10話 カールス村のゴブリン退治

 ゼップガルドの街を出発して2日後。カデュウ達は目的のカールス村に到着した。

 斜面に段々畑を作っている、どうやらこの辺りはブドウ農家のようだ。

 村は平和でのどかな空気を保っている。

 無事、間に合ったようでカデュウはほっと息をついた。


「冒険者さん、だっぺか? よく来てくれただなぁ、収穫の手伝い頼むべ」


 村の農家の人だろう、作業中ながらカデュウ達を見つけ挨拶をしてきた。

 もしかしたら依頼を出した人という可能性もありうる。

 カデュウは農家のおじさんに返事を行う。


「収穫の手伝いではないですが、ゴブリン退治が必要だと聞きましてやってきました」

「おー、そうだべそうだべ。したらな、村ん中のバーさまんとこ行ってくれら」


 農家のおじさんが大雑把に指で方向を示す。

 その方向には畑と、なだらかな斜面しかない。

 斜面を上がった先に行けば見えるのであろうか。


「ありがとうございます、それでは」


 カデュウは礼を言ったものの、具体的にどこなのかよくわからない。

 とりあえず行けばわかるのだろうと考えカデュウ達はそちらに向かった。


「見晴らしのいい場所まで上がっても畑しかない……」

「うーん、どこかに人いませんかね」


 段々畑になっているので、畑の中に人がいてもわかりにくいのだ。

 アイスの言に合わせてカデュウも探してみるがやはり見つからなかった。


「……あそこらへん」


 イスマが指で教えてくれた先には……。

 なんと、畑が見えるだけだった。


「いやどこ」

「どこなんです?」

「あそこじゃわからんだろ、イスマ」


 カデュウ、アイス、シュバイニーらから総つっこみを受けるイスマ。

 あそこなどとあいまいな事を言われても、他人とは共有できない場合も良くあるのだ。

 明確な言葉は大切だよね、とカデュウは心で呟いた。


「じゃあ、そこに案内してくれ。それが手っ取り早いだろ」


 さすがベテラン冒険者にして召喚士の師匠。的確な指示であった。

 ソトの発案によりイスマが先導して歩く。てこてこ歩く姿はなんだか可愛らしい。

 しかしよくわかったものだ、目が良いのだろうか。


「……そこ」


 今度こそ、人の姿があった。かなりの高齢らしき外見で、若干背丈は小さいが足腰はしっかりしていそうなお婆さんだ。

 こちらが先程の農家のおじさんが言っていた人物だろうか。

 さっそくカデュウは声をかけてみる。


「冒険者ギルドから紹介されて来ました、カデュウと申します。ゴブリン退治のご依頼を出された方ですか?」

「きたかえや。めんこい子らじゃのう。ゴブリンどもらは、どっかその辺からきとる。多分洞窟じゃな。したら頼んだで」


 どっかその辺などと言われても困るのだが。

 知らないのかもしれないが念の為にもう一度カデュウは聞いてみた。


「あの。その洞窟というのはどこにあるんでしょうか?」

「ここからまーっすぐに行ったら山がある、そこらへんじゃ」


 先程より大分具体的になった。

 お婆さんの身振り手振りから判断して、この畑を西側に進んだ方向らしい。


「ま、ええわ。儂が案内しちゃる。ついてきい」


 これは助かる。が、お婆さん大丈夫なのだろうか。とカデュウが心配していたが、お婆さんはすたすたと早い動きで先に進んでいた。

 慌ててカデュウらもついていく。


「お婆さん早いですね」

「儂は山菜採るのが仕事じゃからね、いつもこの辺は歩いとる。さっきの畑はただの手伝いじゃ」


 日ごろから野山を巡っている元気なお婆さんであった。

 そして早い。カデュウ達も少々急がなければついていけない程である。

 1時間ほど走ったであろうか。山の麓に洞窟があった。

 見えただけなのでもう少々歩く必要はあるが、これで具体的に場所がわかったわけだ。


「じゃ、頼んだで。終わったらメシさ食ってけ。きつかったら儂んとこまた来い。怪我せんように遊ぶんじゃぞ」


 遊びに行くわけではないが、その心遣いはありがたい。


「案内ありがとうございます、お婆さん。それでは行ってきます」




 洞窟の中は暗くて良く見えない。入口には苔が生えていたり、草が生えていたり、自然さを感じる。

