28 観察って……私は実験動物か何かかしら!?



「そういえば最近話さないね」

「……何をですか?」



 そう大好きなお兄様から尋ねられたのは昨日のティータイムでのこと。


 心当たりがないと言ったら嘘になる。私が本当はわかっていることなんて、聡いお兄様にはお見通しだろうけど。あえて私は知らん顔をする。今はその話はしたくないんだもの。



「ほら、君の大好きな『立花雅』さんの話」



 まさか直球でくるとは思わなかったから、わかりやすく動揺してしまう。


 ちょうどダージリンを1口飲もうとしていたから、飲む前で良かったわ。きっと飲んでいる時に言われていたら、吹き出してお兄様を紅茶塗れにしていたもの。……ふぅ、危ない危ない。



「ずっと憧れてたんでしょう? この前ようやく会えたとは聞いたけれど、それ以降彼女の話を聞かなくなったなぁと思って」



 おおよその検討は付いているくせに、こうやって直接私に聞いてくる所は、お兄様の唯一の欠点だと思う。時々わざとやっているなと思うことがある。


 眉目秀麗で頭脳明晰なお兄様のことは大好きだけど、私をからかって遊ぶのはやめてくださいなっ。



「き、気のせいではありませんか?」

「……ふーん、『気のせい』ねぇ」



 瑠璃がそういうならそうなんだろうね、とお兄様は案外あっさり引いてくれた。よかった、何とか誤魔化せたみたい。



「毎日平均12回は彼女の話を聞いていたし、多い時は1日で17回も聞くことがあったけれど。最近はパタリとやんだ。ちなみに、この1週間は0回だ。それでも瑠璃が『気のせい』だと言うのなら、きっとそうなんだろうね」



 ……私、そんなに毎日お姉様の話をしてましたか? というか数えてたんですかお兄様!!



「数えるつもりはなくても自然と覚えてしまうんだよ。ほら、僕記憶力異常にいいからさ」



 お、お兄様、心の声を読まないでくださいっ! 正直めちゃくちゃ怖いです。



「……心配してるんだよ、大切な妹に何かあったんじゃないかって」

「……青葉お兄様」



 心配の仕方もう少し何とかなりませんか? とはさすがの私も言えなかった。本気で私のことを心配してくれているお兄様に対して、それは失礼だと思ったから。



「……ご心配おかけしてすみません。でも、わたくしは平気ですわ。少し気になることがあったので、考え込んでしまっていただけですわ。……明日学校で自力で解決してきます! ……お兄様にこれ以上心配をかけないためにも! なのでお兄様はこれ以上心配しないでくださいね」

「そう、結局原因はよくわからないけど、瑠璃が元気になったなら良かったよ。塩らしい瑠璃なんてらしくないからね。黄泉も心配してたよ」

「え、黄泉様が?」



 意外だ。私は彼にはあまり好かれていないと思っていたから。むしろ苦手だと思われていると思ってたわ。


 ……私のことを心配してくれていたなんて、少し嬉しく思ってしまう。


 別に黄泉様のことが好きとかそういうことじゃなくてね!?


 こう……昔の推しに嫌われているよりは好かれている方が嬉しいじゃない? だから本当に特別な感情はないのよ。そうよ、だからときめいてなんかしてないわ。



「瑠璃が狼狽えている姿が珍しくて、とっても『らしくない』姿だと思ったって言ってたよ。1人で百面相して頭を抱えていたから、声はかけず少し観察してからその場を立ち去ったそうだよ」



 きっと瑠璃の様子がいつもとは違って話しかけられなかったんだねとお兄様は言うけれど。……きっと違いますわお兄様。


 黄泉様のことだから、いつもとは違う私を見て面白がっていたんだと思いますわ。


 観察って……私は実験動物か何かかしら!? まったく、黄泉様ったら。私のときめきを返してくださいな。……いや、別にときめいてないけれど。


 黄泉様の性格は相変わらずだけど、それに気づかないお兄様も鈍すぎますっ!


 もう、お兄様の馬鹿! 賢いけど馬鹿!


 私が雅様の話をした回数を数えている暇があったら、その鈍感さを直してくださいなっ。




***




 お兄様には自力で解決するとは言ったものの。そう簡単に解決出来るのなら、こんなに悩んでないのよねぇ……。


 昼休みに久しぶりにいつものテラスへ向かったけれど、遠くから3人を見つめるだけで、結局話しかけることは出来なかった。


 お姉様がこんなにも近くにいるのに遠い。くすん。まさかお姉様を避ける日が来るなんて思いもしなかったわ。


 自分があの『一条青葉』の妹だと気づいた時は、これからはあの『立花雅』に会いに行こうと思えばいつでも会えると歓喜したものだ。


 私だって何も避けたくて避けてるわけじゃない。本当はまた前みたいにお姉様と話したいし、笑い合いたい。


 ……だけど、それと同時に本当のことを知るのが怖い。


 もし、もし本当に、彼女が『立花雅』じゃなかったら?


 お兄様を一途に恋い慕う、その真摯でひたむきな『立花雅彼女』の想い。その想いを成就させようと、私がしてきたことは?


 もし本当に彼女が『立花雅』でないのなら、その全てが無駄になってしまいそうで。私はそれを知るのが怖かった。



「瑠璃ちゃん?」

「……お、お姉様っ!?」



 お兄様には一丁前の口をきいたけれど。やっぱり彼女には会わずに教室に戻ろうとしていた時。背後から、大好きなけれども今1番会いたくはなかった彼女の声が聞こえた。




***




 黄泉から話を聞いた時。私の中である結論がでた。


 それは『一条瑠璃』──彼女が私と同じ転生者であるということ。


 昼休みが終わる時間までまだ少しある。今から急いで彼女の教室に行けば、昼休み中には確認出来るかもしれない。



「2人ともごめんなさい。わたくし、今から瑠璃ちゃんの所へ行くわ」

「え、今から? 別に今から急いで行かなくても、今日の放課後行けばいいんじゃない?」

「そうだよ~、それに午後は2クラス合同で体育だよ? 昼休みの間に着替えておかないと間に合わないよ~?」

「ええ、その通りね。わかってるのよ。わかっているけれど、どうしても今瑠璃ちゃんに確認したいのよっ」



 引き止める2人を振り切って私は彼女の教室に向かおうとしたその時、見覚えのあるふわふわとした黒髪を見かけた。



「瑠璃ちゃん?」

「……お、お姉様っ!?」



 晴天の澄んだ空のような鮮やかな碧眼は不安に揺れていた。私に気づいた瞬間、全力で走り出した彼女に、正直ここまで全力で避けられるとショックを隠し切れないけれど。追いかけないという選択肢は私にはなかった。



「今走っていったのって、もしかして瑠璃?」

「……西門くん、先生には適当に誤魔化しておいてくださいっ」

「あっ、ちょっと」



 黄泉の言葉を最後まで聞く前に瑠璃ちゃんを追いかけたから、彼がなんて言っていたのかはわからない。


 だから赤也が「こうなった姉さんは止められませんよ」と黄泉を宥めていたことなんて、私は知る由もなかった。

 

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