第109話 貴族の訓練
まあ、長引かせておいて悪いのだが。
正直に言えば、私はそこまで興味がないのだ。
今私たちは、建物の中から出た先の空間、第1運動場と看板の置かれた場所に来ている。
多少の差はあるだろうが、小学校の体育館と同程度広さだ。
地面の露出した長方形の広場で、陽の光の下20人程度の男性達が武器を構えて互いに斬りかかっていた。
周囲には柵があり、そのさらに外には椅子がいくつも置かれている。
私達の他にも見学者はいるようで、半分程度が埋まっている。
「さあ、私達も座るとしよう。」
レイ様に促されて、適当な椅子に腰を落ち着けた。
男性達には大人も子どももいる。
「これは騎士団と訓練生の合同訓練、という名の指導だな。」
レイ様が教えてくれる。
訓練生とは留学生のことらしい。
なんでも、レイ様達訓練生はいくつかのグループに分かれ、レイ様は既に今日の訓練を終えたそうだ。
訓練に目を向ければ、皆随分と真剣な様子。
訓練生達は、剣を持つもの、槍を持つもの様々だが、よく見ると1つ不思議な点に気づく。
それを隣に立つレイ様に問いかけた。
なお、ユニはそんな私達をどこ吹く風に、訓練を見ている。
「あの、レイ様。」
「どうした、ルーク。」
レイ様がこちらを向く。
「あれは、もしかして真剣ですか?」
そう、彼らが使っているのは、本来訓練で使われるようの刃を潰した武器や木製のものではなく、刃がついた普通の武器だ。
「そうだ。」
「そうだって、流石に危ないのは?」
事実よく見れば、どの訓練生達も手足から血が出ている。
「ふむ。」
とレイ様が顎に手をつける。
その後口を開いた。
「逆に質問するが、ルークはこの訓練の目的はなんだと思う?」
「目的ですか?」
ただの指導ではないということか?
運動場に目をやれば、さらに傷を増やしている訓練生達は、しかしそれを気にした風もなく騎士に向かってかかっていく。
しかし、そこはやはり年季の違い。
中にはなかなか食いつく者もいるが、ほとんどは避けられカウンターを受けて、新しい傷を作っている。
「分かりません。普通の訓練とは違うのですか?」
「ああ、そうだ。そもそも普通の訓練なら私達も流石に木剣を使うさ。」
それはそうだろう。ここにいるのは、王国と共和国の貴族の子どもたちだ。
怪我をしては。
と思ったところで、1つの可能性を考える。
「もしかして、怪我をすること自体が目的ですか?」
「よく気付いたな。ルークの言う通りだ。」
その後のレイ様の説明では、この訓練は毎回ではないが、1年の間に何回か行われる。
その目的は、真剣を使うことで緊張感のある訓練をするとともに、傷を負うことにある程度慣れることで実戦に備えた精神を養うことにあるらしい。
繰り返すが、ここいるのは貴族の子どもたちだ。
将来は騎士たちとともに魔物や野盗相手に命をかけて戦うことになる。
しかも、部下を率いると言う立場でだ。
その際に、最も怖いのは傷を負うことそのものより、傷を負ったことにショックを受けてしまうことだ。
こればかりは実戦を積み、慣れるしかない。
そのためのこの訓練らしい。
当然相手の騎士たちは王都でも選りすぐりの実力者であり、傷のつけかたも絶妙で、絶対大きな傷は負わせていない。
ふとレイ様を見れば、しかし、同じ訓練を受けたと言う割に傷は見えないが、それについては、ポーションを使ったそうだ。
「いえ、簡単におっしゃいますが、ポーションですか?」
確かにこの世界にはポーションがあり、ミリア師匠も作ることが出来る。むしろあの人にとってはメインの収入源だ。
しかし決して安いものではなく、そういうところは、なるほど貴族の訓練なのだな、と変に納得させられた。
それこそ、師匠の作る上級ポーションなら、指さえ生えてくる。
「実際、ここにいる1年のうちに、指の一本は切り落とされるそうだぞ。」
というレイ様。
確かにそれを経験していれば、メンタルは鍛えられるだろうな、と変な納得をすると同時に、貴族というのも決して楽な立場ではないのだと思わされた。
その後も、金属のぶつかり合う音と、時折騎士から訓練生へアドバイスする声が運動場に聞こえていた。
「そこまで!!」
訓練場で武器を振るっていた騎士の1人が指示を出す。
その場で背を伸ばして立つ騎士たちと、肩で息する訓練生たち。それでも座り込む者がいないだけ褒めるべきか。
後は特に何もなく、彼らは私達が入ってきたのとは別の扉から出て行く。
レイ様の言葉では、きっとポーションを塗りに行くのだろう。
ちなみにポーションの使い方は、2通りあり、今回のように傷を治す場合はそこにポーションを塗りこむことで傷を治す。
もしくは解毒薬や病気に対しては、飲み薬として使う。
ポーションが飲み薬にも塗り薬にもなると知った時には驚いたものだが、魔法の存在するこの世界では、そういうこともあると無理やり納得したものだ。
そんなことを思い出しながら、他の見学者とともに、部屋から出る人たちに拍手を送るのだった。
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