第41話 鈍感な二人。

 テスト週間最初の1日目の授業が終わった。

 休み時間は俺に対しては好奇の目がとんでもない事になっている。

 新垣あらがきさんが元ヤンの毒牙にかかっただの、新垣さんが元ヤンに弱みを握られて脅されているだの、果ては新垣さんが元ヤンに完全催眠をかけられてしまっただの言われている。

 いやいや、俺が完全催眠出来るなら、まず柴咲しばさきに公衆の面前でハ○ルの動く城の物凄いリアルなモノマネさせて、動画を撮ってツイッターにあげるところから始めるから。ツイッターにこの壮大な復讐動画がバズっていない時点でそんな芸当出来ないと思って欲しいもんだぜ。

 さて、じゃあ新垣が人に囲まれて動けないでいる間に生徒会室行くか。多分陣内がいるはずだし。

孝宏たかひろくん」

「え、あ、石原いしはら

 は、はるかすぁん! 何で俺に声を!?

「……生徒会室行く?」

「おぅ、石原も行くのか?」

「うん」

 ちょこんと俺の隣を歩く遥さん。何だこれずっと見ていられる可憐さ。

 ウッキウキで生徒会室に向かおうとすると、廊下になんか知ってる顔がこちらに向かってくる。

「石原先輩!」

充子みつこさん」

 嬉しそうな顔で石原に走り寄る、子犬のような女の子。思い出した、この子あの時遥さんと一緒に赤ピアスに襲われかけた子だ。

「あ、えっと、妻夫木つまぶき先輩っすよね! 金曜日は助けていただいてマジ感謝っす!」

 ピッシーッとした90度のお辞儀、セミロングの髪がバッサーッと勢いよく下に流れた。

「おぉー、礼儀正しい子だなー。柴咲に爪の垢煎じて飲ませたいぜ全く」

「柴咲さん?」

 キョトンとした遥さんの可愛さに押し潰されかけたが、自我を保ちながら毒づく。

「おぉ、あいつ後輩にあるまじき生意気さだからな。会話してて俺ずっとイライラするし」

「そう……でも」

「でも?」

「仲よさそう」

 遥さんがちょっと困ったような笑い方で言うと、俺は心の底から不満の吐息を漏らす。

「ええぇぇぇーーー? そう見えるのは嫌すぎる」

 マジかよ。柴咲と仲良いと思われるなんて、ヘッタクソな俳優の吹き替え映画24時間マラソンより苦痛だわ……。

「俺が柴咲と話さなくてもいいように、生徒会活動中は石原が話し相手になってくれ」

 ハハッと冗談っぽく言ってみるというか攻めてみる。だが、内心こんな事言うだけなのに、ダメダメいかん、心臓がバックバクする。

 反応は……?

「…………はい」

 ちょっと驚いた顔をした遥さん。だが視線を右往左往させた後、ハッとしたように小さく頷く。

 勝ったああああ!!! 第一部完!!! 勝利を確信した俺だったが、後輩ちゃんが、話が一区切りついたと思ったのだろう。遥さんに尋ねる。

「先輩、今日この後自主練手伝ってくれるっすか?」

「え」

 その提案を聞いて、はるかさんの表情が一瞬固まり、俺の方を見る。

 ははーん、そうか、なるほど。生徒会の手前、テスト週間なのに勉強せずに部活の自主練手伝っちゃうなんて言えないもんな。

「行って大丈夫だぜ。陣内は別にそういうの許してくれると思うし」

「…………」

 あれ、気を遣って言ったつもりだったんだが、なんか不満そう?

「ごめん、後で行く」

「え、あぁ、分かった」

「せ、先輩? ちょっと痛いっす。痛いっすー!」

 遥さんが後輩ちゃんの手を握ってズンズン歩いて行ってしまった。

 あんなに急いで後輩想いだな……。流石、遥さんだぜ!!

 一人になり、生徒会室へと向かう。

 朝からそうだが、廊下を歩くと俺を見てヒソヒソとなんか噂してやがる。

 ま、人の噂も七十五日。いつのまにか忘れてくれるだろうよ……いや、新垣がずっとあんな感じだと無理だよなぁ。

 早く俺みたいに昔の幻影から解放されりゃいいのに。

 そんな事を思いながら生徒会室の扉を開けると、陣内がプリントと睨めっこしていた。

「うす」

「はいはい、妻夫木つまぶき、ん? 何? 悩み事?」

「あーうん、聞いてくれるか?」

「聞くだけになるかもしれないけど、別にいいよ?」

 と言いつつある程度アドバイスくれるんだよなこいつって奴は。

 俺は副会長席の方に座って肩肘付きながら話し始める。

「新垣の事なんだけどな?」

「うん」

「あいつ、どうやら俺に気があるらしい」

「……おめでとう?」

 困り顔でやる気のない拍手、違う違う。

「そうじゃなくてよ。俺は俺で別に好きな奴がいるわけ」

「え、そうなの? 何だ、私はてっきり両想いだから、一緒に生徒会やろうと入ってきたのかと」

「んなわけねーだろ」

「その割には昼の時、お互い好き合ってたとしてもみたいなこと言ってなかった?」

「はぁ? あくまで例に挙げただけだろ」

「いやー、思っても無い事は口にしない方がいいよ? 実際私は、へー、妻夫木も新垣さんの事好きなんだって思ったもん。付き合ってるって言われたことに対しての照れ隠しかなのかなーって、あれで」

「あれで!?」

「うん、あれで」

 ば、馬鹿な……ということは、あの場の人間に俺は新垣に気があるらしい思われても仕方ないって事かよ!?

「多分、新垣さんがそういった空気にしてるところあるよね。昔妻夫木言ってたけど、自分がどうしたら周りがどうなるのかっていうのを、彼女は知ってる感じ」

「あぁ……そうだよな」

 俺の新垣の苦手ポイントを挙げられると思わず頬が引きつる。

 つけた仮面を他人に見破らせない新垣ゆかな。だが、俺にはそれが酷く醜いものに見えちまうんだ。

 一人戦慄していると、陣内はプリントに色々と書き込みながら口を開く。

「新垣さんといえば、なんか朝から妙にピリピリしてるなーとは思ってたけどね。妻夫木が思い通りにならないから、イライラしてるのかね?」

「え、そうか? 別にそんなん感じなかったぞ」

「嘘ぉ。嫌われてるのかな私、朝も、コーサツ中に、負けませんからとか笑顔で言われたし」

「何に?」

「いやー分かんない」

 ……新垣って陣内になんか対抗意識とかあるのだろうか。確かに新垣を学校のアイドル的な立ち位置とすれば、あいつと双璧を成せるのは陣内くらいだろう。

 一年で生徒会会長になりながら、俺基準で美人だし、真面目だけど、ちゃんとノリもいいっていう人気者だし。何より陣内はこの学校に色々と普通じゃない伝説を残してるから……。

「あれじゃね? 陣内のコーサツがショボすぎて私がやったら負けません的な」

「あーなるほど! それはいかんね。だーっはっは!」

「笑って誤魔化すな」

 そうは言いつつ、他人とは違い、いつもと変わらない、陣内じんない恵美めぐみの裏表の無さにちょっと救われてしまったとかは、口に出さないでおこう。

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