17話 護衛:創造性溢れる場所

 翌日。宿の朝食をとり、ターレス・アルベルティ氏の工房に向かった。

 朝食は小麦のパンに自家製バターを塗ったものと、ソーセージやレタスが用意されていた。

 高級品ではないが自家製の新鮮さなどもあって、カデュウも満足の美味しさだ。


「来たか。では案内を頼むぞ。無駄足にならないといいが」


 やはりあまり期待はしていないのだろう、ターレスの口調からも伝わってくる。

 他の冒険者のやった事とは言え、何度も足を運んで何度も残念な結果に終わっているのだから、仕方のない面はあるが。




 そして、特に何の苦労も異変もなく、3日間の道程を終えて目的地へとたどり着いた。


「ただの村にしか見えんのだが? まさかここが創造性溢れる場所だとは言わないだろうね?」


 依頼人のご機嫌が斜めになっていらっしゃった。

 どうみてもただの村で、実際もただの村なのだから仕方のない事ではあるが。


「いえ、お見せしたいのはこちらです」


 カデュウが案内した先は、古い石造りの倉庫であった。

 村長が出迎えてくれている。


「冒険者様、また立ち寄っていただけて嬉しいですぞ。皆さん以前よりご立派になられて」

「村長さん、あの時はとても助かりました。申し訳ありませんが、少々倉庫の中を貸していただければ」

「はて、倉庫ですか? 構いませんぞ」


 村長と共に、石造の倉庫の前までやってきた。


「おいおい、農家の倉庫なんか見てどうするんだ。芋でも探すのか」


 そして当然ながら苦情が入る。

 その苦情をなだめつつ、倉庫の奥に歩みを進めた。

 一定のところまで来た時に。


 光る。

 古の石畳から、魔力の光が出でて、見事な魔術陣を描き上げる。


「な……、これは……!?」

「さ、一緒にどうぞ」

「ほほう。これが話に聞いていたかの転移陣か……」


 ここの場所には初参加のソトが、驚きと共に喜びをを含んだ声で魔術陣を鑑賞していた。


「はわ、はわわ。なんじゃこりゃ、うちの倉庫がこんな事になっとるとは……」


 ドサ。と物音がした後ろを見れば村長が腰を抜かしていた。

 ちょっと驚かしてしまったかもしれない。


「村長さんは離れていてくださいね」


 そう伝えると、カデュウはターレスの背中を押し共に転移陣の上に立つ。

 見る見るうちに光に包まれる。他の仲間も一緒に。光の中へ。

 今回はしっかりと見続けた。転移する瞬間を。

  煌々とした光が徐々に収まり、周囲の景色が見えるようになった時、すでに転移先へと到着していたのだが。




「……驚いた。農家の倉庫にいたはずなのに、廃墟に来てしまった。いや、驚いた」


 そうこぼしながら、ターレスのその視線は周囲を見つめ続けている。

 カデュウ達にとっても、明るい時間にこの場所を見るのははじめてだ、何があるのか確認を――。


「なんだ、あれは……」


 依頼主である芸術家ターレスがまず、第一声をあげた。


「美しい……」

「……白い」

「綺麗ですね……」

「言葉すら……蛇足に思えるな……」


 皆一様に、感動していた。

 カデュウは言葉にする事すら出来なかった。

 廃墟と化した城の後ろ側にあった光景。

 水が流れる幾重にも連なる白き棚の姿。

 清らかであり。芸術的でもあり。――何よりも幻想的でもあった。

 まるで、天上の楽園のような――。


「こんなものは……生まれてはじめてだ。おお、湧き上がる。創造者がこれを見て感動に打ち震えないわけがない! あそこに連れて行ってくれ! 今すぐだ!」


 涙を垂れ流しながら、ターレスは首が折れそうな勢いでカデュウの方を向き、その肩を掴んで揺さぶりだす。


「わ、わ、わかりました。から。やめてくだ。さい。連れて行きますから」


 水の流れる白き棚の方角、そちらには木々が生い茂っていた。

 しかし、この周囲の濃い森と比べれば行きやすい部類に見える。


「これが伝説の魔王城と、その周辺か。名に反して、まるで聖地のようだな」

「この森も、なんだか神秘的っていうか、綺麗ですよね。ソトさん」

「何? ここは、かの魔王城跡だというのかね?」


