第21話 初めてのドロップにしあわせを感じてみた


「よしっ!」


 気合いを入れて田助が向かう先は廃病院ダンジョンだ。


 難攻不落のダンジョンではない。


 難敵が待っているわけでもない。


 それでも今日の田助は気合いを入れる。




 田助の運の数値が【1】になった。


 諸悪の根源、シャルハラートの怨念――という名の呪いを退治したからだ。


 本当であればもう少し高いはずだ。


 実際、今の田助はレベル8で、他の能力値を見れば低すぎると言わざるを得ない。


 原因はわかっている。


 妖刀・断ち切り丸だ。


 こいつは装備すると呪われ、運の数値が劇的に下がってしまうのだ。


 これを解除することができれば、運も本来の数値を取り戻すことができるだろう。


 衣子きぬこはそうすべきでないかと提案してきた。


 なんなら自分がするとまで言ってくれた。


 田助はそれを断った。


 断ち切り丸との付き合いは決して長いとは言えない。


 だがそれでも、断ち切り丸に対して、田助は何とも言えない情を抱いていたのである。


 断ち切り丸はほとんど捨て値の状態だった。


 呪われていることが原因だろう。


 異世界ストアで購入したから、店でどんな状態で保管されていたかはわからない。


 けど、大事に扱われていなかったことは確かなはずだ。


 そんな断ち切り丸を手放す真似はしたくなかった。


「1あるだけでも充分だ」


 だってそうだろう?


 0は何をかけても0のままだが、1は違う。


 2をかければ2に。


 3をかければ3になる。


 今までのことを考えれば充分じゃないか。




 そうして気合いを入れた田助は廃病院ダンジョンに足を踏み入れる。


 その後ろにはアンファを抱きかかえた衣子がついてきている。


「さて、今日こそ魔石とアイテムがドロップする瞬間を体験してやる!」


 絶対に諦めるものかと思っていた。


 もちろん、そのつもりは一切なかった。


 それでもマイナス9999では、万が一、いや、億が一にもドロップはしなかっただろう。


 しかし今の田助は違う。


 ダンジョンに入る前、何度も鑑定して確かめた。


【1】の運の数値を見て、にやにやした。


 その成果(?)が、今日、現れる!


 はずだ!


 気持ちが高ぶる。興奮が抑えきれない。


 魔石とアイテムを初めてドロップさせたい相手はスケルトンかゾンビと決めていた。


 あいつらが何をドロップするのかは、衣子が倒してドロップさせたものを見ているから知っている。


 それでも自分の目で確かめて見たかった。


 だって、ずっと倒してきたのだ。


 だが、どうしてか。今日に限って、モンスターが一匹も現れない。


「こうなったら地下に降りるか? ……いや、駄目だ。最初はスケルトンかゾンビって決めてたんだ」


 頼む出てくれ!


 田助の祈るような気持ちが通じたのか、廊下の角からスケルトンが現れた。


 思わず神に感謝を捧げようとして、やめた。


 誰のせいでしなくてもいい苦労をしたと思っている。


 駄女神に感謝など捧げてなるものか。


「いくぞ、スケルトン!」


 断ち切り丸を抜いて、


 スパッ!


 一刀両断。


 スケルトンは真っ二つに割れて、その場に崩れ落ちる。


 果たして魔石はドロップするのか。


 アイテムはどうか。


 田助だけでなく、衣子もアンファも固唾を呑んで見守る中、


 ころんっ!


 ドロップしたのは魔石。


 残念ながらアイテムはドロップしなかったが、かまわない。


 田助は落ちている魔石を拾うと、ギュッと胸に抱きしめてから、おもむろに衣子たちを振り返る。


「魔石がドロップしたぞ……! 俺はやったんだ……!」


 何の価値もない石ころだ。


 だが、田助にとって、この石ころは同じ重さの金よりもずっと価値があり、


「おめでとうございます、田助様。本当によかったですね!」


「たー! たーぅ!」


 そんな田助を受け入れ、理解してくれる衣子がいて、アンファがいて。


 こんなにしあわせでいいのだろうか。


「いいんですよ、田助様。しあわせでいいんです」


「……俺、口に出してたか?」


「いいえ?」


 ならどうして、と思ったが。


 それを聞くのは野暮だろう。


「ありがとう、衣子」


「気にしないでください」


 やさしく微笑む衣子。




 この日、田助が満足するまで、衣子もアンファも、モンスター退治につき合ってくれたのだった。

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