27話 これは、少女を救うための物語 前編

 街道を直線的に移動し、ルクセンシュタッツ方面への道を馬車で飛ばして走っている。

 ゼップガルドの街からならば徒歩で4~5日かかる距離だが、カデュウ達が居た位置から馬車を急がせれば2~3日ぐらいに短縮できる。

 


「軍が見えたら馬車は戻れ。この街道の東にある森の入り口に遺跡がある。そこで待ち合わせだ」


 隣を並走する馬車に立つゾンダから指示が飛ぶ。


「ただ、先に街で物資を買わせとけ。手配されるかどうかはわからんが、しばらくは街に戻れないと想定して動け」

「はい! 了解です、ゾンダ団長!」


 カデュウ達の中で馬車で待機するのはイスマとシュバイニーだ。


「こっちは任せとけ。イスマの奴は頼りにならんだろうが、俺がきっちり準備してやる」

「……まかせとけ。えへん」


 確かに若干不安だが、そこは仲間を信じるしかない。


「クロスなら……、多分逃げ出しているはず……。こっち側に来ていればいいけど」


 他の方向に動かれては、人手が少ないのに捜索は難しい。

 しかし、もしフェイタル帝国軍の準備が万全なら、国軍の拠点がある南側は遮断するはずだと考えていた。

 西側も南部同盟を同時陥落させたなら、距離が近いそちらの方面も埋めているだろう。

 東は山が険しく、通行が難しい。

 北か南側に出る事しか出来ない地形になっている。

 昔、修行でルクセンシュタッツの野山を駆け回ったカデュウの経験が生きていた。


「団長、軍が見えました!」


 遭遇地点だ。よく地味だと言われているフルトが、予定通り馬車を止めた。


「よし。ここからは森を走り抜けるぞ! 手筈通りの配置につけ! 行くぞ!」

「了解!」


 傭兵団の馬車から号令が響く。

 しばらくは走り続けなくてはならない。カデュウ達にとって過酷な行程であるが、予定された配置にはその辺りも考慮に含まれている。


 救出目標かどうかの判断の為にカデュウは最前線で走り続け、疲れたらゾンダが背負う事で、持久力の乏しさをカバーする。

 他のメンバーは可能な範囲で走り、適度に休む事になっていた。

 進む速度に差は出るが、こうしてまばらに配置する事により、救出成功時の援軍にもなる。

 参謀の老人、ノヴァド・ユンディンゲンの作戦であった。


「ほう、あの旗は……。この軍の指揮官はヴァレンチーノの小童か」

「あの陰険な野郎か、爺さんの同類だな」

「一緒にするな。儂よりよっぽど真っ当じゃよ、カカカ!」


 走りながらも軽快な調子で会話しているゾンダとノヴァド。

 他の団員達も軽々と同じ速度で移動しているが、カデュウがこの速度を維持して走り続ける事は難しい。

 しかし、まだまだ先は長い。このような所で根を上げられないのだ。

 薬を飲む。先生に教わった一時的な体力増強の秘薬。

 あまり飲むなと言われているが、この場合は仕方がない。




 もう、どれだけ走っただろうか。

 何度か抱えられ、進み続けていた。

 天候が悪く、時間帯がわからない。

 食事も移動しながら、軽く口に含むだけ。休憩などとっていない。

 それでも誰も脱落しないし余裕すらあるのだから、この傭兵団はさすがである。


「ん? 軍の隊列が乱れてるな。何かを追っているように逆走してやがる」


 その言葉通り、確かに、今まで整然としていた帝国軍の隊列が乱れだしていた。

 何かが起きている、と考えるべきだろう。


「となると、救出目標かの」

「どうだ? あいつでいいのか?」


 ゾンダの肩に乗ったカデュウの目に、前方の異変の中心を動くものが目に映る。

 懐かしさが込み上げてくる、遠目からでもはっきりとわかった。


「――はい。間違いなく、クロスです」


 片手でカデュウを降ろしたゾンダ団長は、後ろに控える団員達に合図を出した。

 即座に所定の配置に移動する団員達を、一瞥もせずに前をみつめている。


「了解、それじゃ仕事を始めるかね」

「はい、お願いします!」


 強い疲労感も無視して、カデュウは走り出した。

 約束の少女を救うために。




「……はぁ、はぁ。……この包囲網、とっさの割に随分素早い対応ね」


 捕まらないように敵から逃げるクロセクリスだが、敵の動きが想定以上に厳しいものであった。

 前を塞がれても突破は可能だが、どうしても速度は落とさざるを得ない。

 その間に包囲は狭まりより厳しくなっていく。


「前方の敵がちょっと多い……、斬ってたら囲まれる。ならば、上ね」


 跳躍し、近くの木の枝を使って次々に飛び移っていく。

 正面にいた敵を越えたところで、再び地を走り出す。

 位置が上になり味方への誤射が避けられるため、矢が飛ばされるようになっていたからだ。


「あぶな。次に同じ事したら、狙いをつけて射貫かれそう……」


 再び、前方を塞ぎにかかる敵の姿がクロセクリスの目に映る。

 ならば、と加速して瞬時に2人斬り倒し、一瞬怯んだ隙をついて突破した。


 しかし、進むべき前方が燃やされている事に気付く。

 選択出来る事は敵軍の近くを横切る事のみ。

 

