第64話 トロッコ問題
「ルーク様。本日はお呼びたてしてしまい、申し訳ありません。」
「いえ、マルコさんにはいつもお世話になっているのですから、お気になさらないでください。」
例の事件とその解決から数日後。
私はマルコさんと2人で話をしている。
「それで私に聞きたいこととは?」
「ええ。単刀直入に聞きましょう。ルーク様、どうかこの老いぼれに、お顔を見せては頂けませんか?」
やはり、か。
あの場で仮面を取った時から半分覚悟はしていた。子どもたちには口止めしたとは言え、人の口に戸は立たない。
もしかしたら、関わることを避けてくれるかも、と淡い期待をしていたが、彼の、執事という立場では無視は出来ないのだろう。
「それは、確かミリアーヌ様にご注意なさったことだと記憶していますが。」
「無礼は承知しております。ですのでまずは、私の話をお聞きください。」
そう言って彼は話し出した。
ゼルバギウス家には、レイの上に1人の子どもがいたが、ある理由から捨てられたこと。その捨てた人間こそ、マルコだったことを。
「なぜ、その子どもは捨てられたのですか?」
私の質問に、マルコさんは顔を歪めながらも答える。
「あまりにも醜かったのです。」
「醜い、ですか。」
「ええ。それは、この世のものとは思えないほど。見るもの全てが、嘔吐するほどで、屋敷では吐き気を催す赤ん坊とも呼ばれていました。ご両親である当主ご夫妻も生まれる前は心から待ち望まれ、生まれた後もしばらくは愛情を注ごうとされましたが、ついには諦められました。屋敷の他のものも同様です。そして、その子が3歳を過ぎた頃、レイ様が生まれ、私は決意したのです。この子がいては誰も幸せにはなれないと。」
「その子どもが私だと、マルコさんは言いたいのですか?」
「その通りです。」
「しかし、森に捨てられたのでしょう?普通に考えて3歳の子どもが生きているとは思えませんが。」
「私もそう思っておりました。しかし、ルーク様も森に捨てられたところを、ラト様に拾われたのでしょう?森の賢者と呼ばれるあのラト様に。」
彼がそれを知っているというのは私にとっては衝撃だった。
「なぜ、それを。」
「先日お話をさせて頂いた際にラト様の名前をお聞きして、失礼とは承知しつつ騎士アントンにも話を聞きました。」
それで合点が聞く。
確かに私が捨て子だということはガインの街の冒険者には、知っているものが多い。特に隠していなかったし、むしろ師匠に感謝しているという流れで私からも言っていた。
なるほど。ならばこの状況は私の不注意だ。マルコさんに師匠の名前を言った時点、いや彼の前でつい横着して魔法でお茶を入れたことが不注意過ぎた。
アントンにせよ、執事から質問されれば答えないわけにもいかない。情報の共有は当たり前のことだ。
「それで、万が一私がその捨て子だとして、貴方はどうされますか?」
そう問いかけるとマルコさんは懐からナイフを取り出した。
刃を持ち、柄を私に向けて。
「どういう意味でしょう?」
「どうかこの老いぼれの命でご勘弁頂きたいのです。子どもを捨てたのは私の独断。全ての悪は私であり、ゼルバギウス家の方々に罪はありません。どうか私の命で、このままに。レイ様達には何も知らせないでくださいませ。」
マルコさんの目を見れば、彼の本気が分かる。
そして私が、自分の捨てた子どもだと確信していることも。
だが、私には元より復讐する気も、ましてやゼルバギウス家に戻るつもりもない。
そして彼に罪があるとも思っていない。
さて、どうしたものか。
「わかりました。では、まずはこの顔をみてください。」
そう言って仮面を外すと、当然は彼は嘔吐する。
「やはり貴方様は。」
仮面を戻し、彼の言葉を遮る。
「待ってください。私は病気なのです。」
「病気、ですか?」
「ええ。師匠が言うには魔力過剰適応症。その結果、私の顔を見た人は嘔吐してしまうそうです。」
本当は女神から教わったが、師匠の名前を借りよう。
「そして、この病は成長とともに強くなる。私には子供のときの記憶がなく。貴方の言葉を肯定も否定も出来ませんが、これは仮定に過ぎませんが、もし私がそのままゼルバギウス家にいれば、死者が出ていたでしょう。そう思えば、貴方の行動はゼルバギウス家を救った永断でもあるのです。」
結局これは、トロッコ問題と同じなのだ。しかも犠牲者のでなかった。
「多数を救うために1人を捨てる。その良し悪しは人には判断しかねます。ですが、私は師匠に拾われ、成長し、大切な仲間に出会いました。それで良いのです。」
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