第20話 呪いを解いてみた(後編)
そんなものは必要ないと衣子は言ったが、菓子折を持参して。
そして今、正和の家の一室に集まっているのは田助、その隣に衣子、向かい合う形で美津子と正和が座っている。
ダンジョンから出ることができないアンファは大人しくダンジョンでお留守番である。
最初は賑やかな近況報告から始まった。
「そう言えば山田くん、ひ孫の顔はいつ見られるんだね?」
「ぶー!」
飲んでいたお茶を噴き出して、対面に座っていた正和の顔をびしゃびしゃにする田助である。
「い、いきなり何て話題をぶっ込んでくるんだアンタは!?」
「男だったら
「自信作の根拠が気になる……! てか、たぬきにたぬこって、絶対いじめられるだろ……」
「キラキラネームじゃないのにか!?」
正和が衝撃を受けているが、意味がわからない。
田助が田助を求めて衣子を見れば、
「……何してるんだ、衣子。お腹を愛おしげにさすったりして」
「いえ、元気に生まれてきて欲しいなと思いまして」
「なるほどなぁ――って、まだ何もしてないのに生まれるわけがないだろ!?」
「まだ、ということは今後その予定があるという理解でよろしいですね? はい、よろしいです」
「ちょ、勝手に返事をするんじゃありません!」
「では、違うと? 今後そういった予定はまったくないと? 田助様はそういうのですか?」
「……い、い」
「い?」
「………………………………言いません」
よくできましたと衣子に頭を撫でられた。
わーい! なんて絶対に喜ばない。本当だ。
「衣子、あまり殿方を追い詰めるものではありませんわ」
美津子がいいことを言った。
「そういうのはもっとこう、真綿で首を絞めるように本人に気づかれないようにやらないといけないのです」
全然いいことじゃなかった。
「精進いたします、お祖母さま」
くっ、ダメだ! このままだとどんどん話が変な方向に進んでしまう!
というわけで、田助は呪いの話を始めた。
田助の話を受け、美津子がうなずく。
それから田助をじっと見つめ、眉間に深い皺を刻むと言ったのである。
「山田様……あなた、呪われていますわ。しかもこれは……女の呪いですわ」
と。
その瞬間、空気が、
ぴしっ!!
と凍り付く音を田助は確かに聞いた。
「………………田助様?」
衣子が笑顔で話しかけてくるが、恐い。
なんかめちゃくちゃ恐い!
背景に鬼が見えるのは田助の気のせいだろうか。いや、気のせいではない(反語表現)。
「ご、誤解だから! 俺は生まれてこの方、一度も彼女なんていたことがないからぁ! ていうか、生まれて初めての恋人が衣子、お前なんだよぉぉぉ!」
「まあまあ」
衣子の背景にいた、今にもこの世に実体化しようとしていた鬼の姿が消えた。
「つまり私が田助様の初めての相手なのですね」
ほんのりと赤くなった頬に手を当て、はにかむ衣子。
そこら辺を深く追求すると自爆すること間違いないので、田助は呪いのことに意識を向ける。
女?
衣子にも言ったとおり、清い体なので身に覚えがまったくない。
「どんな女か、詳しくわかりませんか?」
「人とは思えない美貌の持ち主で」
ふむ。
「人とは思えないオーラを放っていて」
ふむ……?
「なんか駄目っぽいというか、とても残念な感じの女性ですわ」
………………。
「あいつか! あいつなのか!?」
駄女神シャルハラートだ。
該当するのはシャルハラートしかいない。
「俺の人生をめちゃくちゃにしただけじゃ飽き足らず、呪いまでかけるとか……!」
どうやら駄女神であるという情報を拡散するだけじゃ生ぬるかったらしい。
一応、念のため、もう一度自分自身に鑑定を使ってみた。
駄女神に呪われているなどの表示はされていないが、いいやそんなことはない絶対にあるはずだと何度も繰り返し鑑定を使うと、ふいにステータス画面がぐにゃりと歪み、
【備考:シャルハラートの怨念(呪い)】
という情報が追加された。
この、
【備考】
という追加項目が田助の思い込みでない証拠に、衣子を鑑定してみれば、
【備考:山田田助の許婚/田助を深く愛する者/アンファの好敵手】
というものが表示された。
客観的にそんなことを示され、田助は思わず固まってしまったが、見なかったことにした。
本当に呪われていることが判明したのなら、後は簡単である。
呪いを解けばいい。
異世界ストアを検索。
出てきた解呪アイテムはホーリーポーションなるものだった。
説明文を読んでみる。
ホーリーポーションのおかげで彼女ができました。
ホーリーポーションのおかげで夜、妻がとても喜んでくれるようになりました。
ホーリーポーションのおかげでお金持ちになりました。
「……なんかどこかで見たことがある説明文だな」
いや、気のせいだ。気のせいに違いない。
ちなみに最後に書かれていた一文はこれだ。
「すべて個人の感想です――って駄目なやつじゃねえか!」
詳しく見てみれば出品者は以前検索して見つけた経験値ポーションを取り扱っているところだった。
どういう仕組みかはわからないが、密林と同じで出品者を通報できるシステムがあったので、通報しておいた。
だが、このままでは呪いを解くことができない。どうすれば?
