第63話 行方不明

ジーナと街中で会ったあの日から数日後、私達に動揺が走る。

「ジーナさんが行方不明ですか?」

その情報はミリアーヌ様のメイド。現在私達の同僚でもあるマーサさんからだった。

今は授業が終わって間もない。夕方になる前のギリギリ明るい時間だ。

ミリアーヌ様を寮に送り届けようと学院を出る直前に、職員と何やら話していたマーサさんが私達に合流して直後のことだった。

「そうです、ルークさん。私も今学院の職員様から聞いた話ですが、数日前から家に帰らずその日の午後の授業にも出られていないそうで。」

今までも数日程度合わないことは珍しくなかった。

マーサさんの話が本当なら、私とユニが街であった直後に連れ去られた、ということだ。

「そんな。」

ミリアーヌ様もショックを受けたようで、その顔は青くなっている。

確かにジーナさんは、初めはユニと親しくなるために近寄ってきたが、馬が合うのか最近はミリアーヌ様とのおしゃべりも増え、昼を一緒に食べることもあった。

友人が行方不明という情報は彼女にはショックだっただろう。



結論から言えば、私達は今街に来てジーナさんの捜索をしている。

ミリアーヌ様の強い要望もあり、なにより友人だ。

レイ様達にも事情を説明すると、妹の友人の大事とありすぐに捜索に出るように言われている。


「とはいえだ。土地勘もないこの街でどう探せば良いか。」

非番だったテオとアイラにも協力してもらっている。とりあえずと、最後にジーナを見た辺りまで来てみたが、そこからどうするべきか。

聞き込みなどもしているが、情報らしい情報もない。

最近行方不明が増えているらしいが、今聞かせれても役には立たないだろう。

時間は既に夕方。遠くなく夜になる頃だ。

が、街は明るい。最近できた魔法灯という、魔道具を用いた街灯のおかげだ。

「本当にどうしたものか。」

誰からも妙案はなく頭を抱えていると、

「ルーク様。」

マルコさんの声がかかる。

確かにレイ様と別れる際には彼もいて、この付近に目星をつけていると話してはあるが。

「この街の保安隊から少々お話を聞くことが出来ました。」

そう言って懐から紙を取り出す。

保安隊とは共和国の騎士団のようなもので、まあこの国の治安組織だ。

「お話って一体。」

紙にはこの街の地図とある場所に丸が付けられている。状況からここがジーナさんのいる場所の候補なのだろう。

「なに、お金というのは使うべき時に使うものですよ。」

その言葉で理解する。

なによりこの情報は、手詰まりの私達にとってはありがたいとしか言いようがない。

「マルコさん、ありがとうございます。すぐに向かいます。」

私達はお礼を良い、背を向けて走り出した。



候補地に着き、何故保安隊が踏み込まないのかが分かった。

ここはスラム街の一角。

ある程度の規模の都市なら珍しくない。

人が増えた結果、管理の届かない場所も出てくるものだ。

そしてスラム街とはそこに住む者によって無計画な増改築が行われ、迷路のように入り組んでいる。

まあ、気配探知を使える私には無意味だが。人間の気配というのは、慣れてくれば一人一人個性がある。

スラム街に来て1時間、私の魔法は既にジーナの気配を捉えていた。そして、その周囲の状況も。

まずは最悪の状態でなかったこのに安心したが、しかし急ぐ必要はありそうだ。


「ここだ。」

「ん。」

ある建物の前に到着した。ここに来るまでに随分と迂回したり建物を超えたり、どうしても無理な時は力ずくで押し通した。

なるほど、これは無闇に踏み込むことは難しい。

なんせよ、私達は扉を開け、薄汚れた一軒の家に入っていく。どうやら事態は一刻を争うらしい。


その小さい家には部屋は1つしかないらしい。まず目に入ったのは、部屋の中央にある四隅に釘が打たれた巨大なテーブルと、そこに手足を広げるように手首と四隅の釘とが紐で結ばれた状態のジーナだった。更にテーブルの横には見覚えのある人物。

