第95話 実力者

「あら?どうしたの?」

そのようにこちらにかけられる声は、一言で言って野太い声だった。

月光花の光を反射する褐色の頭。

筋骨隆々の大きな体躯を包むのはフリルがふんだんに使われたピンクのドレス。

そして片手で担がれた巨大な斧。

あまりの出会いに固まってしまった私達の、しかし理由は違ったらしい。

「あっ、す、すまない。いえ、すみません。」

そう声を出したのはムバラクさんだった。

振り向くと、みんなの表情から驚愕が見て取れるが、最後尾の3人。

つまりダハの町出身組からは、ただ驚いただけではない何かが見られる。

それが何か、私は続くムバラクさんの言葉で理解した。

「あ、あなたは、マフムードさんですか?」

「あら?私のこと知ってるの?あんたみたいな美男子に知られてるってのは気分が良いわね。」

そう言ってマフムードさんが口角を上げる様は、ニヤリという音が聞こえるようだった。

「もちろん。このゴランで冒険者をしていてあなたを知らない奴はいませんよ。俺の名前はムバラク。奥の方にいるのが、仲間のルカイヤ、ラフィ、アフマドです。」

自己紹介をするムバラクさんに、

「えっと、ムバラクさん達はご存知なのですか?」

そう聞いてみると、

「あ、ああ。そうか、ルーク達は知らないか。彼はマフムードさん。ピンクハリケーンと呼ばれている、ゴランでも数少ない2A級の冒険者だ。」

とりあえず、マフムードさんが彼でいいらしいと分かったのは良しとして。

2A級と言えば、冒険者達の現実的なほぼ頂点に近い。

S級はそれこそ歴史に名を残すような偉人に与えられる称号のようなものであり、1人もS級がいない時期も珍しくない。

というよりそちらの方が多いらしい。

そして2級とは、ユニとテオの父であり私の武の師匠である、あのカイゼル師匠と並ぶ実力ということだ。

信頼としては更にその上を行っている。

そして、先ほどの3人の表情が驚きと憧れであったことも分かった。

言ってしまえば、自分たちの目指す姿ということだ。もちろん、服装的な意味ではなく、実力的な意味としてだが。

「そうおだてられると、照れちゃうわよ。」

そうマフムードさんがいう。

「ま、今彼が言ってくれたように、冒険者のマフムードよ。マフちゃんって呼んでね。」

そしてウインク。

色々な意味でインパンクトのある人物だが、不快感はない。

私は、元々その手の趣味嗜好に偏見はないつもりだ。

そもそも私のような人間が見た目に関して人様のそれに文句をつけられるわけもない。

なんにせよ何も言わないのは失礼だろう。

「ご挨拶が遅れました。私はルーク。仲間のユニ、テオ、アイラととも冒険者をしています。お見知り置きを。」

「あらあら、ご丁寧に。こちらこそよろしくね。」

と、まあそんな感じで、私達はマフちゃんことマフムードと出会ったのだ。


「そう。やっぱりダフの方から来たのね。お疲れ様。」

その後私達は互いの状況について交換しあいながら、ダンジョンを上へと進んでいる。

そして分かったことは、マフムードさんも私達のようにギルドからの調査依頼を受けたらしい。

違いといえば私達が最も楽な部分を8人で任されたのに対して、マフムードさんは最も危険なルート、『始まりのダンジョン』の地下20階からここ、グイのダンジョンまでを1人で来たということか。

マフムードさんからすれば、グイの地下20階から上に行く途中、地下10の横穴を覗いたら私達が出てきた、というわけらしい。

なお、グイのダンジョンには地下10階と地下20階に横穴があり、それぞれダハのダンジョンと『始まりのダンジョン』とを繋がっていて、『始まりのダンジョン』からは、更に周囲にある複数のダンジョンへと繋がる横穴が確認されている。

もっというと、『始まりのダンジョン』はかの英雄ギルシュにより地下30階まで確認されているが、現在は地下25階までが、マフムードさんを含む一部の実力者によって探索しているだけだ。

「マフちゃんでもダメなの?」

ユニが質問している。

ユニは元々人見知りをするようなタイプでもないが、特に武に関する実力者には親しみを感じるタイプだ。

ついでに、ユニに限らずどうも彼の服装にはみんなも違和感はないらしい。

まあ、同性愛自体認められているこの世界で、服装もまた自由なのだろう。もしくは、彼が実力者だから認められているのかもしれないが。

そんなユニに、マフムードさんも快く応じている。

「ええ、そうよ。正直言って、あのダンジョンの下の方は化け物ばかりね。ユニちゃんもなかなかの腕前みたいだけど、あそこはちょっと早いかも。」

「ん。分かった。」

「ふふ。素直な子は大好きよ。」

一応、ユニが男性と親しくしているという状況なのだが。

これに嫉妬するのは、なんというか、うん。

違う気がする。


まあ、それは置いといて。

私達は既に地下5階目を過ぎる頃だ。

グイの町のダンジョンもダハの町のものと深さ以外の構造はほぼ同じらしく、私達は真ん中のほぼ一本道のルートを進んでいる。

また、簡単にこれた理由はそれだけでなく、マハムードさんの存在も大きい。

「フン!」

今もまたダンジョンアントが彼によって踏み潰された。

彼は出会ってからまだその斧を一度も振っていない。それはつまり、この程度であれば振る必要がないということだろう。

そんな彼の腰には、会った時は陰になって見えなかった、なにやらモゾモゾと動く袋が付いている。

それについて尋ねると、

「これはね。ダンジョンアントが入ってるのよ。」

とのこと。

なんでも、私達に会う前にあるダンジョンアントに噛まれた際に少しピリピリとした痺れを感じ、これが話にあった毒持ちだろうと、持ってきた普通の袋に入れて、生け捕りにしたそうだ。

というのも収納袋や空間魔法には生きているものは入れることが出来ない。

それが女神の言っていた魂のせいなのか、それ以外の理由があるのかは不明だが。

それにしても、本当に他のダンジョンにも毒持ちのダンジョンアントがいたのか、と驚くべき状況に。

成人男性を半日は行動不能にする毒を受け、少しピリピリしたと、答えるマフムードさんの規格外ぶりに言葉も出ない私達。

実際にその毒を受けた、ラフィさんは1人苦笑を浮かべていたのが印象的だった。

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