29話 これは、少女を救うための物語 後編 (1章完)

 じわりじわりと、嫌らしい笑みを浮かべ距離を詰める野盗のような男達。

 隠れ潜んでいたのだから、無傷で体力もあり余っているだろう。

 今までと違い、理性のある生きた人間らしい。

 対して、カデュウもクロスもここまでの連戦と走り続けた強行軍で、軽傷とはいえ手傷もあるし疲労困憊だ。


「数が、多すぎる……!」


 アイスやユディもいるが、数百は数えられる敵に対処しきれるかどうか。

 不安がカデュウの口から洩れる。


「私達だけでは、ちょっとまずいです……」

「後退しながら、耐えて援軍待ち、かな」


 厳しい表情で見つめるアイスやユディの言う通り、後退すべきだろう。

 その場合でも疲労の極致にあるカデュウらが足手まといとなる。

 それでもこの場で戦い続け、敵に分断され各個撃破されるよりはマシだ。


「ほらほら、どうしちゃったのかな~。びびっちゃいましちたか~、怖いでちゅか~?」


 高台の男、クースピークスの団長を名乗る男から、煽りが飛んでくる。

 絶対有利にあると確信している舐め切った表情。


「安心しなよ、みんな殺しはしないからさ。俺達は優しいんだぜ? ちゃーんと楽しく遊んだら、奴隷商人のおじさん達に売ってあげるからさ。高く売れるぜ?」


 クズを名乗る男の、クズらしい宣告が響く。




 ――その時。


「そうか。ならば、遊んでやろう」


 ――光が。その瞳から、光が漏れ出ていた。

 ――碧眼の輝き。


 小さき人。プラチナブロンドのホビック。

 ソトが、カデュウ達の前に出た。


「ソト師匠!」

「私に任せろ。合図をしたら、アイスとユディは斬り込め」

「わかった」

「ふむむ? 了解ですー」

「それまで、動くなよ。――決して」


 いつものように喋っているが、少し、いつもと違う。


「クズ野郎共、私のモノに手を出したな」


 怒り。ソトの言葉の端から伝わる怒り。

 歩き出す、敵に向かって。

 ――そして、魔力の波動。

 ソトのその手に握る魔霊石が、輝きを、放つ。


「与えよ、さらば求められん」

「いいぜぇ……与えてやるぜ」


 ニヤニヤと近づくクースピークスの集団。

 そのうちの1人がソトを掴もうとしたのか腕を振るう。

 だが、逆にその腕が掴まれる。

 そして、男を掴んだガントレット、そこからも光が漏れ出す。


「そは真理。そは胎児。ならば人か? いいや物だ」

「お……うごぉ、げぶぁ……」


 掴まれた男が、見る見るうちに変形していく。


「ならば形は? いいや問わぬ」


 すでにして、人の形を留めていない。

 男は、男ではなくなった。


「人の生み出した人よ、汝は人にあらず」


 膨らむ。膨らむ。

 その光景を目の当たりにして、同じく近づいていた者たちが、怯む。


「――供物の人形現象ゴーレム・ハラミーム


 男だったはずの者は、変形し、膨らむ。形作られる。人から、人形へと。

 その名はゴーレム。魔術にて命を与えられた自動人形。


 ただ、そのゴーレムの材料は、人間だった。

 フレッシュゴーレムという、肉で作られる種類のゴーレムだ。

 しかし、本来は死肉を用いて作り上げるものであり、生きた人間をそのまま材料とする魔術などではない。

 

