67話 情報源は怪しい仮面
「ふうん、職人を探しているのかい」
儀式につかうような木の仮面を被る怪しすぎる男、イオニアスが馬車の座席に座りくつろいでいる。
この露骨に怪しい人物が、今回の依頼主であり、護衛対象だ。
「ええ。でも中々住んでいる所を離れて村に行こうなんて人はいないですね」
「そうだろうねえ、いたとしても腕の未熟な職人崩れあたり。そもそも、人は安定があればそこを離れないものさ。それは冒険者も吟遊詩人も同じで、大抵の人は居場所がないから、あるいは旅が居場所だからこそ旅を続けているんじゃないかな。もし居場所が出来たとしたら、そこに住み着く人が多いというのは冒険者が証明しているね」
「多くの冒険者は、地域密着で活動をしている……ですね」
冒険者の多くは固定された街を軸に活動している。
どこへでも自由に旅をする者は少数派なのだ。
他に稼ぐあてもないからリスクある冒険者を続けている、という者も少なくない。
少し前まで
もっともカデュウの場合は開拓者と呼ばれる、また別の種類の冒険者であって、開拓自体が大きな冒険なのだが。
「吟遊詩人が諸国漫遊の旅をするのだって、多くの人はそれが仕事だからやっているだけでね。安定してさえいれば人は挑戦したがらないのさ、それが低い安定でもね。そして老人になった後で、何故あの時チャレンジしなかったのかと嘆く、そういう生き物だ」
「そうかもしれません。だから、チャレンジする人自体が希少なんですね」
「人それぞれ人生があり生活がある、だから安定を否定する気はないけれどね。本当の意味での冒険者気質の人がもっと多いと、吟遊詩人としては嬉しいねえ。……おっと、話が逸れたね。要するに何らかの事情で居場所のない人物、あるいはチャレンジャーな人物、そういう人を求めているわけだ。いいとも、私の知る情報を提供しよう」
各地を旅して互いに情報のやり取りをする吟遊詩人達は、いわゆる情報屋としての側面も併せ持っている。
それらの情報が集まる吟遊詩人ギルドは大陸各国の情報源の一つにもなっているのだ。
傾向として扱うものは国際情勢や英雄譚が多いのだが、優れた吟遊詩人はあらゆる情報を蓄え話のタネにするという。
「ありがとうございます。その、情報料はどのぐらいなんでしょう?」
「盗賊ギルドではそれなりの料金がかかるし、吟遊詩人も金を貰う為に情報を集め物語を歌う。私も吟遊詩人だ、報酬を戴かなくては示しがつかない。だから、そうだね。……楽しませてくれ」
「……は?」
「素敵な物語、それを提供して貰おうかな? いいよね?」
なんとも抽象的でふわっとしていて、いかにも吟遊詩人らしい望みであった。
それが心からの言葉だと察したカデュウは、無言で頷き承諾の意を示した。
何も詳しい事は話していないのに、協力的な事には違和感を感じるが……。
何か強制されるわけでもなく、何かしなくてはならないわけでもない。
金も払わないのにえり好みできる立場ではないのだ。
単に親切な人だという可能性もありうる。物凄く怪しい仮面だけど。
「とりあえずは職人の居場所を教えよう、と言ってもこれから君達が向かう場所さ。カヴァッラ、エディルネ、そしてヴァルバリア」
「ゴール・ドーンという大国の街に居るのに、出て行きたがっている職人さんがいるんですか?」
カデュウの住んでいた南ミルディアス地方は商人の国であると同時に職人の国でもあるのだが、開拓地に行きたがる程の不満を抱えた職人は見つかっていない。
今の所、開拓地の中では経済活動が行われておらず賃金も出せないので、当然と言えば当然なのだけど。
「そうだねえ、色々いるよ。タンナーとも呼ばれる皮を革に加工する者、なめし革職人。鍛冶職人や家具職人、生地職人、仕立職人などなど、などなど」
「ええ、そんなに!?」
「そして、ゴール・ドーンは多くの部分でミルディアス帝国のものを継承している国家であり、その建築技術もまた継承されているのだけど。……その建築系の職人達も他所に行く可能性を秘めている」
「そんな、……何故ですか?」
「元々が魔術偏重の国で職人はさほど重視されていなかったのだけどね。近年になってよりその傾向が強まった。その原因は今の皇帝にある」
「昔は名君と呼ばれていたんだけど、近年ちょっと頭の方がおかしくなっちゃってね」
そういう意味なのだろう、イオリアスは自分の頭の辺りで手を開いた。
頭おかしそうな怪しい仮面を付けた人物に言われるとは相当である。
「そうだ、その辺りの話でも語ろうか。何護衛して馬車に乗せてくれているサービスだよ。面白い話題で楽しんでくれ」
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