 入ってみなければわからないが、自然に見えるのは古いだけで、何らかの坑道跡という可能性もある。

 ともあれ進む前に準備が必要であった。


「――仄かなる蝋燭カンデラ


 まずは明かりをつける為のカデュウの魔術。光源の対象は左手のショートソードだ。

 かつて古代の貧乏な魔術師が、ロウソク代は節約したいけど夜にも本を読みたくて開発したという魔術。などと先生が言っていた事を思い出す。

 生まれた経緯がなんとも言えないものだが、やたら節約志向で作られた為か魔力消費も少ない上に効果時間は長く、色々と便利であった。

 ただし光源の指定が必要で、宙に光を浮かしたりは出来ない。


「たいまつとか要らなくて良いですね、ソレ」

「うん。手に何か持たなくていいからね」


 たいまつのように手に持つ明かりは、片手がそれによって埋まるので不便なのだ。

 魔術を使えないアイスからすればうらやましいものであったろう。

 洞窟内部を見たところ過去に掘られた坑道であった、ならばある程度は人が通れるようになっているはずだ。

 隊列は明かり役のカデュウが前衛、アイスはバックアタックの警戒と後詰めで後衛、イスマとソトとシュバイニーが中に入る形になった。

 パネ・ラミデ付近の森でとった隊列と、同じ仕組みである。

 敵が前からしかこないのであればまた違うのだが、奇襲を好むゴブリン相手には後ろの警戒も必要なのだ。

 それに状況次第で前衛に上がるのは、大した手間のかかる事ではない。


「……前、5匹」


 何らかの魔術を使っているのだろうか、イスマによってさっそく敵が近づいている事を知らされた。

 視界には見えないが、その言葉を疑う理由もない。


「まずは、僕がつっこむよ」


 カデュウはまっすぐに走り、ゴブリンの姿を視界に収めた。その音と明かりでゴブリンもその存在に気付く。


「GOBU!?」


 背を向けて何か話していた最中なのかもしれない、反応が鈍かった。そのまま左手のショートソードで中央の1匹の頭部を突き刺す。

 続けて身体を回転させて右のロングソードで右側にいたゴブリンの首を薙ぎ斬った。

 そこでゴブリン達の反撃が飛んでくる。手に持った薄汚い剣をカデュウに向かって振るう、がその軌道にカデュウの左手のショートソードが割込み防がれる。

 そのまま右手のロングソードで薙ぎ払い、ゴブリン3匹目。左手のショートソードを引き、突き刺す、ゴブリン4匹目。

 流れるように殺されていく仲間をみて最後の1匹が逃げようとするが、跳躍したカデュウによって追い付かれ首をはねられた。

 そして倒れているゴブリンにもう1度、とどめの追い打ちを加えていく。先生の教えの通り、油断なく。


「ほほう。いいね、新人の癖に戦場の泥臭さを感じるぞ」


 その一連の流れを、満足気な表情でソトが褒め称えた。


「お見事、良い動きです」


 アイスも後ろからその流れに乗ってくる。


「ありがとう。一応、臭いや汚れはとっておきましょうか」

「そーだな。どうせ光でバレると思うけど、一応な」

「――等価の浴場ラヴァーレ・アス


 短縮詠唱によるカデュウの魔術が発動した。血も臭いも周囲に散らばっているゴブリンの残骸さえも。溶けるように消えていく。


「しかし、変わった魔術だな。この手の浄化魔術は普通は、『清めの公衆浴場テルマエ・バルネア』を使うものだが」

「先生がこういうの好きなんですよ。利用しないと勿体ない、って言ってました」

「……命で命を洗う、ある意味正しい」


 ソトやイスマが関心してるこの魔術は、先生が開発したものだ。その特徴は、起動時のわずかな魔力しか消費しないという特筆すべきもの。

 本来必要な魔力をどこで補っているのかというと、なんと死体を生贄に捧げて臭いや菌などを殺し、呪いの力で浄化するという特異な仕組みになっていた。

 死体と言っても植物の死体でも構わないので、木材で浄化する事もできる。


 ただ普通の浄化魔術と比べて、爽快感みたいなものはない。そしてもちろん、アンデッドには通じない。


「形としては薪をくべてお風呂に入るのと同じですから」

「なんか、違う気がしますよ?」