 仲間の変質したその姿を見た敵達は、怯え混乱した。

 未知なるものを恐れるのは人の性だ。


「貴様も、ゴーレムになりたいか」

「ひっ……た、たすけ……いやだ、いやだっ」


 碧く輝くソトの瞳に気圧され、狼狽し逃げだした。

 その男が逃げる姿を見て、他の者も慌てて逃げる。

 しかし、ソトの振るう手には魔霊石が。魔力の源が握られていた。


「もう手遅れだよ、クズ共」


 逃げた先の土が、木々が、次々とゴーレムと化していく。

 悲鳴を上げ、我先にと逃げ出すクースピークスの暴徒達。

 だがすでに、生まれ出でた多種多様なゴーレムがその周りを囲んでいた。


 人型や様々な動物、鳥のような飛行物、そして怪物のような不定形の肉塊。

 それらが一斉に襲い掛かり。

 そして、一方的に蹂躙した。

 数百を数えた暴徒達は、次々とゴーレム達に潰され殴り飛ばされ飲みこまれた。


「ほら、遊んでやるよ。楽しくな」


 抵抗しても痛覚のないゴーレムには効かず、どこを攻撃すれば倒せるのかすらも彼らにはわからない。

 左右前後、果ては空まで、安全な位置などなく。

 とても、正常な判断など下せる状況ではなかった。


 隣で奮戦していた仲間が突然暴れ出し、肉塊のゴーレムと化していく。

 もはや、誰も、何も、信じる事が出来ない。

 近づくものは全て敵として狂気に飲まれた者もいた。


 人を生贄として魔力に変え、その魔力をリソースに、広範囲に渡ってゴーレム化現象を起こすという、脅威の大魔術。


 最後には、巨大な肉塊の怪物が全てを飲み込み、そして大地へと消えていった。


「ああ、斬り込みの合図するまでもなかったな」




「ふん、天才魔術師の最高に効率の良い魔術に驚いたか、クズ共め。おかげで魔霊石が減っちまったじゃないか、クズ共が」


 輝いていた瞳が静まり、いつもの調子でカデュウ達に振り替える。


「ソト師匠! 凄い、凄いです! 本当に魔術が使えたんですね!」

「そうだろうそうだろう。んむんむ。もっと褒め称え……ん? 本当に使えたとは、どういう意味かな、カデュウくん?」

「いや、だって。一度も魔術を使ってる所、見たことなかったですし」


 ご機嫌な表情から、一転して不機嫌なものへと変化するソトに、カデュウは真顔で答えた。


「ぐぬぬ……。魔霊石が勿体ないんだよ。天才なんだぞー、もっと崇めろー」

「ソトは凄いよ。こんなちびっ子なのに、うちの団の部隊長の1人だから」

「ちびっ子は余計だ、ユディ」

「本当。凄い魔術でした、レディ・ソト」


 丁寧な口調でクロスがソトを賞賛する。


「ありがとう。レディなんて照れるなぁ~。まあカデュウに買って貰ったこの服のおかげで、大分効率が良くなったよ」

「服……?」


 ぴくり、とクロスが反応した。

 悪の魔術師の如きその服が役に立ったのなら、買った甲斐があるというものだ。

 高い金額だけれど。


「びっくりしましたよー。もー、僕達の活躍の場がなかったじゃないですか」

「そうだね。運動不足。合図なんてする気なかったでしょ」


 冗談めかした口調で、アイスとユディが理不尽な文句をつけていた。

 落ち着いた口調とは裏腹に、好戦的な子達である。


「しかし。……あの調子こいてた軽薄野郎は逃げやがったか」

「クース・ヌトレ、って名乗ってましたっけ。言うだけ言って居なくなってますね」




「やべーやべー。さすが最強傭兵団は格が違うわ。最弱の俺らでも薬漬けにしたり、アンデッドで再チャレン~ジなんてやりゃ、少しは戦いになると思ったら。とんでもねえ」


 最初のゴーレム化を見た瞬間に、即座に逃亡を選んだクースは、幾度もこうして鋭い嗅覚で仲間を犠牲にする事で生き延びてきた。

 クズを煽り戦わせ、クズを盾に生き延び続ける、クズの中のクズ。

 それがクース・ヌトレという男である。


「いやいや、クズ共1000匹ぐらいじゃ足りなかった。特にあのチビはやべー。うちのクズ共じゃ、相性最悪だぜ」


 軽薄な薄ら笑いを顔に張り付けたまま、クースは話し続ける。

 まるで、誰かに聞かせるように。


「ま、報酬分の仕事はした。少しは楽しめたかい、依頼人さんよ」


 返事はない。

 誰もいないのだから当然だ。


「クズ共が何匹死のうが知ったこっちゃねえ、それがクズの生き様ってもんよ」


 どこかに向かって1人走る。

 軽やかに段差や障害物を飛び越えていく。


「くく……、世の中を引っ掻き回して、斜めに見るのは楽しいねぇ」




 カデュウ達が馬車へと戻ってすぐに、誰一人欠けることなくクリーチャー傭兵団も帰ってきた。

 それどころかメルガルト副団長が、フェイタル帝国軍の兵糧の一部を貰ってきていた。

 本来は情報を集めようとしたのだが、敵が発狂していたりゾンビになっていたりで話を聞ける状態ではなくなっていたらしい。

 

