第51話 大丈夫

時間は昼。トカゲの見た目らしく変温動物なのか、ロックリザード達は日光を受けてのんびりしている。テレビで見たような景色だ。


今のうちに、私は、『顔』について軽く説明する。

私の顔を見た人間は吐いてしまい、魔物は好戦的になることを。


もちろん初めは半信半疑だ。

論より証拠、と私は仮面を外した。

結果は当然のごとく、5人分の吐瀉物が床に撒き散らされる。


「ルークの言葉を信じるとしよう。」

ダイさんがいうと、他の4人も頷いている。

その後、私の提案通り、私が囮としてロックリザードを引きつけることになった。


数分後、各々が獲物を構えている姿を確認し、私は仮面に手をかける。

見なければ問題ないと伝えてあるが、それでも背中越しに緊張が伝わる、気がした。


そして今、仮面を外し収納にしまう。

私の素顔に洞窟の冷たい空気が当たるのを感じる。

「では、行きます。」

顔に魔力を込めながら、私は広場の中央に駆けて行った。


ダイ目線

「凄いもんだな。」

俺は思わずそんなことを呟いていた。

今回の依頼を通して知り合ったルークという冒険者は、若い割りに物腰の丁寧な不思議な仮面を付けた男だった。

若い割りに、なんて言葉を使うと自分がおっさんになったのを感じるが、実際ルークから感じる雰囲気はもっと大人の、もしかしたら俺より年上なんじゃないかと感じる程だ。

その後紆余曲折あって、俺達はルークの素顔を見ることになったが、あの時の衝撃はこれからも忘れられる気がしない。

そのあまりの醜悪さにルークが言った通り俺たちは漏れなく嘔吐した。

ただ不思議なんだが、今思い出そうとしてもどんな顔か分からないんだよな。

なんというか、醜いという言葉を形にしたような、これは醜いんだと命令されているようなそんな感覚だった。

これを人間の顔とは認めてはならない、そう言われている気分だ。


そんなルークは今、ロックリザードの群れの中央にいる。ロックリザード達は本当にルークに群がっていたが、あいつらがあんなに興奮しているのを見るのは初めてだ。

ルークの拳闘術の腕は確かで、今も群がるロックリザードの爪や牙を紙一重で避けつつ、隙あらば柔らかい箇所を狙って的確に拳打を叩き込んでいる。

とはいえ、ルークの仲間のユニやテオに比べれば常人の域を出ないが。

ユニの動きはあまりに早く目で追うのも一苦労だし、テオの弓の腕は遠くの獲物の急所を的確に射抜いている。

ミカが言うには、彼女とは比べ物にならない腕らしい。弓は専門外だが、ミカが言うんだ。きっとそうなんだろう。

「ダイ、私たちも行くわよ。」

相棒のミカの言葉に俺はハッとする。

「お、おう」

そう返事をした俺は、獲物である大剣を構えてロックリザードを狙う。

そうだ今は呆けている場合じゃねえ。





「さて、大分減ってきたな。」

当初の取り決めでは、私が中央とその正面を。

弓が奥と私の背中近くを。

そしてユニやダイさん達近距離組が、私の顔を見ないようにしながら手の届く範囲を担当している。

「まあ、こんなものか。」

顔に注いでいた魔力を散らし、仮面を被ると、先程までが嘘のようにロックリザードが逃げていった。


「ひとまず、お疲れ様でした。」

「おう。ルークこそ、1番大変な役をありがとうな。」

「そうっすよ。素手だけで、大した傷も負わずに大したものっす。」

ダイさん達からの労いの言葉。

因みに怪我は、既にアイラに治してもらってある。

「ありがとうございます。しかし、よかったんですか?」

「何がだ?」

「いえ、ロックリザードをいくらか逃しましたけど。」

「ああ、そのことか。そのことなら大丈夫だ。逃げたのは精々10匹だし、それなら大した害もないさ。ルークも知っての通り、ロックリザードの素材は利用価値が高い。いなくなったら、それはそれで困るのさ。」

「なるほど。それは確かに。」

さらにミカさんからも説明される。

「それに、こういう場所があるとギルドで把握すれば、以前よりも安定してロックリザードの素材が手に入るでしょう?」

これもその通りだ。言ってしまえば天然の養殖場、と言ったところだな。

「ま、ここにいつまでもいても仕方ねえよ。町に戻ろうぜ。」

ダイさんの言葉を受け、私たちはその場を後にするのだった。


それにしても、

「皆さん、気にならないのですか?」

それに答えるのはやはりダイさんだった。

「なんのことだ?ってのは通じないよな。そりゃ驚いたけど、その仮面がありゃ普通に出来るんだろ?なら気にしねーよ。」

「俺たちもっすよ。それにあの技はすごい技っす。正直に言えば、あの顔をずっと見るのは無理っすけどね。」

「おい、アーウィン。」

「いえ、大丈夫ですよ、ダイさん。自覚はありますし、むしろアーウィンさんに正直に言ってもらって良かったです。」


その後もヤタの町に向かいながら、私は内心頷いていた。

(なるほどな。)

(一般人はまだしも、冒険者、特に魔物を相手にするような冒険者にとっては実利が優先だ。役に立つなら、嫌われはしないのか。)

(とはいえ、それもミリア師匠のこの仮面のお陰か。今までも感謝していたつもりだが、旅に出て改めて師匠のありがたさが分かる。)

(一人暮らしを始めた人の気持ちってこんな風なのだろうか。なんて言ったら、あの人はどんな顔をするかな?)

そんな風に考えていると、声が掛かった。

「ルーク、なんだかご機嫌だね。」

「ユニか。そうだな。少し師匠のことを思い出していたんだ。」

「ラト先生?」

ラト、か。ミリア師匠の偽名。それを聞くのも懐かしい気がする。

「私がこうやって旅をできるのもこの仮面のお陰だと思ってな。素顔のままでは、森から出ることも出来なかった。」

「それはそうかも。」

「……。」

否定されない。

いや、もちろん否定されたかったわけでも、ましてやお世辞が言われたい訳ではないが…

ユニから言われると、改めて現実というものを突きつけられた気分だ。

「けど、大丈夫。」

「大丈夫?」

「うん、だって先生の作ったっていう仮面があるし、万が一壊れても私たちはもうルークの顔で吐かない。だから、大丈夫。」

「そうか。確かに、大丈夫だな。」

「うん、そう。」

大丈夫、か。

前世では気休めに使われる印象が強かったが、こうやってユニから言われると心に沁みてくる。

そうだ。ユニがいる。テオやアイラもいる。ミリア師匠もいるんだ。そして師匠達から教わった、冒険者としての力もある。


確かに私の顔は醜いが、それでもこの世界で生きていける。

だから私は、大丈夫だ。



私の足取りは軽く、気付けばヤタの町が見えてきた。

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