45話 血白者

 作戦が上手くいってイスマ達を救出し弛緩していた空気は、いかつい髭男の登場によって、一気に吹き飛ばされた。


「“血白者”……。大陸最大の組織“血の盟約会”の最高暴力機関……!」

「詳しいのう、小さいの」


 ビクトルと名乗るいかつい髭面の男は、タックに向かってニッコリと笑みを見せた。


「そんな御大層なもんじゃねえ。ただの番人で、番犬よ。ワンワンってなぁ。頭ぁイカれたキチガイもいるがぁよ、ワシぁ話の通じる優しいぃおじさんだぞぉ?」

「ならば、通してくれると?」


 鋭い目付きで、エルバスがその前に立ち塞がる。


「ワシもこんな商売好きじゃあねえがよ。契約じゃけぇ、守らにゃならんのよ」


 仕方ない、という表情を見せ、ビクトルが肩をすくめた。


「お前らが帰る分には好きにせえ。だが、商品は置いてけぇ。のう?」

「……怖いですけど、それは出来ません」


 カデュウは強い意志を持って相手を見据え、ビクトルの提案を拒絶した。

 提案を飲んだ方が賢いのかもしれない。

 しかし、それは選べなかった。

 カデュウの持つ、人としての矜持。


「カァー! 辛いのぉー。仲間ぁ助けに来た、仁義溢れるかっこええ奴らを、ワシが……ぶち殺さにゃあならんとは、の」


 大げさにおどけたビクトルが、ピタリと動きを止めて口元に笑みを浮かべた。


「ま、ちぃっとばかり遊んでけぇ」


 手を握り、そして開き、そうした動作を繰り返す。

 その両手には、軽量の籠手が嵌められている。


「遠慮することぁねぇぞぉ」


 その呼びかけに呼応するように、エルバスが斧を構えた。

 バトルアックス、ドワーフの戦士が愛用する戦いの為の斧だ。


「ソト、支援をお願いします」

「……っん、ああ、ご退場願おう」


 エルバスの意図を察し、ソト師匠はカデュウの後ろに下がった。


「手伝うよ、エルバス」

「潰しますよ、ユディ」


 地下の鉄格子が並ぶ通路は狭い、2人が適度の数である。

 一斉にかかれないので数の優位も連携も取りにくい戦場だ。

 エルバスとユディの邪魔にならないように、他の者は下がる。




 唸りを上げて、エルバスのバトルアックスが振り下ろされた。

 力強く、力強く。一直線に。

 その軌道が、ビクトルに触れる直前、――曲がった。


 逸らされた。

 ビクトルの、その腕に装備する籠手。

 それを横からぶつける事で、力の方向を逸らしたのだ。


「どうしたぁ。遠慮することぁ、ねぇぞ」


 いつの間にか、ユディが投げていたナイフも、弾き落とされる。


「構わず、全員でこいや。……ま、狭くてこれねえか」


 再び、同じように振り下ろすエルバスの一撃。

 しかし、軌道が僅かに異なる。

 やや半月に弧を描く軌道。

 力を逸らしにくい角度で斬り込む。


 そして、そこに投げ込まれる8方向からのナイフ。

 それらが全て同時に、ビクトルに向かって着弾した。


 時間差をつけて、天井を、壁を、走り飛び、宙からもナイフを降らす。

 そのまま、斬りつける。

 そのはずの軌道は、ユディ自身によって止められた。

 ビクトルが、そこまでの全ての攻撃を、受け流していたからだ。


 身体を浮かし、斧の一撃を柔らかく受け流し、飛び来る8方向の回転ナイフは、円を描いた両手の動きによって、全て軌道が狂い、目標を逸れていった。


 その足によってエルバスの斧は踏まれ、動かなくなる。


「そんな力むと当たらんぞぉ、お嬢ちゃん達」


 エルバスが持つ斧を踏みつけていたビクトルの脚が、ぶれた。


 振動。


 予期せぬ振動波に、エルバスの身体が斧ごと吹き飛ばされる。


「ぐぁ……!」

「ワシぁ優しいおじさんで通ってるんじゃぁ。評判が悪くなっちまうのう」


 困った表情で、首を振るビクトル。


「かわいいお嬢ちゃん達をいじめる悪いおじさん、なんて評判になっちまったらよぉ。どーおしてくれるんじゃあ? ああ?」


 理不尽な事を言いながら、ビクトルが構えた。

 先程までの脱力した態勢とは異なり、力強い足踏み。

 