また、そこにはいくつもの実験器具と、大量のあるもの。そして檻に入れられた複数の子供たちの姿も確認できる。

「師匠!それにルークさんたちも。助けに来てくださったんですね!」

先程まで震えていただろうジーナとその他の子どもたちの顔に希望が灯る。

同時に、テーブルを挟んで向こうにいた人物が口を開いた。

「ルークさん、でしたよね。」

「ええ。名前を覚えていてくださるなんて、光栄です。アデール先生。」

そこにいたのはアデール先生。学院にて魔法を専門に教えている私達とも面識のある教師だった。

「その仮面は記憶に残りますから。」

そう言って軽く微笑む。その穏やかな口調と、手に持ったナイフとのギャップが、この場の異常性を際立たせてる。

「ルークさんは何故こんなところに?」

あくまで世間話のような口調でこちらに問いかけるアデール先生、いやアデール。

「いえ、知人を迎えに来ただけですよ。ついでにそちらのお子さんたちもご家庭までお送りしますからご安心ください。」

「あらあら、それは困りましたね。」

「困る、とは?」

ナイフから目を離さず会話を続ける。その隙にユニがジリジリと近寄るが、この位置関係では一気に近寄るのは難しいだろう。

今はとにかくチャンスの為に時間を稼ぐ。

「この子たちは、私の大事な研究の協力者ですから。」

「協力者ですか?その割には、みんな浮かない顔ですが。」

「私の研究はなかなか理解できないですから、仕方ありませんよ。」

「そうですか。ちなみにどんな研究ですか?」

「ある魔道具の開発です。」

「魔道具、ですか。」

「ルークさんも本で読んだことはありませんか?隷属の首輪、というものです。」

「それは……」

私は言葉を失う。

隷属の首輪。確かに物語の中ではたまに見かけるし、この世界の物語にも出てくるが、あくまで想像の産物だ。

「ルークさんも私が狂っていると思いますか?」

「それは。ええ、そうでしょう。そんなもの作れるわけがない。」

他人を意のまま操る魔道具や魔法。そんなものは存在しない。それは魔法に関わる者にとって常識だ。

人の意思というものは、そんなに単純なものではない。

「今までないからと言って、これからもないとは限らないでしょう。」

「だからと言って、作ろうとすること事態、既に許されることではない。何故そんなものを作ろうと?」

そこから彼女が話したのは、確かに同情するべき話だった。

ある女性が、婚約者とともに大都市を目指す途中野盗に襲われた。

男は女を見捨てて逃げ、女は野盗たちの慰み者にされる。

男の通報を受け保安隊が到着、野盗を討伐したのは、三日三晩女が乱暴され続けた後だった。

「王国もですが、この国でも野盗はすぐに殺されます。ですが、それではダメなのです。殺す以上の罰を。意思を奪い、自由を奪い、あらゆる苦痛を与えなくては。」

「それが隷属の首輪ですか。」

それはきっと、男である私テオ、や比較的幸せな人生を歩んでいるユニやアイラでは理解し難い心理だろう。

「だから、私は調べているのです。人間の意思というものを。」

「そのための心臓ですか。」

「ええ、その通りですよ。」

そう。この部屋に入って見つけた大量のあるものとは、心臓のことだ。


この世界では、人の思考や意思は心臓に宿るとされ、脳みそは髪を育てるためにあるとされている。

はっきり言ってこの世界の医学や人体に対する研究は、中世のヨーロッパと比べても未発達だが、これは回復魔法やポーションのせいだろう。

魔法で治るなら、わざわざ多大な労力をかけて研究する人は少数派だ。

確かミイラを作った古代エジプト人や古代ギリシャの哲学者アリストテレスも人間の魂や思考は心臓に宿ると考えていた。

なら、この世界の勘違いも仕方ないことかもしれないな。


「と、言うことで邪魔をしないでくださいね。一応言っておきますが、私も魔法使い。ルークさん程優秀ではありませんが、それでもあなたが魔力を練ればすぐに分かります。」

これが魔法使いが戦闘に不向きとされる理由だ。多少魔法をかじっていれば、魔法の発動は察知できるし、魔力に敏感な魔物には標的にされてしまう。

横を見ればユニは私の横。ただ飛び出しても、その前にナイフが振り下ろされるだろう。


隙を作る、か。

うってつけの方法が1つある。出来ればこの街では。正確には彼らがこの街にいる間はこの方法は取りたくなかったが、悩む時間はない。

「アデール。」

私は声をかける。

「なんですか?」

彼女がこちらを見ていることを確認し、私は仮面を取り外した。

「は?う、おえええぇぇ。」

私の顔を直視したアデールはすぐさま嘔吐。一緒にジーナや檻の中の子どもたちも嘔吐し、大量の心臓と血の匂いに嘔吐物の匂いが加わり地獄のような風景が出来上がる。

その隙にユニが、テーブルを足蹴にアデールに飛びかかり、その手のナイフを強奪。そのまま、床に組み伏せた。

こうして、連続誘拐殺人犯はこの街の保安隊に引き渡され、ジーナを始めとする子どもたちは救われたのだった。

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