11話 ゴブリンはつらいよ

 隊列の左端にいたゴブリンは、何もわからぬまま、静かに息絶えた。

 その首はボスのいる前列まで飛ばされて、ゴブリン達の注目はまずその首に集まり、騒ぎだす。

 次の行動はその首の元になった場所、首から下のゴブリンの死体を見て、敵の捜索。


 しかしそこにゴブリン達の敵はいない。今度は右端。また首が飛ばされた。

 ゴブリン達が本能的に今度こそ、と右端を向いて、敵の姿を探す。


 その過程で気付いた、剣を持つ少女の姿。

 ゴブリンがまた斬られた。アイスの剣が振るわれたのだ。

 それでも、ゴブリン達は、敵の姿を捕らえた。


「GOBUBUBU!!」


 ボス格の大きなゴブリンが命令を下す。ゴブリンの突撃合図だろう。

 ――しかし。その行動の前に再びゴブリン達は凍り付いた。


 悲鳴が。ボスゴブリンの悲鳴が響き渡った。

 醜悪なその顔と眼は切り裂かれたのだ。潜伏したまま隅から襲ったカデュウによって。


「……GOBU! GOBUBU!!」

「うーん、失敗。やっぱり僕はダメだね」


 本来ならば首を狩る予定だったが、思ったより背丈が高く、動きを見せたので攻撃がずれてしまったのだ。

 ならば、と即座に切り替えて下段から顔を狙ったが、絶命させるには至らなかった。

 大きい分生命力も強いのだろう。


 他のゴブリン達は判断に迷っていた、特に中間にいるゴブリン達だ。

 前方後方に敵が分かれている。どちらに向かおうか、と。

 どちらかの近場にいるゴブリン達は近い方に群がっていく。

 入口に立ち塞がるアイスに近寄ったゴブリンは、次々に斬られていった。

 アイスの剣閃が早く、とりつくよりも先に斬られるのだ。


「ソトさん、援護をお願いします!」


 群がるゴブリンを捌きながら、ソトに魔術を要請したカデュウだが、帰ってきた返事は余りにも予想外のものであった。


「金がないからダメだ!」


 金!? まさかの理由で断られたカデュウは混乱したが、うろたえている場合ではない。

 ゴブリンから少し距離を置き、ソトに事情を聞く。


「どういう事ですか!? もうちょっと説明してください、ソトさん!」

「私は金がないと魔術が使えないんだ!」


 ……銭ゲバ宣言のようにも聞こえるが、使えないというのならば仕方がない。

 魔術の支援を諦めて、カデュウはアイスと2人で戦う方向に切り替える。

 囲まれないように動きながら、反撃で少しずつゴブリンを狩り取っていく。一度に攻撃されては2本の剣で捌くのも難しい。

 カデュウは戦士としては軽量の装備なのでゴブリンの攻撃が当たるとマズいのだ。


「カデュウ、左に行け! 一旦引き付けてから、アイスの辺りのゴブリンとぶつけろ、敵が混乱したら反転して攻撃だ」


 ソトからの指示が飛ぶ。その言葉に従い、後退しながらもゴブリン達との斬り合いに応じ、そうと思わせ一気に後退した。

 群がってきたところでカデュウはアイスに向かっていたゴブリンの群れの背後を通り過ぎる。

 カデュウを追っていたゴブリンとアイスと戦っていたゴブリン達が衝突した。

 そして戸惑いを見せたところで、アイスと同時に攻勢にでる。

 魔術は使ってもらえなかったが、ソトの指示は的確であった。……魔術は使ってもらえなかったが。




 一方。ボスゴブリンはすでに察していた。逃げなければ殺される、と。

 自分さえ生きてさえいればいつでも建て直す事が出来る、と生物の本能に従う。

 アイス達が塞いでいる道ではなく、ゴブリン達が本来使っていた別の入口へと。ボスゴブリン逃げ出した。


「あ、しまった!」


 ボスが逃げ出した事で他のゴブリン達も我先にとその逃げ道に走り出す。

 そして。


 ――ボスゴブリンが吹き飛ばされ、戻ってきた。何匹かゴブリンが潰される。

 ゴブリン達が退路として向かった先、そこから大きな身体をした鎧の戦士が降りてきた。

 兜――フルフェイス式のサレットを装着していて顔が見えない。


「――この恥さらし共が。同胞のため、俺がこの手で潰してやるわ」


 その鎧の戦士がボスゴブリンの顔面にモーニングスターを叩きつけ、その頭部はぐちゃぐちゃに潰れる事になった。

 他のゴブリンもその戦士の振るうトゲ付きの鉄棒に次々に潰されていき、ゴブリン達は死に絶えた。


 カデュウ達が倒した分も含め、30匹とボス1匹、全てが。

 洞窟内の未探索領域で他のゴブリンが見つからなければこれで依頼は完了となる。

 しかしそれよりも、カデュウ達はその人物を驚きや警戒と共に見つめていた。突然現れたこの戦士は何なのだろう、と。

 別ルートから来た冒険者なのかもしれないが、油断は出来ない。


「すまなかったな。仕事に横入をしてしまったようだ」