「……まずいね、このおじさん強い」


 壁から降りたユディの額から汗が流れた。


「……っく。……ええ、まったく本気も出していない」


「アイス、行きましょう」

「ええ、防がないとです」


 見かねたクロスが、アイスと共に前線に上がろうとする。


「面倒臭いのぉ……、まとめて、おねんねしてくれやぁ」

「……っ! 相殺をっ!」


 エルバスの叫びがカデュウ達に響いた。


「――凡技中庸、ベーチェルブーリァ」


 その言葉と共に、ビクトルの身体が、一瞬消えて。

 同じ位置に、再び現れた時には、すでにその構えから放たれていた。


 拳による振動波。

 空気に振動を伝え打ち出す、その衝撃と振動による広範囲攻撃。


 威力が強すぎたのか、地下施設自体も破壊しながら直線の通路に圧縮された空気が吹き荒れる。

 魔術とも似た現象を、ビクトルは武術にて生み出したのだ。


精霊よサモン精霊よサモン精霊よサモン! 喚起に来たれ、風の精霊アリエル・シルヴェストル!」


 精霊術アグリ・ケルズによる精霊召喚。

 力を宿したバトルアックスが、十字に、斜め十字に、と4度振るわれる。

 精霊の力も借り、後方を守る為の物魔両立の瞬間防壁を創り出した。


 そこに振動波がぶつかる。


 斧によって分断された振動波が、威力を落としながらも後方に飛ぶが、それらはクロスとアイスの剣によってさらに分散し、そよ風へと変わった。


「おーおー、大したもんじゃぁ。さっきの雑な一撃よりよっぽど強えじゃねえの。ええ、エルフのお嬢ちゃんよぉ」

「あなたの言う商品を台無しにするつもりですか」

「いや、すまんのお。すっかり忘れとった。防いでくれて助かったわぁ」


 やらかしてしまった反省か、ビクトルは申し訳なさそうな表情で謝罪をし、そして次の攻撃の為に構えをとる。


「仕方ねえ、1人づつ丁寧に……」




 突如、ビクトルの言葉を遮って、カデュウ達の後ろの横壁が爆発したように吹き飛ばされた。

 壁が吹き飛び崩れ落ちる音が響く中、姿を現した眼鏡をかけた男が。


「おい。そこら辺にしときな、おっさん」


 シュバイニーが、エルフの中年を引きずりながら戻ってきた。

 あれは、キルシュアートの長老ターンドだ。


「長老とかいう中年はこの通り、捕まえたぞ」

「あーらら。契約者様じゃねえか。そいつは困ったねぇ。……で、それだけか?」


 それだけでは足りない、と言いたげなビクトルに、別の者から声がかけられた。


「ご不満だってんなら俺が相手してやるがね、随分はしゃいでくれたじゃねえか」

「まだお遊びしかしとらんよぉ。話が終わりなら、兄ちゃん遊んでくれやぁ?」


 空間が捻れるような強烈な闘気が、ビクトルから放たれる。

 先程までの攻防は本当にただの遊びだったらしい。




「いいや、交渉はここからだ」


 カデュウの後ろに隠れながら詠唱をしていたソトが、碧い眼を輝かせ、壁に触れた。

「――巨いなる地の人形ゴーレム・エレツマルクト


 震動、大きなものが動き出す必然の音。

 ソトの魔術によって生み出されたもの。

 地下施設を元に、地に属するもので構成された、巨大なアースゴーレム。



「私に時間を与えてくれたからな。遠慮なく詠唱出来たぞ、優しいおじさん」


 その生成にあたり、中に取り込まれた者達がいた。

 奴隷とされていた者たちと、シュバイニーから投げられた長老ターンドだ。


「いくらお強くても、こいつを倒す前に中の奴隷は死んじまうぞ。ついでに長老のおっさんもな。ダメージを与えると、そいつらの生命をエネルギーにして回復するからな」


 通常、術への抵抗力の高い者は、生贄の対象とする事は出来ない。

 しかし、ゴーレムの体内に取り込んだ者はその例外となる。

 中で物理的に、生贄としやすいよう加工を行えるからだ。


「そこで、交渉だ。やむを得ぬ事情という事で私達を見逃してはくれまいか? こんなところなら上にも理解されて、優しいおじさんでいられると思うのだが……」


 不敵に笑うソトに、愉快で仕方がないという表情でビクトルが構えを解く。


「……かっかっかっ! 弁の立つおチビちゃんじゃのう。そこまで落としどころを用意されたら仕方ないわ。ワシが約束を破って中のおっさんや商品を、ぶっ壊すわけにゃあいかんし、のう?」