「――ならば、斬り進んでみせましょう」


 斜め左に斬り込んだところで、兵達とは違う気配を感じた。

 ちらり、と振り向いた先には、冷たい目をした指揮官らしき若い男が、騎乗した状態でクロセクリスをみつめていた。

 つまらなそうに、どうでもよさそうに。


 そんな事よりも、と進むべき方向を向く。

 囲まれている、敵に近づいたのだから当然だ。


 しかし。予想もしていなかった事が起きた。


 ――吹き飛ばされる。帝国軍の兵士達が。

 今まさに包囲を完成させようとしていた兵士達が吹き飛ばされ、敵の中央にいたものが背後から切り倒された。

 その場に立つのは、クロセクリスが長く再会を願っていた約束の少年。

 カデュウ。血は繋がらなくとも、唯一残った最後の家族である。




「クロス! 迎えに来たよ!」


 約束の少女に向けたカデュウの言葉は、美しい笑顔の涙をもって受け入れられた。


「……ここまで来てくれるなんて。……そうね、ええ。行きましょう」


 やや前方にいたカデュウが手を引き、クロセクリスを引き寄せた。

 そしてすぐに、2人は並んで逃げるべき道を駆け出した。


「後はお願いします、団長。どうかご無事で」

「おうよ、楽しい戦場だ。ガキはさっさと帰って休んでな」


 力強く武器を構えるゾンダ団長の背中は、とても大きいものだった。




「あれは、ゾンダ・ゼッテ? という事は、クリーチャー傭兵団が横腹にいた? 悪い冗談だ。王殺しの情報は耳にしていたが、一体他の誰が雇った?」


 帝国軍の指揮官ヴァレンチーノが驚き、呟く。それと同時に火の手が上がった。

 軍の輜重隊の位置、兵糧が狙われたのだ。


「ちっ! ノヴァドの爺か、やってくれる!」


 ゾンダの近くにいた、老人の姿をヴァレンチーノが見つける。


「油断したのう、小童。勝ち戦ほど気を付けなければならんのだぞ?」

「全軍! 闇雲に仕掛けるな! 怪物クリーチャー共が来たぞ、不意を打たれた状態で倒そうなどと思うな!」

「相変わらず、可愛げのない陰険な奴だぜ。ほら、かかってこいよ」


 大きな声で皮肉るゾンダに、決して近づかないヴァレンチーノ。

 少数でしか襲い掛かれない今の戦場で戦うべき相手ではない、と判断していた。

 向こうから襲い掛かってくるのならば、対応策もある。


「攻めてこない。という事は、奴らの目的は、先の逃亡者を守る事、か。何の為に、あれは誰だ? ルクセンシュタッツ方面から逃げ出した不審な者、となれば……」

「さあ、やろうぜ!」

「よし、急ぎルクセンシュタッツまで撤退せよ! 奴らを相手にするな!」


 フェイタルに最初期から仕え続けた軍師、神童と呼ばれたヴァレンチーノの推察と決断は早かった。


「え? 戦争しないのか?」

「あいにくと戦う理由がない。用もない亡国の姫を1人捕まえるのに、お前らの相手などしていたら、損害と釣り合わないからな」

「えー、つまんなーい、遊ぼうぜー?」


 心底残念そうな表情のゾンダに動じず、ヴァレンチーノは言葉を返す。


「それなら、お前達も早く追いかけた方がいい。後ろには傭兵団クースピークスが潜んでいる、あの暴徒共がな」

「……何?」


 クースピークス。数多ある傭兵団の中に置いて、最悪の暴徒と言われる者達。

 その総数は傭兵団最大数であり1万人を超えるとも言われている。

 並の国家よりも遥かに多いその構成員達は、最悪のクズ達で固められていた。

 賊徒よりも暴虐の限りを尽くすという、その風聞は、クースピークスという傭兵団を的確に言い表す一切脚色のない言葉だ。


「ゼップガルドの脳筋王をハメる為に雇って、我らがフェイタル帝国軍もどきの格好をさせたんだがな。それを着たまま、後列にいるんだよ」

「……おいおい。軍と戦うのかと思ったら、まさか虫潰しの仕事になるとはね」

「あのクズ共が、暴れるきっかけが生じたのに大人しくするものか。いや、違う。奴らは暴れる為にいたのだ。……僕も計られたな、裏で絵図を書いている奴がいるぞ」




 いかなる手段を使ったのか、その状況を眺め鑑賞を楽しむ者がいた。

 いかなる手管を使ったのか、その状況を操り干渉を愉しむ者がいた。


 ごく一部の同類達からは、店主と呼ばれる者。

 あるいは、そう。


 ――物語の編纂者、と。


「さあ、配役は整った。さあ、舞台は整った」

「これよりは我が“鍵言術”ノグエト・ゼムにて記録しよう」


 自身の言葉に高ぶるように、店主は何かに語りかける。

 あるいは、独り言を。


「物語を。物語を。――さあ、物語を、はじめよう」

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