49話 交易交渉とナニカの失敗

 ブリュアーノ財団。クレメンス連合最大の都市サン・マルツィアに本拠を置き、大陸各地に支部を持つ大商会だ。

 北方のナウガルト家と並び、大陸最大の財閥として知られている。


 ここ、トリーニャにあるのはその支部だが、それでもさすがの規模の建物だ。

 入口からして立派な門構えで、門前に2名の警備兵が立っている。


「そのまま馬車で右側にお入りください、直通の取引所が御座います」

「案内ありがとうございます」


 丁寧な門番の指示に従って、建物の右側の大きな入口に入ると、そこにはすでに複数の馬車が停められていた。


「お客さん一杯きてますねー」

「金細工のお高そうな馬車もいくつかあるね、盗賊に襲われたいのかな?」


 いつも素直に感心しているアイスに対し、血生臭い世界で生きてきたユディの視点はバイオレンスだが間違ってはいない。

 高級そうに見えるという事は、狙う側からすれば美味しい獲物だろう。


「お高そうな馬車は貴族のものだと思う。買い付けに来てるんじゃないかな」


 馬車を見ていたカデュウ達に、従業員らしき制服を来た男性が近づいてくる。


「紹介状はお持ちでいらっしゃいますか」

「え、特にないのですが……」

「申し訳ございません、当財団支部は紹介状をお持ちの方のみ、取引をさせて頂いております。心苦しいのですがどうかお引き取りを……」


 やはり高級志向の商会だけあって、庶民は門前払いのようだ。

 いや門の中には入っているのだが。

 コネ目当てに寄ってくる木っ端商人の相手を、一々していられないのはわかる。


「それでは、私が紹介人になりましょう」

「は?」


 突然クロスが、良くわからない事を言い出した。


「ルクセンシュタッツ国王ルメーゲが娘、クロセクリス・フォン・ルクセンシュタッツです」


 つまり王女の看板を持ち出す事で、身分の証明としようという事だ。

 王侯貴族相手の商売で、真贋がわからない者が判断を下すわけにはいかない。

 露骨に怪しい者ならばともかく、高品質な馬車に乗っている美少女だ、真実味は決して低くない。


「は、はは。少々お待ちくださいませ、主に相談してまいります」

「凄いねクロス」

「滅亡したとはいえ、一応お姫様、つまりブランド物でしょう。そこそこの看板ぐらいの役には立ちそうかなって」


 少しその場で待機し、先程の従業員が戻ってくるのを待つ。


「お待たせ致しました。失礼しました、クロセクリス王女殿下。主の下へご案内致します。こちらへお越しください」

「いきなり偉い人とご対面になっちゃったよ? そこまでは別に求めてなかったというか、むしろ気が重くなるんですけど」


「小国とはいえ、王家相手なら、その場の最上位の者が会うのは普通の事ね。本物なのかどうかっていう確認の意味もあるんじゃない? その情報が何の役に立つかはさておいて、後々の為に色々な角度の情報を集めているのでしょうね」

「僕、一般庶民なんですけど……」

「私の家族なのだから、王家の一員といっても過言ではないでしょう」

「過言です! 血繋がってないです! 滅亡したんだからクロスも庶民でしょ!」


「魔村長様がご謙遜を……、魔王陛下の一番のしもべじゃない?」

「魔王さんは庶民みたいなものですー、ただの村人ですー」

「魔王を庶民扱いとかすげえ暴論だな」


 おいおい、という表情でシュバイニーがツッコミを入れる。

 カデュウがとなえた魔王庶民説は共感を得られなかった。


「いつも通りアサシン扱いの方が良いのでは?」

「アサシンじゃないし! ごくノーマルな冒険者だよ、アイス!」

「……カデュウはわがままばかり、もっとお菓子を買うべき」

「前後繋がってないんですけど!? イスマが食べたいだけだよね!」


 ゆっくり動く賑やかな馬車はいつの間にか止まっていた。


「あの、大変申し訳ございません。到着致しましたが……」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 困った声で外から知らせてくれた従業員に、カデュウは平謝りするしかなかった。





「それじゃシュバイニーさん、酒樽お願いします」

「あいよ」

「じゃ、行ってくるね。みんな良い子で大人しく待っててね」

「大人しい良い子ですとも」

「……いいこだぞー」


 不安になる子達だが、信じるほかはない。

 カデュウ、クロス、そして荷物持ちのシュバイニーのみで交渉の場へと向かった。


「クロセクリス王女殿下、並びにお供の方々、ようこそいらっしゃいました。私、ブリュアーノ財団トリーニャ支部を預かります、アントニオ・ブリュアーノと申します」


 壮年の男性がカデュウ達を迎える。

 アントニオと名乗った男は、立ち上がったまま適度な距離まで歩み寄った。


「クロセクリス・フォン・ルクセンシュタッツです。お目通り頂けたことを感謝致します」

「……早速ですが、ぶしつけな事をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いません。王女の名を騙る偽物かもしれませんしね」