「ご理解が早くて助かるよ」

「ワシぁは帰るがよぉ。後々、盟約会の者が条件用意して出向くからよ。ま、それで手打ちとしようかい」

「中のおっさんは生かしといた方がいいのか?」

「ワシが殺すわけにゃあいかんが、不慮の事故でどうなろうと、ウチの知った事じゃあねえわぁ。……なあ?」

「事故じゃしょうがないなあ。……怖いねぇ」

「いやいや、見事にご退場願われるたぁな。かっかっ!」


 無防備に背中を見せて、ビクトルが悠々と出口に向かった。

 戦いが、終わったのだ。


「さすがぁ、人形名匠ゴーレム・マイスターよ。ウチでも噂ぁ聞いてんぞぉ? ……んじゃ、兄ちゃん、機会があったら遊んでくれや。ほいじゃな」






「ソト師匠!」

「ふははは。私の機転と巧みな弁舌を褒めるが良い」


 物凄いドヤ顔で腰に手を当て、皆の賞賛を待ち構えているソト師匠。

 カデュウは思いっきり褒めた、つもりだった。


「さすがです、超悪党でした! 助けるはずの奴隷達の命まで脅迫の道具にするなんて!」

「そうだろうそう……んん? え?」

「まさに腐れ外道ですね、ソト。ノヴァド老と良い勝負が出来ます」

「酷くない!? あんな爺と一緒にしないで!」

「……かわいそうなエルフさん達を生贄扱い、さすがししょー」


 まさかの非難続出に、ソト師匠はうろたえ涙目になっていた。

 これはいけない。フォローしなくては。


「ソト師匠は凄く頑張りましたよ、あの機転のおかげで助かりました!」

「えへへ。そうだろー。私は褒めて育てるんだぞ、厳しくすると泣くぞー」


 師匠を育てるとは一体……。


「長老とやらは捕まえて、邪魔する奴らはぶちのめしてきたが、後はどうするんだ?」

「体制側が崩壊したと宣言して、後始末をまともそうな人に任せたいですね」

「ゴーレムの中にいる、奴隷にされかかった者達の中から選出すると良いでしょう」


 エルバスの案が改善に効果的に思える、その辺りの層と共闘していくのだ。

 権力闘争にはせず、理想論で一般のエルフ達に訴えていく方向性となる。

 少し考えてからカデュウはその案に賛同した。


「彼らやその家族達こそが今の体制に最も不満があるでしょうしね、奴隷にされていたエルフの親や家族いればその人が長老として適任かな」

「じゃ、あの長老のデブおっさんを脅して穏便に交代と行くか」


 悪い顔をしたシュバイニーの指が鳴らされた。




 計画は順調に進んだ。

 元々、キルシュアートの長老ターンドの方針には不満が続出しており、他のエルフとも共存していくという、新たな指導者の方向性は、傷ついたキルシュアート族の穴を埋めるものでもあった。

 キルシュアート族もどうしていいのか困っていたようで、権力争いもなく受け入れられた為にスムーズに事は運んだ。


 元々の部族の方針自体にも変化はない。

 同じ『人間』として共存するという点は変わらず、しかも奴隷にされていたエルフ達を救った同じ森の同胞と協力していくのだ。

 甘い汁を吸っていたターンド派以外には、満場一致で受け入れられた。


 キルシュアート族の未来の長老に選ばれた元奴隷レティシノと、その他元奴隷達は開拓村で訓練を積むと共に開拓の手伝いを志願してきた。

 二度と悲劇を繰り返さない為に鍛え、恩義を返す為に働くのだそうだ。

 また、キルシュアート族の一部からも、村で開拓を手伝ってもらう事となった。


 エルブンシュタットの運営は良識派に任せ、各所で人間側としての共存のアドバイスを開拓村から行う形だ。

 レティシノの父カストラが当面は長老代行として役目を果たしていく。

 経験豊富なメルガルト達が国家や組織への対策に知恵を貸してくれている。

 賭博組織はそのまま残り、奴隷売買は根絶された。


 とても苦労したが、これでキルシュアート族とは協力関係が締結されたのだ。

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