 ソトと会話していたカデュウに、ターレスが割り込んでくる。

 そういえばどこに行くだとかは伝えていなかった。


「はい、そうですけど」

「素晴らしいな。という事はこの森はエルフの森の裏側か。凄いじゃないか、創作意欲が湧いてくるぞ。エルフはいるか、エルフは!」


 聞きようによっては物凄く俗物みたいな発言だが、芸術家としての純粋な言葉だと思いたい。


「ハーフエルフで良ければここにいるな」


 生贄を差し出すように、ソトがカデュウを指さして紹介してくれた。

 言わなくても顔を見れば大体わかるはずなのだが、興奮して忘れていたのだろうか。ターレスはそれで妥協した。


「この際それで良い! 君、後で森の前に立ってくれたまえ!」

「この際って。ええ……」


 色んな意味で純粋な言葉だと思いたい。


 森の中でも不審な気配はなく、落ち着いたものであった。落ち着いていない人ならいたが。

 何事も起きず、無事に白い水棚の付近まで来ることが出来た。


「……清らか。この水、神秘を感じる」

「美味しそうな水、だね。飲めるかな……」


 目でチェックしてから試しに一口飲んだカデュウは、その水を口に入れ身体に入るまでの間、感じていた。

 今まで飲んできた水で一番美味しいと思える、清らかで柔らかいその味わい。


「美味しい……。身体に染みわたっていく……」

「……とても美味しい」


 無表情ながらイスマも喜んでいた。

 飲料水としてまったく問題なく使えるようである。

 この白い水棚は何で出来ているのだろうか、人工物ではなく自然に生まれたものに見える。

 少なくとも塩ではないようだが。


「見たことない材質だな。石灰ではないし……」


 ターレスにも何だかわからないらしい。

 だが仮に貴重な物質でも破壊して取り出すなどありえないので、今すぐわかる必要はないのだ。


「階段状になっているから上にも登っていけそうではあるが……、せっかくの水が汚れるしな、やめておこう」


 そういうとターレスも水を飲んで、辺りをきょろきょろと探索しだした。

 護衛としてカデュウ達もそれについていく。


「他に変わった所は……。あれは洞窟かな? 白くない所に横穴があるね」

「ちょこちょこと、昔あった建築物が崩れて埋まってるとこもありますねー」


 カデュウとアイスがめぼしいものを発見するが、基本的には周囲は木々に埋もれている。

 この周囲の地形自体も山や崖になっているので、時間をかけて調査しないとはっきりとはわからなそうだ。


「こんなところですかね。城の方に戻りましょう。ターレスさん」

「ああ、そうだな。いや、素晴らしいものだった。自然と芸術の神ガウディよ、感謝致します」




 神に祈るポーズで白い水棚を拝んでから、ターレスを連れて魔王城の前まで戻ってきた。


「先程は白い水棚に目を奪われてしまったが、ここも凄い。これが伝説の魔王城か! これを目にした者は今この世にどれだけいるか……、私の他おらんのかもしれんな……」


 感動している所申し訳ないのだが、どう考えてもここにいる人間は見ているのである。


「私らも目にしてるんだが……」


 ソトのつっこみも無視してターレスは感慨に耽っていた。

 そこに魔王城の中から、人がこちらに近づいてくる。


「戻ってきているなら顔ぐらい見せにこんか」


 この城に住む唯一の存在、魔王であった。

 魔王を知る者達、カデュウとイスマとアイスがそちらの方に駆け寄る。


「魔王さん!」

「……魔王だ」

「今日はあまり重圧を感じませんね?」


 そういえばそうだ。アイスの言う通り、あの魔王の恐怖の重圧をまったく感じない。


「言ったであろう? 言ってなかったか? 私はあの部屋に封印されている、部屋の外では何の力も出せんよ。無害な、ただの魔王だ」

「ただの魔王って……、そこはただの人間とかじゃないんですか」

「ふむ。それもそうだな。……して、そこの者達はなんだ?」


 ソトとターレスを見て魔王が尋ねる。


「あちらが、僕らの仲間であり指導者をしてくれているソトさんです」

「どうも、ソトです。天才魔術師です。よろよろ」