 鎧の戦士がカデュウ達へと謝罪を向ける。顔は見えないが、その声からして男性だろう。

 大きな男だった。重厚な鎧にサレットを被り、マントを羽織っている姿は放浪の騎士のようであった。

 ゴブリン達の血と肉にまみれたモーニングスターが、とても凶悪な印象を与えるが、カデュウ達に向けた口調は柔らかいものであった。


「いえ、ありがとうございます、助かりました。……あの、冒険者の方ですか?」


 カデュウによるお礼と質問に対し、そのままでは失礼だと思ったのだろうか、鎧の戦士はその兜を脱いで顔を見せた。


「挨拶が遅れた。私の名はディノ・ゴブ。冒険者だ」

「ゴブリンだ!?」


 ――その兜の下の顔は、見事なまでにゴブリンであった。

 この空間全体に驚きと警戒と殺意が高まっていく。敵は殺せ。カデュウの中に先生の言葉が反芻していた。


「待て。待て待て待て。私は敵ではない。ゴブリンだが冒険者だ。落ち着け」


 慣れた反応なのか、空気の異常を察知した鎧の戦士――ディノゴブは、冒険者許可証を取り出し見せつけた。

 赤い鋼のプレート、中級冒険者メディオの証だ。

 まだ疑いは晴れない、カデュウがとある可能性を口にする。


「……死体から奪ったんですか?」

「違う。落ち着け。敵ではない。私はゴブル島出身のゴブリン、“勇者”ディノ・ゴブだ。人間達とも交流があるのだ」


 その単語がカデュウの記憶に浮かび上がった。

 ゴブル島。南ミルディアス地方とカヌスア大陸の中間に位置し、人間達と交易を行っているゴブリン達が住まう島だ。

 この島のゴブリンは人語を理解し会話も出来る種族で、稀に大陸の方でも活動している個体がいるとは聞いていた。

 カデュウの父もこの島と取引していて、島の特産品である妖精銀フェアリウムで作られた調理器具を寄贈された事があったのだ。


「ああ。あの島の。……失礼致しました。いつも父がお世話になっております」


 一気に警戒を解き、カデュウは深々と挨拶をする。


「理解が早くて助かる、君は我らが島と縁があったか」

「はい。父が交易商人として取引をさせてもらっています。ゴブル島からは妖精銀フェアリウムの調理器具を頂きました」

「おお、ルイ・ヴァレディ氏のご子息か。氏には美味い食料をいつも持って来て頂いておる。国王陛下も大層喜んでおられたぞ」

「それだけの情報でわかるんですね。僕はカデュウ・ヴァレディと申します。……父はそんなに有名だったんですか?」

「無論だ。ルイ・ヴァレディ氏は我らゴブリンでも偏見なく接して下さり、食料関係では一番信頼できる商人であるぞ。ご子息は誇られるが良い」

「褒めて頂きありがとうございます。多分、細かい事は気にしないで商機に敏感なだけな気もしますが……」

「はははは。種族を問わず、身内とは過小評価してしまうものだな。……後ろの方々はお仲間かな?」


 ディノ・ゴブが様子を伺っていた他の仲間達に声をかけた。

 まずソトが近寄ってきて挨拶をした。


「……はあ。これはこれは。ご立派なゴブリンでいらっしゃる」

「……ごぶごぶしてる」


 挨拶ですらないイスマと、感心するような表情のシュバイニーも歩み寄る。


「ゴブリンなのに、俺よりずっとでけーな」

「カデュウ、斬っちゃダメなゴブリンです?」


 危険人物がいる。アイスを制御しなくては。


「斬っちゃダメなゴブリンさんだよ。さっき散々ゴブリンは斬ったでしょ、どうどう」

「うむ。人間達には見分けがつきにくかろうが、私のような顔をしているものが島のゴブリンだ。どうか覚えておいて欲しい」


 その辺に転がっているゴブリンの顔と見比べてみた。……さっぱりわからない。


「あの……。同じに見えるんですが。出来れば見分けるポイントを教えて頂けると」

「ふうむ。難しいか。島のゴブリンは若干肌の色が濃く、目の色が青めなのだ」


 もう一度見比べる。……なるほど、確かに違っていた。

 普通のゴブリンは赤目だし、特にそこはわかりやすい。


「なるほど。これならはっきりわかります!」

「これで出合い頭にスパっと斬っていい奴がわかりますね!」


 アイスの発言はたまに過激だ。


「うむ。人にあだなす愚かなるゴブリンは同胞の恥さらしよ。構わず殺してやってくれ。私も率先して他のゴブリンを始末しているのだ」


 確かに、人と仲良く共存している島ゴブリンからすれば、その辺の普通のゴブリンは極めて迷惑な存在だろう。

 ゴブリンが悪さをするだけで自分達の評判も悪くなっていくのだから。

 自分達で積極的にそういったゴブリンを狩り、冒険者として活動する事で、人に優しいゴブリンもいるとアピールしているのだ。

 兜で顔を隠しているのも、人への配慮という面があるのだろうと想像できる。