「あの感じじゃ、帝国軍から手配はされてなさそうだな。敵の指揮官は別に興味ねーって顔してたぜ。つーわけで、用事があるなら街に入っちゃえよ」


雑な見立てをするゾンダ団長だが、多少リスクはあるとは言え、カデュウらにも用事があるので街に入る必要があった。


「それはよかった。村の開拓に参加してくれる人が待ってるんですよね、あとお金を引き出してこないと」

「ああ、報酬の金はいらねえ。代わりに、そのうち傭兵団の拠点でも建ててくれや。稼ぐ為の資金が無くなっちまったら開拓も出来ねえだろが」


 思わぬ侠気にカデュウの頭が下がる。


「は……はい! ありがとうございます、ゾンダ団長!」

「それに、あの金食い虫の代金払ってくれてるだけで、十分助かる」

「ん?」


 くるりと振り向いたのはソト師匠。

 うん、立派な金食い虫だ。


「ささ、ゼップガルドの街に行って、用事を済ませましょうか」

「え? ああ、そうだな」


 ソト師匠を馬車に押し込んで、カデュウはクロスに手を伸ばす。


「クロスも一緒に行くよね?」

「もちろん。私に残された家族はもう、カデュウだけ。ふふ、私も冒険者登録、しなくっちゃね」

「うん。やっと、約束が果たせる」


 伸ばされた手を握りしめ、クロスは馬車へと乗り込んだ。

 まぶしいぐらいの微笑みと共に。


「中々、楽しそうなお相手になりそうです」

「そだね。クロスって言ったっけ。暇になったらアイスも含めて、遊ぼっか」


 好戦的に目を輝かせる前衛組は、クロスに狙いをつけたらしい。

 ……見事に前衛ばかりだ。偏りすぎている。

 金食い虫さんは金がかかるし……。


「しばらくはゆっくりのんびり、街作りかな」

「……おー、がんばろー」

「やる気があるんだかないんだかわからんね、イスマは」


 さっきまで寝てたイスマが、寝ぼけた顔で腕を突き上げた。

 馬車を走らせながらシュバイニーは苦笑している。


「ふうん、街を作ってるの? 面白そうな事してるじゃない」

「ああ、そうだね。クロスにも伝えなきゃね、――ここまでの物語を」






 それは、世界の観察者、物語の鑑賞者にして編纂者。

 それは、世界に潜む闇、影より干渉するストーリーテラー。


 店主。全ての物語を愛する者。

 それが悲劇であろうが、喜劇であろうが。

 そう、全て。


「物語は、生まれる。偶然、必然、そしてちょっとした悪意によって」


「例えば、そう。如何にして難攻不落の城を1日で陥落せしめたのか、とか」

「例えば、そう。傀儡の王の小国が宰相の手腕によって地方の覇者に、とか」

「例えば、そう。家族を殺された者が、隣国を繁栄させ、母国に復讐を、とか」

「例えば、そう。盟約を守る者と、全てを許されし者が起こした喜劇は、とか」

「例えば、そう。白い髪の少女が向かった地で起きた悲劇は、とか」


「例えば、いつの日か。とある狂乱の王が、とある古の都を見つけたならば、とか」


「物語は、生まれる。まったくの偶発によって。糸が絡み合って」

「あるいは、そう。――我らによって」


 店主は敬虔な信徒のように手慣れた動きで祈る。

 そして、薄っすらとした笑みを浮かべた。


「さてさてさて。物語の神ジオールは、どれがお気に召したかな?」

「あるいは、どれもお気に召さなかったかな?」


「――これは、物語るための物語。ジオールに捧げる物語……あるいは」



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