65 オレは瑠璃の方が可愛いと思うけどねえ


 誰かの『代わり』って言葉が、私は昔から嫌いだった。



 今世ではお兄様に似て美少女な私だけど、前世では平凡な女の子だった。


 気が弱くて、人からの頼まれ事や誘いは断れなかった。断ったら、相手から嫌われてしまいそうで。もう、話しかけて貰えない気がして。



『──ちゃんが行けないから、代わりに付き合ってくれない?』



 そうする内に、そんな誘いが増えていった。


 興味のない映画やコンサート。毎回億劫だ。でも、誘われないよりはずっといい。けど、ある時気づいてしまったんだ。



『この前の女子会楽しかったね~』

『……え、私行ってない』

『あれ? そうだったっけ? ──ああ、そっか。あの時はみんな居たからね~、誰も欠員が出なかったんだ』



 ……え、どういうこと? みんなって……その中に私は含まれてないの?


 驚いて声も出ない私に、友達だと思っていたその子は追い討ちをかける。



『今度、また誰かが行けなくなったら、代わりに──を誘うね!』



 無邪気な笑顔で、あまりに無神経な発言をする彼女を見ながら、目の前が真っ暗になった。気持ち悪い。気持ち悪くてたまらない。



 ……この時、気づいてしまった。



 私は誰かの『代わり』でしかなくて、彼女たちも、もし私が断れば、また別の誰かを『代わり』に誘うのだろう、って。




***




「瑠璃はどう思う~?」

「何がですか」

「……わかってるくせに、意地が悪いなあ~」



 いきなりそう問われても、私はお姉様と違って賢くはないため、察せないので、「わかりませんわ」と素っ気なく返す。


 ふんっとあからさまに不機嫌を態度に出す私に黄泉様は「何をそんなに怒ってるわけ~?」と愉快そうな笑いを浮かべる。


 人の不機嫌を楽しむなんて、なんてひどい人なのかしら。黄泉様にだけは意地が悪いなんて言われたくないんだけど!?



「せっかく顔だけは可愛いんだから、そんな顔してたら台無しだよ~?」

「…………顔だけって、褒めてますかそれ」

「褒めてるでしょ、十分。誇っていいよ~」



 黄泉様はふふんと鼻先で笑う。イマイチ褒められた気がしないのは、彼があまりにも「顔だけ」を強調して言うから。……でも、実際事実なのよね。私の取り柄は、唯一青葉お兄様似のこの顔だけ。



「……雅お姉様の方が、可愛いですわ」



 でも、その唯一の取り柄もお姉様には敵わない。というか、この学園の令嬢、誰もお姉様の美しさには敵わない。



「そうかな~? オレは瑠璃の方が可愛いと思うけどねえ」

「……えっ」



 黄泉様が穏やかな微笑みを浮かべながら、どきりとすることを言い出す。



「雅って、どっちかって言うと、キレイ系じゃない? 瑠璃のが可愛いでしょ」

「あ、そーゆー……」



 顔だけとはいえ、……そう言われれば、私だって悪い気はしない。私って案外単純なのかしら。先程までの不機嫌はどこかへ行ってしまった。



「コホン。……それで、何の話でしたっけ?」

「……だから~、青葉が言ってた双方メリットとか、なんとかの話」

「……ああ。まあ、お話を聞いた感じですと、今回伊集院さんとお兄様がペアを組むことは、彼女はともかく、お兄様にとって何のメリットもないでしょうね」

「へぇ、瑠璃はそう思ったんだ~」



 去年のダンスパーティーの頃は、私はあまり余裕がなかった。それは、その少し前に私の不用意な発言によってお兄様を暴走させ、結果的にお姉様を酷く傷つけることになったからだ。ちなみにお姉様はこれを『一条青葉アフタヌーン事件』と呼んでいる。


 その後、ダンスパーティーで2人は仲直りをしたらしいんだけど、落ち込む私はお兄様のペアにまで配慮出来ず、結果的にあの女狐と組むことを許してしまったのだ。……ああ、本当に悔やまれる。なんであんな女と……。