「そういえばこの場合、依頼ってどうなるんでしょう。ディノ・ゴブさんも他で依頼を受けたんですよね?」

「ああ。私はミロステルンのギルドでだな。だが心配はいらんぞ。こういうケースでは依頼人自体が異なるので、どちらにも規定通り支払われる」


 ミロステルン側にゴブリンの坑道が続いていたのだろう。そこで別の依頼者からたまたま同時期にゴブリン退治の依頼が来た、という事か。


「では、私はそろそろ出立しよう。良き冒険をな、カデュウとその仲間達よ」

「はい。良き冒険を」


 ディノ・ゴブが去っていった。

 見たところ誰1人怪我をしていなかったはずなので、今回は怪我の問題はなかった。

 念の為に洞窟全体を探索したが、もうゴブリンはいなかった。

 ディノ・ゴブが入ってきた側の道にいくつかゴブリンの死体が転がっていたのだ。

 確認も終えて、これで目標通り根絶やしにしたと言っていいだろう。

 ボスゴブリンの頭部はぐちゃぐちゃなので、耳を証拠に確保する。そしてその辺の死体を生贄に捧げ浄化魔術で汚れを洗い、準備は完了だ。

 再び元来た道を戻り、カールス村へと戻る。


「あわわ! 罠あったの忘れてた!」


 ……すっかり忘れていたカデュウが足を引っかけてしまったが、幸いごろごろ転がる大きめの石よりも早く退避出来た為に怪我はなかった。セーフ。

 周囲から若干冷たい目線が刺さる。不自然ながらカデュウは唐突に別の話を切り出した。


「あー。そういえば。ソトさん、どうして魔術が使えなかったんですか?」


 話題逸らしも兼ねて先程の疑問をソトに尋ねた。


「それは、その~。……実は私は、魔霊石が無いと魔術が使えないんだ」

「なんですと?」


 ――魔霊石。宝石の一種なのだが、魔力が籠っているという特性をもつ特殊な宝石。

 この石を用いて魔力を代替わりする事も出来るありがたいものなのだが……。

 いかんせんお値段が高い。

 宝石の中では安い部類とはいえ、やはり資金に余裕がないと中々使おうという気にはなれないだろう。


「なんでですか、魔術師になったのなら自前の魔力がないわけが……」

「私の種族を言ってみろ、その特性もな」

「ホビックですよね。特性は素早くてしぶとくて……魔力がない」

「そういう事だ」

「なんで魔力が無いのに、魔術師なんかやろうと思ったんですか!」

「ホビックだから魔術が使えない、そんな思い込みを覆したかったんだ! なんか個性的だし!」


 だめだこの人。早くなんとかしないと。


「あの時、ギルドでハズレ扱いされてて、ボッチで、露骨に僕を狙ってきた理由がはっきりわかりました……」

「やだー、お願い! 捨てないで! 私を見捨てないで! もうここにしか居場所がないんだ!」


 いきなりソトが足にしがみついて泣き叫んでいた。……うわあ。

 寄生されたか。という言葉の真の意味をカデュウは悟った。


「やめてください、プライド無いんですか!」

「プライドなんざ、何の役にも立たたんわ」


 突然真顔になって格好いい事を言い出したソトだが、足にしがみついたままなのであまり格好良くはなかった。


「自尊心だの虚栄心だのは必要ない、そんなものは銅貨1枚の価値もない! 必要なのは矜持だ。自分の筋を通す事だ!」

「この足にしがみついて泣きわめいてるのは、矜持には触れないんですか?」

「まったくな! 靴だって舐めてみせる!」


 ある意味とても清々しい。

 元々、捨てる気なんてなかったのだが、かつて先生に教わった事と同じような思想を持っているソトに好感を抱いた。


「捨てないから落ち着いてください。足を離して」

「ほ、本当か。騙したりしないか」


 いつも捨てられてきたのだろうか、疑心暗鬼になっている。


「もちろんですよ。ソトさん良い人ですし」

「……大丈夫、役立たず仲間」

「荷物持ちの俺と、荷物持ちを維持してるだけの奴もいるしな」


 励ましてるのか自虐なのかイスマとシュバイニーがソトに微笑む。

 考えてみればアイスしか戦力になっていない、過半数が戦力外ってどういうことなの……。

 とカデュウは思ったが。しかし、この場でそんな空気読めない発言をするわけにはいかなかった。


「あはは。面白いし、いいんじゃないですか? 皆さんいろいろ事情がおありなんでしょうし」


 出来る子アイスはさすがの余裕であった。心が広くて何よりだ。


「ありがとう君達! いつでも私を頼ってくれたまえ!」


 調子が戻ったソトがようやく足を離して、立ち上がる。

 こうして仲間との交流も終えてカールス村へと戻るのであった。

 

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