサマ」


 ……この状態を従順の一言で片付けていいかどうかは、意見が分かれるところだと思うが。


 とにかく、出会った時のような、そして逆恨みしていた時のような態度はすっかり消えてなくなっていた。


 そう思っていたのだが……。




 それは田助がダンジョンから帰ってきた時だった。


 シャルハラートの態度がいつもと違った。


 いつもなら田助が帰ってきた時点で出迎えの言葉を述べているはずなのに、それがない。


 うつむき、体を震わせている。


「シャルハラート?」


 声をかければ、シャルハラートが顔を上げた。


 で、鬼気迫る表情で言い切った。


「もう嫌よ、こんな生活は……! だって私は女神なのよ!? みんなにただひたすらちやほやされるべき存在なのよ……!?」


 そんなことはないはずである。


 田助が呆れていると、


「どうやら洗脳が甘かったみたいですね」


 衣子が言った。


「とうとう隠す気がなくなっちゃったよ……」


「うふふ」


 笑う嫁がかわいかったので、田助は気にしないことにした。


「レベルアップして、こんなところ出て行ってやるんだからぁぁぁぁぁ……!」


 シャルハラートはそんなことを言い残して、ダンジョンに突撃。


 残された田助たちは――。


「さて、晩飯の用意でもするか」


「お皿の準備は私に任せてくださいね、田助様! 完璧に並べてみせますから!」


「衣子は皿を並べる才能に満ちあふれているからな!」


「……普通に並べるだけだと思うけど」


 ウェネフが何か言っているが気にしない。


 シャルハラートは腹が減ったら戻ってくるだろう。




 というわけで料理である。


 今日はアンファのリクエストで唐揚げをすることになった。


 普通の幼児のことはよく知らないが、アンファは肉が好きだ。


 ダンジョンコアだからだろうか。


 使用する食材は鶏肉ではない。


 異世界ストアで購入したモンスター肉。


 この世界の食材ももちろんおいしい。


 畜産農家の方々が日々、精魂込めて作っているのだから当然だ。


 だが、モンスター肉はそれらに勝るとも劣らないうまさがあるのである。


 ウェネフ曰く、


「おそらく、魔力が関係しているんだと思う」


 とのこと。


 魔力がどういうふうに影響を与えて、食材をおいしくしているのかはわからないが、おいしければそれでいいのだ。


 特別手の込んだことをするつもりはない。


 ここは食材の持ち味を活かす方向で。


 とはいえ、味にパンチが欲しいと感じるかもしれない。


「だから作る唐揚げはニンニク醤油味と、ブラックペッパー味の二つだ!」


 使用するモンスター肉はコカトリス。


 石作りの本格的ダンジョンで、田助も対峙したことがある。


 ネットで検索するといろいろなコカトリスが出てくるが、田助が出会ったのは、田助より一回り大きい雄鳥に蛇のしっぽが生えたものだった。


 色は目が痛くなる極彩色。


 おそらく、色だけで自分は危険なんだと示しているのだと思われる。


 嘴の攻撃をへたに受けると石化してしまうため、緊張した。


「どんどん揚げていくから、勝手に食べていってくれ」


「ですが……」


 衣子は田助が揚げているのに、自分だけ食べるのが心苦しいらしい。


「本当に大丈夫だから。むしろアンファやウェネフを見習って、熱々を食べてくれよ」


 田助の視線の先には、さっそく揚げたてを「熱っ!」と言いながら頬張るウェネフと「た~!」となっているアンファがいた。


 ポチも熱々を食べたそうにしているが、炎属性なのに猫舌のため、わふわふ冷ましながら、「わぉん!」とおいしそうに食べている。


「……わかりました」


 衣子がうなずいてくれる。


「わかってくれたか!」


「はい! 私が田助様に『あ~ん』すれば解決するということがよくわかりました!」


「ん? あれ? そんな話だったか……!?」


「そうです!」


「おう、そうか――って違うだろ!?」


 あまりにも力強く肯定されたので、思わず納得しかけたが、そんな話ではなかったはずだ。


 だが、田助が「あーん」を受けるまで、衣子は食べないと譲らない。


「最終的には折れるんだから。うだうだしてる時間がもったいないわよ」


 と言ったのは唐揚げを頬張ってご満悦のウェネフである。


「身もふたもない言い方だな!? ……いや、まあ、それはそうなんだけど」


 にっこり微笑む衣子の提案を断ることなど、田助にはできないのである。


「では、田助様。あーん」


「あ、あーん」


「どうですか?」


「こっ恥ずかしい!」


 これが『あーん』をするの初めてというわけでもないのに、毎回照れる。


「照れてる田助様、とってもかわいいです」


 唐揚げを揚げてなかったら、顔を隠してうずくまりたかった。


 それはそれとして、コカトリスの唐揚げはうまかった。


 見た目どおり鶏肉っぽい味かと思いきや、もっと野性味が溢れていて、噛めば噛むほど肉の旨味が溢れ出す。


 衣子も田助に「あーん」しつつ、ちゃんと食べ始める。


「田助様の料理はいつ食べてもとてもおいしいです」


「……そっか」


 心からそう思っている。


 そんな顔で言われたら、こんなにうれしいことはない。


「さ、さてと。そろそろシャルハラートの分も用意してやらないとな」


 シャルハラートがダンジョンに突撃して、一時間近くが経つ。


 いつもなら晩飯の時間に飛び出していったのだから、腹が空いたと戻ってくるだろうと思っていた。


 だが、田助の予想に反して、それから一時間経っても、シャルハラートは戻ってこなかった。

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