「あの、田助様。私が呪いを解くお手伝いをしてもよろしいでしょうか?」
「え、衣子、そんなことができるのか?」
「はい。旦那様が変な女狐――違いました。泥棒猫に引っかかって」
言い直す意味とは。
「変な怨念をなすりつけられてしまった際、それを浄化するのも妻の役目ですから」
衣子が美津子を見れば、美津子はそのとおりであるとうなずいている。
「じゃあ、頼む。やってくれ」
「わかりました」
そう言って衣子が取り出したのは、ダンジョンを堪能する際に異世界ストアで購入した漆黒の小刀だった。
「え、それでどうやって浄化するんだ?」
「こう、ズバッと切ります」
物理。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「待ちません。いきます」
衣子が小刀を振るう。
「ぎぃゃあああああああああああああああああああああ………………あ、あれ? 痛く、ない?」
「当然です。旦那様に悪さする呪いのみを断ち切ったのですから」
「お、おお……!」
田助が感動していると、
『ちょっと痛いじゃない! この私に向かって何てことするのよ!』
田助の体から、もわもわもわ~んとピンク色のモヤが吐き出されたかと思いきや人の形をとり、
「お前、シャルハラート!」
『――の、怨念よ! 正確に言うのならね!』
ピンク色のモヤ改めシャルハラート(怨念)がドヤ顔を決めた。
「お前、女神のくせに何やってんだよ!」
『あんたのせいでこの私が二階級降格しちゃったのよ!? ちょっと人生を狂わせちゃっただけなのに! 取り憑いていろいろ悪さしてやらないと気が済まないじゃない!』
最低な発言である。
「田助様を苦しめる元凶……私が成敗します!」
衣子がシャルハラート(怨念)に斬りかかる。
『無駄よ、無駄無駄! 私は女神の怨念なのよ!? そんな普通の武器で傷つくわけが――』
ざくり。
切り裂かれるシャルハラート(怨念)。
『痛いんですけど!? めちゃくちゃ痛いんですけど!? 何でよ!? なんで切れるのよ!?』
「田助様を思う、愛の力です!」
そんなことを恥ずかしげもなくキリッとした顔で言い切る衣子は超絶イケメンだった。
ただし田助はめちゃくちゃ恥ずかしい。
「さあ、大人しく成敗されなさい!」
『絶対に嫌よ! 私はこいつが泣いて土下座するまで、絶対に許してやらないんだからっ!』
衣子の攻撃はシャルハラート(怨念)に通じているが、致命傷には至らない。
『もうっ! 本当になんなのよあんたは! ていうか、こんな奴の味方をするならあんたも不幸にするわよ!』
「……それは聞き捨てならないな」
田助が立ち上がる。
「お前、俺を不幸にするだけじゃ飽き足らず、衣子まで不幸にするって、そういうのか?」
『そうよ! そうやってあんたも私が味わった屈辱とかその他諸々を味わいなさい!』
これは田助の問題だ。
衣子があまりにもイケメンだったからつい頼ってしまったが、衣子に解決してもらおうのではなく、自分自身で解決しなければいけなかったのだ。
アイテムボックスから断ち切り丸を取り出す。
「……なあ、相棒。お前なら駄女神の怨念だって断ち切れるだろ?」
当然だという意思が伝わってくる。
『あ、あれ……? ちょ、ちょっと待って……? その武器はずるいんじゃないかしら……? だってそんなので切られたら、私、消えてなくなっちゃうのよ……!?』
田助はシャルハラート(怨念)を問答無用で切り捨てる。
『嫌ぁぁぁぁぁっ! 私、消えたくない……! まだ全然、あんたを不幸にしてないのにぃぃぃぃぃっ!』
シャルハラート(怨念)が徐々に薄くなり、やがて完全に消え去った。
最後の最後までろくでなしの発言だった。
その後、改めて田助は自分を鑑定してみた。
運の数値は、
【1】
になっていた。
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