58話 心配をかけてはいけません

「もう、ソト師匠ってば……」


 明かり、太陽の日差しがある。

 天井を遮るものはないようだが、完全な外とも言い切れない。

 何らかの建築物が周囲にあり、地面は古き石材で作られているようだ。

 かつて何かがあって、そこが崩れ去った後の建築物、なのかもしれない。

 ひとまず、危険はないようで一安心であった。


「みんな、大丈夫?」


 仲間達の姿をきょろきょろと探す。

 ……もぞもぞと起き上がる金髪ロリの人物以外には見当たらなかった。


「んー? おやおや? もしかして私達だけか?」

「そのようですね。他の子達は場所が範囲外だったのかもしれません」


「とりあえず安全確認も出来た事だし、戻りますか」


 だが、閃いた、という表情でソト師匠の動きが止まった。


「ちょっと、偵察していこう! さ、さ」


「ええ? すぐ戻らないとみんな心配しますよ?」


「えーと……、あ、そうだ。どんなところか調査しないと、商売としても差し支えるぞ?」


「ふむ……それは道理ですね。前半の『えーと、あ、そうだ』が気になりますけど」

「細かい事は気にするなって魔王のやつも言ってるだろー、さあ行こう!」

「まったくもー。少しだけですよ、心配かけちゃうから」


 悪戯っぽい顔をしたソト師匠がご機嫌なので、仕方なく付き合う事にした。


「ほほう、ここは高台のようだな。海が見えるぞ! 青々しててブルーだぞ!」

「コバルトブルーの海、ですね。ああ、そっか。ここは、イルミディム……でしたっけ」


 イルミディム地方。大陸南東にある個性的な場所。

 この地方が異彩を放っているのは、ミルディアス以前の古代王国の街並みや文化が残っているからだと言われている。


「良い景色だなー。……ほう、あれはガレー船か」

「あのタイプは商用のガレー船ですね。という事は、近くに街があるのかもしれません」


 高台に立ち、ソトとカデュウは景色を眺めつつ周囲の観察を続けていた。


「あそこら辺に街道がありますね。じっくり見た感じで、危険なものは無さそうです」

「……ちょっとしゃがめ、届かん」

「……?」


 ――頬に触れる優しい感触。

 ソトの唇が、カデュウの頬に柔らかな感覚と、僅かな熱を残していった。


「……え?」

「……え、えと。こ、これで永久契約だ。……他の奴になびくんじゃないぞ! お前は、私の弟子なんだからな!」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、ソトがカデュウの首に腕を回す。


「昔の指導者より私を大切にするんだぞ!」

「師匠、まだその事を気にして……」


 突然どうしたのかと思ったら、また不安になったのだろう。

 もうそれなりの期間を一緒に過ごしているはずなのだが……。

 ゆっくりと首から腕を外し、ソトの表情は虚空を見つめるようなものに変化する。


「仕方ないじゃないか……。自分でもわかってるんだけど、どうしても怖くてな……」

「ソト師匠……」



「お前らと出会う前に、私を受け入れてくれた奴らがいたんだ。……仲間だった奴らが」


 話が始まった。ソトの、過去。恐らくは、……痛みのある話。

 寂しそうな表情で海と空の境界線を見つめながら。


「私が魔霊石が無いと魔術が使えない事も、受け入れてくれていた……はずだった」


「だけど、ある日。朝起きたら、みんな、いなくなっていた……。私だけ残して……」


「いつもの事だ、と強がってはいたが。心を許した後だと、……ちょっときついな」


「何の書置きも無かった。あいつらの荷物も綺麗に消えて、今までの事が夢だったみたいにさ。……なんなら私の荷物も消えていた方がまだすっきりしたかもな」


「本当は、あの日、何かが起きたのかもしれない。でも。もう、失うのは嫌なんだよ……」


 ソトを置いて消えたのは、何かやむを得ない事情であった、という事をソト自身望んでいるのだろう。

 出来れば、そうであって欲しいとカデュウも思わざるを得なかった。



「僕は、一緒にいます。絶対に捨てたりしませんから」

「……ぐす。絶対だぞ、嘘ついたら泣くぞ?」


 ソトはやや涙声で、カデュウの服を掴んだ。


「でももし。うっかり死んじゃったら、ごめんなさい」

「ふん。その時はゴーレムにしてこき使ってやるさ、イスマもいるしな。死んだくらいで私を捨てるのは許さないぞ?」

「あはは。ソト師匠はその調子の方がらしいです」


 いつもの元気を取り戻したソトに、カデュウは微笑みかける。


「ああ、そういや残ってるものが1つだけあった。石くれとねだったら別の宝石を貰ってな」


「ほら、これだ。なんか濁ってて黒っぽい変な宝石だろ?」


 ソトが見せたものは、妙な存在感の宝石であった。

 清らかなような、禍々しいような、複雑な色があるような、やっぱり黒いような。

 なんとも奇妙で不思議な宝石だ。


「リスナの奴め。どうせならもっと綺麗な宝石にしろよなー。魔霊石とか」

「その宝石だとすぐ使っちゃうでしょ、ソト師匠は……」


 少し、長引いてしまったかもしれない。

 無事を知らせる為にも早めに戻ったほうがいいだろう。


「さ、そろそろ帰りましょう。みんなが心配してしまいます」

「そ、そうだな。うむ。……すっかり忘れてた」


 

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