1章 これは、暇だから街を作らされる物語

1話 開拓者になろう

 人は誰しも、魔王に街作りを頼まれる、などという事を想像していないものだ。

 そんな事、想像してる人がいたらビックリする。

 頭がおかしくなったのか、と言われるかもしれない。

 そもそも魔王と出会った事すら想定外過ぎたのだが、どういう事なのだろうか。

 1000年ぐらい前に打ち倒されたはずではなかったのだろうか。


 外見だけなら人そのものなので名を騙る偽物という可能性もあるが、少なくとも押し潰されそうなこの魔のオーラが出せる事は確かだ。

 そしてその気になればカデュウなど容易く処分できるという事も。

 本物だったとしたら考えられる事は僅かだった。

 復活したか。そもそも死んではいなかったか。


「街、を作れとおっしゃいましたか?」


 目前の脅威に、カデュウは恐る恐る話しかけた。

 魔王が圧を加減をしたのだろう。

 息苦しいのだが、最初の頃よりはマシになってきた。


「そうだ」


 魔王は簡潔に答える。聞き間違いではなかったらしい。

 どこかで何かがぶつかったような物音が微かに耳に聞こえてきた。

 魔物か何かであろうか、あるいはこの古い城が崩れ落ちたりしているのかもしれない。


「暇だから?」

「暇だから、だ」


 カデュウは考え込む。

 引き受ける引き受けない以前の問題だ、必要な情報がまるでない。


「あの。よければ事情や理由を、具体的に伺ってもよろしいでしょうか? どのような事がご希望なのかを、お聞かせ頂けると参考になるのですが」


 目的がわからないし、動機も暇な事しかわからない。

 人類を支配する為の街が欲しいのか。魔物達の街が欲しいのか。

 あるいはまた別の何かなのか。


 どのような建物でどのぐらいに広げるのか。

 望みが分からなければ、実現可能かどうかすらわからないのだ。

 そもそも街作りに来たわけではなく、偶然飛ばされただけである。


 だが機嫌を損ねると命が消し飛ぶかもしれない。

 名前もわからないこの子の命が。

 手を繋ぐその先には、共にこの場へと飛ばされた無口な子の姿があった。


 危ない所をとっさに助けただけなので、誰なのかも知らない子だ。

 かといってカデュウの不注意で巻き添えにするわけにはいかない。

 目の前の魔王という存在相手に、会話にしか光明が見出せない以上は、慎重に様子を伺うべきであった。


「ふむ、もっともだな。よかろう」


 ゆったりとした動作で右手を掲げる。


「が、その前に客人の追加だ」


 魔王が指を鳴らすと後方にあった唯一のドアが開き、中に人が投げ込まれるように転がってきた。

 カデュウらの時と同じように。


「@痛T、2~……」


 いきなり強引に部屋へと叩きこまれた事で、頭をぶつけて痛そうにさすっている。

 長めの黒髪で、端麗な容貌の女の子であった。

 その女の子は、文化が異なっていて独特の趣がある奇妙な服装を着ている。


 体の脇から突き出ているのはシンプルな木鞘のようだ。

 という事は剣士だろうか、護身用として持っているだけかもしれないが。


 その奇妙な格好をした人は何かを喋っているのだが、カデュウには言葉が理解できなかった。


「やれやれ、面倒だのう。説明を一度で済ませる為、貴様らに共通言語を与える。……これは魔族の為のものだったが、まあ人にも通じるだろう」


 そう言うと、魔王は手を撫でるように動かし、魔力の波動が3人を覆った。

 まさか魔術で言語を習得させる事が出来るとは。

 もしかしたら魔術語を言語に変換しているのかもしれない。違うかもしれない。

 

「あなた達はどちら様ですか、そしてここはどこですか、あとこの部屋とそこの人なんか怖いんですが」


 奇妙な格好の少女。そう少女が、突然流暢な言葉で喋り出した。

 魔術凄い。いや、魔王凄い。


「えーと、僕とこの子は先程たまたま不慮の事故でここに飛ばされた者です。あちらの怖い人は魔王さんだそうです。ここは魔王さんがいらっしゃるので魔王城なんじゃないでしょうか、多分」


