73 そんな日は永久に来ないぞ
──どうしてこうなったのだろう、と少年は内心項垂れる。
「ほら、梓。雅がこっち見てるわよ、もっと私に近づいて」
ダンスを踊っているのだから、もう十分近い距離にあるというのに、少女はそれだけでは満足せず、『立花雅』の視線を感じると少年との距離をグッと縮める。
元々長身の少年も少女も、はたから見てとてもお似合いだ。
いるだけで十分親密に見えるのだが、少女は過剰に『立花雅』にそれをアピールしようとする。
理由はわかっている。わかった上でもう一度問おう。
「……何でこんなことになったんだ?」
***
夏休み少し前の放課後。委員長である少年『白川梓』は副委員長でもある少女『立花雅』と雑用をこなしていた。
終わった雑用は自分が職員室まで運ぶから彼女には先に帰るよう促したのは数分前のこと。にもかかわらず、背後から教室のドアを開ける音がした。
「立花か? 忘れ物でもしたの──……なんだ、清水か」
てっきり彼女が忘れ物でもして戻ってきたのかと思い振り向けば、そうではなく。
──そこにはクラスメイトの『清水葵』がいた。
少女とは所謂幼馴染みというやつなのだが、この学園に入学してからは必要最低限の会話しか少年はして来なかった。そしてそれは少女も同じだった。
今回もいつものようにそうなのだろうと少女から視線を外そうとすると「梓」と久しぶりに名前を呼ばれる。
「……おい、名前で呼ぶなよ」
「勘違いされるから? いったい誰にされるって言うのよ、今この場には私達しかいないっていうのに」
そう言い放つと、少女は少年の座っている席の前の席に腰掛け、椅子の向きを変え、少年と向き合うように座り、右の脚を左の脚の上にのせるようにクロスさせた。
……そうだった。久しぶりに話すため、彼女の性格を忘れていたが、少女はこれで案外苛烈な一面があるのだった。
一見冷淡でクールに見える彼女だが、美しい花には棘があるという言葉を具現化したような人物で、その実冷静とは程遠く、短気で荒々しい性格であることを幼馴染みである少年は知っていた。
なので言い争っても少女が引かないことは明白だとすぐさま判断した。
「……はぁ、勝手にしろ」
「梓も前みたいに名前で呼んでよ」
「俺は結構だ」
「…………雅の言うことは聞くくせに」
自分がいつ『立花雅』の言いなりになっただろうか。身に覚えがないことで責められるのは不本意だが、まあでもきっと彼女の言うことは大体正しいことが多いので、確かにそうだなと思わされて結果的に彼女の言う通りの行動をしたことは過去にあったかもしれない。覚えてはいないが。
そう思い、特に肯定も否定もしなかった少年を見て、少女はどう感じたのか「ふーん、やっぱりそうなんだ」とつぶやく。
「やっぱりって何のことだ」
「梓、好きなんでしょ? 雅のこと」
「なんでそうなる……別に立花のことは……」
「だって、梓が女の子と親しくしたことなんて、今まで1度もなかったじゃない」
「そんなことないだろ。昔はお前とだって……」
彼女のことは純粋に尊敬しているし好意を持っているが、それは人としてであり。少年は別に『立花雅』のことをそんな風に思ったことはなかった。
それに昔は少女とも互いの家を行き来するくらいには親しかった。故に少女の言い分は誤りがあると述べる前に、少女は言葉を被せる。
「私は別。だって私達はそういうんじゃないもの」
「そういうって……」
「梓は私を女として見てないし、私も梓を男として見てない。そうでしょ?」
「それは……」
それはそうなんだが、少女にそうハッキリと言われると胸の奥がざわざわとした。だが、なんといえばいいのか少年には正解がわからない。
「…………雅は平気なんだ? 女なんて鬱陶しいって、言ってたくせに」
「ん? 何か言ったか?」
「……別に何でも」
声が小さくて聞こえなかった。でもなんだかとても大事なことを聞き逃した気がする。
「──協力……して、あげようか?」
「はあ?」
***
なんてことがあり、その後は自分と少年が親しげにすることで『立花雅』に嫉妬させるためだと言われ、ダンスパーティーのペアを組まされたり。夏休みは彼女が好きそうなアフタヌーンティーのセットやスイーツのあるカフェやラウンジに連れて行かれたりした。
前者に関しては、少女の指示で『立花雅』に少女とペアを組むことになったと直接伝えたのだが、嫉妬なんてされるはずもなく。むしろ「おめでとうございます!」と喜ばれてしまった。