 丁寧そうでいて軽い調子で挨拶するソトは、魔王に対してとてもニュートラルな態度である。

 普通にはじめて会った知らない人、ぐらいの調子だ。


「こちらが、創造性溢れる場所を見たいとか言ってた依頼者のターレスさんです」

「本物の……魔王? この意匠、間違いなく古代ミルディアス帝国の皇帝のもの……」


 魔王に近づいてその豪華すぎる服装をじっくり眺めるターレス。

 なんと無謀なおっさんだろう。こちらはこちらで変わった対応だが、ソトよりは驚いてはいそうだ。


「これ、無礼であろう。しかし目利きは出来るようだな。こやつが最初の住人か?」

「住人ではないんですが……」

「住人とは何の事だ?」


 いぶかしげな表情で、ターレスはカデュウの方に説明を求めてきた。


「実はこの魔王城では、街を作ろうという計画で人を集めておりまして。この何もないところを開拓していこうというわけですね」

「ほう……そんな事が。……よし、私に任せたまえ」

「は?」

「私がこの街のデザインをしてやろうというのだ。街全体の統一されたデザインを私が担当するというのは良いな、とても良いチャレンジだ。そして何より、ここには創造性が刺激されるものが沢山ある。それだけで住むに値するというものだ!」


 突然、予想もしていなかった事を言い出すターレスに戸惑うカデュウは、ついつい聞き返してしまった。


「あ、はい。……え? 本当に住んで、しかもデザインまでしてくれるんですか?」

「1から都市のトータルデザインに関われるなど、芸術家にとってこんなに嬉しい事はない。任せたまえ、あの幻想的な白い水棚やこの城に調和する素晴らしいデザインにするとも」

「というわけで最初の住人のようです、魔王さん」


 適応が早いのが長所なカデュウは、すぐに切り替えて最初の住人誕生を魔王に紹介するのであった。


「そのようだな。まさか最初の住人が芸術家とはな、ははは」

「それじゃあ、城の内部を適当に使ってください。魔王さんの部屋以外はどこでもいいんじゃないでしょうか、多分」

「好きに使うがよかろう。どうせ誰もおらん壊れた城でしかないのだ」

「了解した。早速戻って支度をしてこなくては。住むところは城の内部に勝手に用意するとして、食料は私ではどうにもならん。そこは早急になんとかしてほしい」

「先に食料供給を用意してから他の分野へ、と考えていましたからね。まさか最初が芸術家なんて思いませんでしたよ」

「そちらが用意出来たら私も移り住むとしよう。今のままでは自殺と変わらんからな」


「それでは、魔王さん。また街に戻りますね」

「うむ、また暇に……いや寂しくなるな」


 言い繕っているが、暇になる事が最大の問題なのはカデュウはすでに知っている。


「戻りますよー」

「……ぐっばい」


 アイスやイスマから雑な挨拶を受けたところで、シュバイニーが魔王の正面に立った。


「挨拶がまだだったな。イスマイリの守護者、モルハン・シュバイニーだ。アンタならイスマが上手く力を使えない理由がわかるんじゃないか?」

「……はっきりとまではわからん。だが、根本的には供給が絶たれているのが問題なのだ。ならば供給が出来るようになれば問題は解決するのではないか」

「何故、絶たれているのかは?」

「環境の違い、であろうな。逆に言えば環境を近づければ良い、という事でもある。……そこでだ、丁度、好きなように開拓していいと持ち主が許可を出している土地があろう?」

「……そういう手があったか」

「上手く利用すると良い、貴様らも目的が出来てやりがいになろうて」

「感謝する」


 満足そうな表情で話を終えたシュバイニーがカデュウの肩を叩く。


「……つまりカデュウと目的が同じとなった、よろしく」


 イスマの言う事はよくわからないが、なんとなくわかったような気もした。


「もちろん。これからもよろしくね」


 さて、これで早めに開拓の人員を集めなくてはならなくなった。

 本格的に開拓の方を進める時が来たのかもしれない。 

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