「血で血を洗ってるような気分になるな」


 とまあ、何よりもイメージが悪いのが最大の欠点かもしれない。アイスやソトの言い分はもっともである。

 これが人間の死体だとすれば、一般感覚だと倫理の問題もあって色々怒られそうだ。


「だが、こういうのは好きだぞ。効率化、大いに結構!」


 何やらこの術の仕組みが気に入ったソトが、カデュウの頭をなでて褒める。

 カデュウが編み出したわけではないのだが、先生の効率的センスを褒められた事により、この人、良い人だ! などと考えてしまっている。


「それじゃ、いきましょ」


 アイスの言葉に同意して、再び洞窟の中を進んでいく。


「……左を通って後ろに向かってる。3匹」


 生体感知なのだろうか、イスマは左の壁からはじまりゆっくりと斜め後ろ側を指していた。

 見えにくいところに通路がある、何も知らない冒険者なら奇襲されていそうだ。


「ほいほい、了解です。じゃあ、スパっとやっちゃいますか」


 アイスは剣を構え、腰を落とし、ゴブリンが来るのを静かに待つ。

 そして、横に一薙ぎ。2つの首が落ちる。一呼吸置いてから一歩踏み込んで上段から斜め右下に振り下ろすと、3匹目のゴブリンが死体になって転がった。

 淀みない動きだ。ゆっくりとアイスの戦いぶりを見るのははじめてだったが、カデュウから見て、その剣閃はかなり早く、技量も高かった。


「さくさく進みましょうー」


 ゴブリンを生贄に捧げてアイスを浄化する。そして前進を再開した。

 ここまでは順調に進んでいる。

 洞窟はさらに斜め下に続いていた。


「おっと、そこに罠があるな。足元の線を踏んだら、上から降ってくるやつだろう」


 ソトの言葉通り、前方の足元に1本のロープが張られていた。


「迂回ルートはあるかな」

「ここまで一本道でしたけどね、さっきの奇襲ルート以外は」


 ここまでの道を思い返していたカデュウ、だが確かにアイスの言う通り、他の道らしきものは背後から襲う為のあの場所にしかなかった。

 戻ったところであそこが奥に繋がっているとも限らないし、そもそもゴブリン達は別の入り口から出入りしている事も考えられる。


「面倒だな。踏まないように気を付けて進むか」


 ロープを切って罠を解除してもいいのだが、それだと大きな音がして気付かれる。

 より安全に行くなら撤退ルートという意味でも解除すべきだが、それよりは奇襲を選んだ。

 そして全員がロープに引っかけないように慎重に進む。ここでうっかり踏むようなドジな子はいなかったので、無事通り越す事が出来た。


「……前に30匹いて4列に分かれてる。中央の奥に1匹、大きい」


 イスマの言うその先から明かりが見えた。赤みを感じる事から、これは火であろう。ゴブリン達が何かをしているのだ。

 しかし30匹は少し多い。それだけの数がいる空間という事は広いし、一度に相手をするとなると数の差で不利になる。


「よし、カデュウとアイス。2人で前衛に立って1人は入り口を押さえろ、1人は遊撃だ。他は入口の後ろから援護、これでどうだ」

「わかりました。それでは僕が遊撃に行きますよ。アイスは入口をお願い」

「私が遊撃でも良かったんですが。じゃあ入口防衛をします」

「……ん」

「あいよ、荷物持ちは気楽でいいぜ」


 反対意見もなく作戦は決まった。ソトの案に従って準備を整え、カデュウの突入のタイミングが迫ってくる。

 こういう時は緊張したり意気込んだりするものだが、カデュウが徹底的に叩きこまれた教えは、自然体。静かに。気付かせない事。

 気配を絶ち、自然な歩みでゴブリン達が整列している背後、その左端にまわる。

 ボス格の大きなゴブリンが何かを演説しており、それを他のゴブリンが整列し拝聴している所なのだろう。

 洞窟の中でも一際大きな空間で、支えとなる何本かの岩の柱が立っていた。

 ゴブリンがやったのか坑道を掘った人々が計算したのかはわからないが、そこは掘らずに残していたようだ。

 静かに、始めよう。考えたと同時に、カデュウの行動が開始された。

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