第5話 福山昂輝の想い人。

 黒木朋子くろきともこという存在を知ったのは今年の三月の事だ。

 ヒロから紹介したい女の子がいると連絡を受け、絶対こいつ彼女出来た事自慢したいんだなと思ったので、断ってやったのだが、春休み家でのんべんだらりと過ごしていた時、事件は起きた。

「たっかひっろくーん! けんかしーましょー!」

「しねぇわ!! というか近隣の迷惑だからやめろォ!」

 そう、自分の彼女を引き連れて家を襲撃してきたのである。俺はこれをアパートミズノ襲撃事件と呼んでいる。

 家に招き入れた時のヒロの顔のデレデレぶりと来たら、喧嘩最強の肩書きより、ザ、浮かれポンチとかの方がよっぽど似合う始末である。俺はこんな風にみっともなくならないぞと心に誓ったものだ……。

「おぅこら、タカ。何でてめぇ、トモちゃんの紹介嫌がるんだよ。ぶちのめすぞ」

「自慢が鼻に付くからじゃボケ。俺が新たな恋見つけてなかったら半殺しにしてるとこだぞ」

「やれるもんならやってみろや」

「あん? やるか?」

 お互いにメンチを切ると、くいっとヒロのスカジャンの袖を引っ張る女の子。

 とんでもない和風美人だった。悔しいがヒロが自慢したくなるのも分かるくらいには。

 その黒髪を揺らして、彼女は優しく言い諭した。

「ヒーくん。親友なんでしょ? 喧嘩はダメ」

「トモちゃーん! ごめんよー! しないしない。これが俺らのいつもの挨拶だから」

 媚び媚び媚びりん……なんだその声。お前喧嘩の時は、そういう媚びたような声する奴は三秒で息の根止めるとか言ってなかったっけ?

 あまりの光景に戦慄していたのだが、ヒロの彼女の挨拶で我にかえる。

「こんにちは。黒木朋子くろきともこです」

「は、はぁ。妻夫木つまぶき孝宏たかひろです」

 挨拶を返すと、ニコッと自然な笑顔で黒木さんは答えた。

「知ってます。ヒーくんが色々と教えてくれたので」

「それはまた随分と仲がよろしい事で」

「えー! そう見えちゃうかー? そう見えちゃうかー? 参ったなー! 参っちゃったねー?」

「ねー?」

 口だけで二人とも全然困ってなさそうなの本気で腹立つゥ!

 青筋ピキピキしちゃうんだが!?

 完全に妬みから自然と言葉が出てしまう。

「てゆうか黒木さん、良くこんなのを彼氏にしたな。頭の中喧嘩七割、ゲーム二割、エロさ一割みたいな脳の男だけども」

「おい、やめろォ! 嫌われちゃうでしょーが!」

 それは最早脅しではなく懇願に近いものであった。なるほどなるほど。

「あ、エロさ七割だったか?」

「お前ぶちのめすぞ!?」

「多分エロさ七割です」

「あるぇー? トモちゃんあるぇー?」

 お、この黒木さんとやら、思ったよりもノリが良い。仲良くなれそう。

 と、思ったのが最初の出逢いだったか。

 まさか、天蘭で生徒会長やってる化け物だと知るのは、この後俺が生徒会に入ってすぐな訳だけど。

 にしても、そうか。昂輝があの黒木さんをねー。

 いや普通に美人だから分かるんだけど、昂輝が誰か特定の女子に想いを寄せてるってのが、意外だった。

 失礼な意味じゃなく、こいつって俺とつるみ始める前はみんなの王子様って感じだったからなぁ。それもまた失礼な話かもしれないが。

 違う学校故に出来る芸当だろうけど……普通そんな態度取ってたら、本命の子に軽薄だと思われてもおかしくねーだろーし。俺は全くそんな事ないけれども、遥さん一筋だけれども。大体そんな感じで遥さんに避けられでもした日には……。

『孝宏くん、最低』

「ハグァ!?!?」

「ど、どうしたの孝宏。急に黙り込んだと思ったら、膝に矢を受けたような声出してしゃがみこんで」

「い、いやなに。想像ではるかさんに罵倒されるだけで、俺の心の臓がえぐり出されるかと思った」

「病院行きなよ」

 風でカツラをたなびかせるハゲ親父を見るような視線を受ける事から察するに、本気で頭を心配されているらしい。髪の毛をじゃないよ。脳みそをだよ。俺の髪の毛はフサフサだよ。ジェルでオールバックにしてるから髪の毛傷んでないかとか心配してないよ。

 それはさておき、さておけないけど、まぁうんさておき、黒木さんには当然、さかい浩史ひろしという、彼氏がいる。その事を知らないんだとしたら、言ってやった方がいいかもしれないけど……。けど、こういうのって誰かから伝え聞いたところでみたいなところあるし、それに、昂輝までいくと彼氏がいるとか最早関係ないのかな。すげーなさそう。もうどんな女に告白しようと、後ろから出てきて『ハハッ、俺のやで?』 とか言いそう。言わないか。言わないな。

「なんか凄い失礼な視線を感じるんだけど」

「何言ってんだ、失礼どころか最早恐怖だ」

「俺今恐れられてるの!?」

「ボクだけの遥さんなんだぞ!」

「ごめん、話の脈絡が全く読めないんだけど」

「昂輝、いつもの将棋のような読みはどうした。風邪か?」

「顔が本気で心配してるよこの人。あと小声にしたって今目立ってるから」

「おっと、いかんいかん」

 確かにさっきより視線を感じるし、なんなら、遥さんと新垣までこっちを見ていたので、お口チャックマン。が、そのチャックは壊れかけの為、瞬間、思った事がつい口に出てしまう。

「何で好きなやつ俺に言ってくれたんだ? 隠してんじゃねぇの?」

 尋ねると、昂輝はうーんと軽い調子で考えてから、ふっと微笑を携える。

「別に隠してないけど、孝宏なら交友関係限られてるし、言わないでしょ? 誰にも」

「……信用されてんのかね」

「信頼してますけど?」

 爽やかに笑ってそう言われると、そりゃ女子にモテるわこいつ。俺も好きだし。勿論ダチ的な意味で。

 男子から妬み嫉みもあるだろうが、それでも周りに波風立てずに、一年から副会長やってんだから結構凄い奴だと思ってるし。

 ただ……黒木さんについて、ヒロの親友の俺としては、複雑なんだよなぁ……。

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