 クロスの率直な物言いに、アントニオは薄い笑みを返す。


「私とて、お美しいあなたが王女殿下ではない、などと疑いはしませんが、財団としての役目でして、形式上の質疑をお答えいただければと思います」

「どうぞ」

「何か、ルクセンシュタッツの王家の証明のようなものをお持ちでしょうか?」

「王家の剣ならば持ってきておりますが、武器を持ち込むわけにも行きません。生憎、馬車に置いてきました」


「ははは、なるほど。……ルクセンシュタッツ王国は滅びた、と確認しておりますが、その際に王家の生き残りが居た、というのは初耳です。どのように脱出されたのですか?」

「王家の隠し通路より敵が侵入して参りましたので、窓から壁を伝って外へ。そのまま野山を駆け巡り、かろうじて逃げ切る事が出来ました」

「窓から壁……、野山……。納得が行きました。ルクセンシュタッツ王家は武を嗜むと聞きます、帝国の侵入ルートも私どもの情報と一致します」


 この侵入ルートを明確に答えられた事が決め手になったのだろう。

 王家の隠し通路から逃げたなどと答えたら、嘘だと判明する。

 また、滅びた小さな王家の生き残りを騙っても、あまり意味もない。

 商売をする上での、紹介状代わりになるかどうかという程度の話だ。


「疑った事をお詫びいたします、王女殿下。こちらにはどのような御用でしょうか? 王家秘蔵の品の売却ですか? それとも王国再興のお話でしょうか」


 金銭が必要となって王家の品を手放すなら立派な取引相手だ。

 王国の再興などと寝言を答えたら体よく利用されるのかもしれない。

 どちらでも、財団としての商売には繋がるのだろう。


「いいえ。……王家が滅びる前に作られた、最後のルクセンシュタッツワインを取引して頂きたく思います。……あちらにお運びして」


「ほう、これは宮廷醸造所で作られた証の紋章。しかも上物の品ですな」

「続きはこちらの者、カデュウ・ヴァレディよりお聞きください」

「紹介に預かりました、カデュウ・ヴァレディと申します」

「これはお若い方ですね。商人でしょうか?」

「はい! アントニオ氏にお会いできて光栄です」


 普段商人扱いされないカデュウは、つい勢いよく挨拶してしまった。

 だが、この程度は発声量を間違えたというだけなので問題にはならない。

 そう、心の中で言い訳しつつ、交渉を続ける。


「利き酒をしてもよろしいですかな?」

「もちろんです、ご確認下さい」


 アントニオは使用人から受け取った小さな器に、少しだけ酒樽から汲み出し、口に含んだ。


「ふむ、間違いなくルクセンシュタッツワイン。結構な味わいです。いかほどでお譲りいただけますか?」

「質は御賞味頂けた通り、量もありますので、金貨200枚程でいかがでしょう?」

「この量ですと……。金貨130枚程で買い上げたいと思いますが?」


 少しだけふっかけたカデュウの値段に、即座に切り返すアントニオ。

 この最初に提示する値付けも商人同士の交渉の妙で、相場観が無い物と見なされれば、それ相応の扱いをされてしまう。

 最初の値付けが安すぎれば買い叩かれ、高すぎても悪ければ交渉打ち切り、良くても大幅な値下げを要求される。


 また、最初から適切な価格でも、やはり値引き交渉は行われ、大抵の場合は損をする事になる。

 交渉では、簡単に得られた結果では満足しない人が多い為だ。

 もっと交渉を繰り返せばより良い結果になるかもしれないという思い込み。

 昔の賢者が唱えた、勝者の呪縛という心理らしい。


「ルクセンシュタッツ宮廷醸造所の滅亡前最後の品です、姫君のサインをお付けすればその価値は高まるかと思いますよ?」

「はは。お上手ですな、売り文句も頂けるとは。しかし、私共の取り分もございます。金貨170枚お出ししましょう、こちらでいかがです?」


 やや低めだが妥当な金額だ。

 元々の商品の価値からすれば十分高値なのだが、言ったように希少価値という特質が付いているものなので、その価値は大幅に高まっている。


「ふむ……それでは……。金貨170枚に加えて、服をお譲りいただけませんか?」

「……服、ですか?」

「ブリュアーノ財団といえば、連合評議会議員や王侯貴族御用達の服飾分野が有名です。普段ならば手が届くものではありませんが……、姫君達にプレゼントして差し上げたいのです」


 交渉の方向性を変えて、料金の代わりに物で穴埋めする事を提案した。

 お抱えの仕立職人が作るオーダーメイドの高級服は、わがままな王侯貴族の相手をする中で、作ってしまったが買い上げられなかった服という物も発生する。

 服を仕立てる他商会との競争で採用されないケースもある。

 そういった余剰の服を戴こうというわけだ。


「なるほど……。いいでしょう。売れない在庫は金になりませんからな、投資に回し将来有望な王女殿下御一行へのコネ作りに回すと致しましょう」

「ご承諾頂きありがとうございます」

「有名と言えば聞こえが良いですが、仕立て仕事であっても、お気に召さないものを卸すわけには参りません。その過程で生まれてしまった在庫で良ければ、お好きな物をプレゼント致しましょう。もちろん仕立て直しもね」

「感謝致します」


 よし、服代が浮いた。余計なコストの浪費を防ぐ事が出来たのだ。

 カデュウ個人としては大勝利である。

 仕立て直しもしてくれるとは有り難い。

 南ミルディアス最高の服飾ブランドという看板が、半端な品物を卸す事を許さないのであろう。

 きっちり身体に合わせた服とそうでない服は格段に着心地が違う。


「良かったわね、カデュウ」

「うん、クロスのおかげだよ」

「あなたの服も貰えるじゃない? 女の子のカデュウちゃん?」

「……え」


 何を言われているのか、頭が追い付かなかった。

 え? 女の子?


「チェックメイト、ね」

「……しまった!?」


 良かれと思って安く上げようとした姑息な節約が、自分の首を絞めようとは。

 思いもよらない事態へと発展してしまった。

 要するに、詰んでしまったのだ。

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