 でも、お兄様があの女とペアを組んだのは、そうすることが得られるメリットがあると感じたからで。それがなければ組むことはないということで。


 去年は彼女と組んでもあまり他の令嬢避けとしては効果がなかったようだし、お姉様に断られてしまった今、今年は1人でもいいとお兄様は考えているみたい。……なんというか、ほんとお兄様らしいわ。


 ちなみに去年案外1人で参加していた令嬢も多くいたらしく、今年はあの女狐には不安も心細さもないだろうというのが、鈍感なお兄様の見解だ。……にしても、鈍すぎるわね、お兄様。



「黄泉様は?」

「ん?」

「黄泉様はどう感じたんですか?」



 瑠璃というからには、きっと彼は違う考えを持ったんだろう。それがいったい何なのかは、やっぱり察してあげられないけれど。……お姉様だったら、わかるのかな? なんだかチクリと胸が痛む。



「そうだなあ~……オレは、すっごく青葉らしいなって」

「確かに、お兄様らしいですわね」

「でしょ~? 何かを選択する時に、まずメリットがあるかを考えるとこなんか、特にね。だからさ、雅を誘ったのもきっと青葉にとってメリットがあったのかな~って思ったんだよね、オレ。……でも違った」




***




「……違った?」



 何が? とでも言いたげな顔をして、瑠璃はオレを見つめる。



 ──そう。違ったのだ。



『そういえば、雅を誘ったメリットってなんだったの~?』

『メリット?』

『うん、去年薫子の誘いを受けたのは、青葉にメリットがあったからでしょ~? なら、雅を誘ったのも、何か青葉にとってメリットがあったからなのかな~って。雅を誘った理由ってなんだったの~?』



 ただの好奇心だった。


 青葉があんまりにも落ち込んでいるから、それだけ大きなメリットでも逃してしまったのかな~って。無理だった時のために、次の策を用意しておかないなんて、彼にしては随分と計画性がないな~とか。純粋に疑問だったから聞いただけ。


 そうなんでしょう?と確信をもって問いかければ、青葉はそこから黙り込む。ひとしきり考えてから、困ったように笑って、俺にこう言った。



『彼女が他の子息と踊るのを見たくなかったから以外に理由なんてないよ。……うーん、でもこれはただの僕のわがままで、メリットとは違うか。……ああ、彼女とペアを組めば、他の子息に牽制出来るだろう? それはとっても僕にとってはメリットだよね』



 それはメリットというにはあまりにも愛しい気持ちに溢れていて、代替案なんてない、彼女にしか──雅にしか叶えられないメリットだった。



「……お兄様が、そんなことを」



 なんて素敵なのと、オレの気持ちを何も知らない瑠璃は嬉しそうにしている。



「いつも口を開けば『メリット』が口癖の青葉がだよ~? ……それって、かなり雅のこと好きじゃない? だって、メリットとかそういうの関係なく、雅とペアを組みたかったってことでしょ~?」



 青葉が好きだ。この世の誰よりも、自分よりも大切だ。でも、青葉が大好きな『立花雅』と婚約するのだけはイヤだ。それならまだ薫子の方がマシだ。


 ──そう、ずっと思っていて、あの時オレは雅に強引に婚約をせまった。青葉より先にオレが彼女と婚約してしまえば諦めると、そう信じて。


 だけどそれって雅や青葉の気持ちを無視したオレの独りよがりで、普通に最低だったと思う。


 だからね、今回は自分の気持ちより青葉の気持ちを優先しようって思って、オレは雅を誘うことはしなかった。

 

 ……でも、青葉の口から、直接雅への好意を聞くと正直堪える。わかってたはずなんだけどな~……。


 オレが思っていたよりも、ずっと青葉は雅が好きだった。……けど、今はまだ素直に応援してあげられない。


 でも、前のように妨害しないだけ成長なのかもって思ったら、少しだけ心のモヤモヤが晴れた気がした。

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