その後も、どちらから誘ったのだとか、どうして誘おうと思ったのかなどと、根掘り葉掘り聞かれた。
あまりの質問攻めに少年は辟易しつつ、正直に「清水が俺が君のことを好きだと思っているから」だなんて言えるはずもなく、「誰のせいでこうなったと……」と恨み言を言うことしか出来なかった。……彼女は理解出来なかったのか、きょとんとした顔で小首をかしげていたが。
ちなみに後者に関しては、今後彼女をデートに誘う予定のない少年にとっては無駄以外の何物でもなかったのだが、少女のこれらの行動は気まぐれな一過性のものだと判断し好きなだけやらせることにした。
1度やると言い出したら聞かない所があるが、熱しやすく冷めやすい少女のことだ、少年に見込みがないとわかれば諦めるだろう。
……しかし、少年の予想とは異なり、少女は彼女が見ている前で、わざとらしく大きな声で少年の名前を呼んだり、親しげにするなど、やり過ぎとも思えるそれらの行動は、エスカレートしていきこそすれ、全く冷める様子はないのだが。
現に今も彼女に親しさをアピールするために、少女と少年は『立花雅』に見せつけるように、彼女とその友人と一緒にダンスの練習をしている。
「……いったいこれはいつまで続くんだ」
「昼休みまでよ」
「いや、ダンスの練習ではなくてだな……この不毛な立花へのアピールが、だ」
「さぁ? 梓と雅がくっつくまで?」
「……清水、そんな日は永久に来ないぞ」
「へえ、梓にしては弱気な発言ね。安心して、梓には私がついてるから」
「……はあ、埒が明かないな」
一体何がどうして少女をこうまでさせるのか。
もしも仮に少女の言う通り、少年と彼女が結ばれたとしても、少女には何の得もないというのに。
少年には昔からよく知っていると思っていた幼馴染みの意図が全くわからなかった。
***
「葵ちゃん達大丈夫かしら? 何か言い争っているようにも見えたけれど……」
「おい、よそ見すんなよ桜子。あいつらなら多分平気だろ」
シローの言う通りわたくしの余計なお世話だったようで、今では喧嘩は収束し、白川くんが折れたのか葵ちゃんは満足気に笑っている。
「今年はあの2人が組んだのよね、なんだか少し意外だわ」
「確かにな。幼馴染みらしいけど、あんま仲良いイメージないよな。最近よく話すようになったって立花から嬉々として報告されたけどな」
そんな雅ちゃんの様子が、容易に想像出来た。……雅ちゃんあそこの2人お似合いだって以前から言ってたものね。
葵ちゃんは去年はひとりで参加していたけれど、今年は白川くんとペアを組む。雅ちゃんはというと、去年は黄泉様とで、今年は弟である赤也くんとだ。
皆、去年と今年で、変わった。けれど、わたくしとシローは去年も今年もペアを組む。まるで当たり前のように。──でもそれで、本当にいいのだろうか。
「去年もわたくしで、今年もわたくしって……シローは本当にそれでいいの?」
踊りながら、彼に問いかけると、少しだけ目を見開いてから数回瞬く。
「なんで? 俺は全然構わないけど。もしかして、桜子が嫌なのか?」
「嫌なわけない! ほら、シローには好きな人いるわけだし……その人を誘わなくて良かったのかしらって」
「だから誘ってんじゃん、お前」
思いがけない返答にびっくりしてしまったわたくしは、あろうことかダンスの途中で足を踏み外し、シローにしがみつくという失態を犯してしまう。
はたから見たら、わたくしがシローに抱きついているようにも見えるかもしれない。
……ハッ、こんなとこもし万が一見られてしまったら、シローの想い人さんに誤解されてしまう!!
なんとなく、少し前からわたくしはシローの想い人さんの予想がついていた。
「ごごご、ごめんなさい、シロー!」
「危ねぇなぁ……気をつけろよ、桜子。怪我したらどうすんだよ」
「だって、シローが……」
「俺が? ……何?」
ニヤリと笑うシローを見て、絶対楽しんでるわと確信する。
きっと、さっきの言葉に深い意味なんてないのだろう。わたくしばっかり慌てて、バカみたいだ。
おまけにこんな相手のことまで本気で心配したりして……ふんっ、もう知らない!
「……何でもないわっ!」
頬が火照ってる気がしたのは、きっとわたくしの気のせいだろう。
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