 混乱し過ぎて緊張感もなくなってきたのか、慣れてきたのか、開き直ったのか。

 カデュウは大分普段通りの調子に戻ってきた。


「魔王……? ノグ……オルダ?」

「ノグ……え?」


 再びよくわからない謎の言葉が混ざった。

 魔術でやっているのだからこういう事もあるかもしれない。


「珍しく客が多いな、996年ぶりか。あの時ほど賑やかだった事は1度もなかったが」


 魔王が喋り出し、全員がそちらに注目する。


「さて、私が魔王ア・ゲインだ。本日ここにやってきた貴様らに頼みがある、報酬は貴様らの命だ。頼みとは、この地に街を作ってもらいたい、ということだ」


 ……その報酬は実質脅迫なのではないだろうか。

 だがここまではすでにカデュウは聞いていた話なので静かにしていた。

 先程きた少女は驚愕の表情でガクガク震えている。

 その驚愕が話の脈絡のなさに困惑しているのか、怯えているのかは判断がつかないが。


「私はこの部屋に封印されている、996年間ずっとだ。ただ歩くだけだったら城の近くになら出れるが、力を使えるのはこの部屋だけなのだ。つまり」

「つまり?」

「そう。つまり、暇なのだ」


 納得の理由であった。

 そりゃあ996年も、この部屋と、付近にしかいけないのであれば暇だろう。

 人間なら発狂してもおかしくない、まあその前に寿命で死ぬだろうが。

 よく見れば部屋には、かなりの数の書物が本棚に収まりきらず、山となって積み重なっていた。

 1人で生活する部屋としてはかなり大きいサイズだが、本や色々な荷物などでやや手狭に感じる程だ。


「故に、街を作ってもらい、人間共の生活を見る事によって、余も楽しく過ごせるというわけだ。どのような街にするかなどは全て一任する。強いて言うなら面白ければ何でもいい」

「あの……質問宜しいでしょうか」

「許す、何なりと申すが良い」


 おずおずとカデュウが質問の挙手を行い、魔王がそれを許した。


「魔王の軍勢を作り上げて再びめざせ世界征服だ、みたいな事ではないという事でしょうか」

「今の話を聞いて、どこにそのような要素を感じたのか疑問を呈したい。とはいえ余が魔王であり、貴様らはハーフエルフが混ざっているとはいえ人類であるのだから当然の警戒と質問ではあるだろうが」


 ふむ。と呟いてから魔王はカデュウの質問に簡潔な答えを出した。


「いわゆる世界征服みたいな魔王的行為は、簡単に言うと飽きた」


 飽きたのか。

 酷い理由であったが、人類にとってはありがたい事なのかもしれない。


「詳しく言うと魔王としての役目を果たし災厄の呪いが過ぎ去った結果、そうした衝動がなくなったからなのだが、まぁ貴様らに言ってもわかるまい」

「そうですね、よくわからないです」


 奇妙な服装の少女がきっぱりと答えた。すでに震えは無さそうだ。

 もう驚愕はなくなったのだろうか、順応が早い子であった。

 そしてもう1人の子は何も喋らない。無口な子であった。


「元々は余も人間であった。久方ぶりに民の営みを見守りたいと思う事が不思議か?」

「人間だったんですか?」


 まずその情報が意外であり、初耳である。

 何故、この魔王は人間と同じ姿なのか、というのは考えてみれば疑問だが、元が人間なのであれば納得ではある。


「近頃の人類はそんな事も知らんのか。1000年も経てばそういうものなのかのう」

「うーん、僕が無知なだけかもしれません。詳しい人なら知っている事なのかも」

「左様か。そのような事より、事情と理由はわかったか? つまるところ、暇なので街を作って貰いたい」


 話が全て真実だとすると、納得はいくし理解も出来る、危険性がないのであれば問題もあまりなさそうであった。

 しかしもっと根本的な大問題が残っている。


「あの……、僕はただの新人な冒険者でしかなくて、街作りの経験などないのですが……」

「かまわん、余が許す」


 許すとかいう問題ではないのだが。

 努力せよという命令なのだろうか、とカデュウは考えた。


「……えーと。予算も人員もないのですが」

「良いようにせよ。当面の人手なら貴様ら3人がいるだろう」


 要するに全て丸投げという事らしい。さすが魔王、非道な命令であった。

 予算0で、本日先程出会ったばかりの、わずか3人の少年少女ではいくら何でも足りなすぎる。


「それだけではちょっと……」

「何、心配するな。余も無茶だというのはわかっておる。金の方は、これでも売って足しにするが良い」


 そう言うと、魔王は近くで本に埋もれていた剣を差し出した。

 派手ではないが、それなりの装飾が施された鞘に収まっている。

 実用重視のものなのだろう。


「以前、余の城を襲いに来た連中が落としていった代物だ」

「つまり冒険者の遺品ですね」

「早い話がそうなる。命も肉体も落としていったというわけだ、余には迷惑な事でしかなかったが。もっとも今ならその手の客人であっても歓迎するぞ」


 先程各所を見た感じだと、価値あるものは何もかも持っていかれていたようだが、魔王が封印されている部屋だからこそ、こうした物が残っていたのだろう。


 刀身を少し確認する、1000年近く経っているとは思えない良好な状態であった。価値あるものかもしれない。


「今の時代に何が価値があるかなど余にはわからんが、これならば多少の価値はあろう」


 確かに武器の価値はそこまで大きな変化はないはずだ、骨董品という事で価値が上昇している可能性も低くない。


「では、お引き受けする代わりに、お願いが御座います」


 無茶な依頼を受ける覚悟を決めたカデュウが、魔王を正面から見据えた。

 それなりに慣れてきたといっても、やはり凄まじい圧力を感じる。


「どうか失敗したとしても、僕以外の命、その安全と自由を保障しては頂けないでしょうか」


 責を被るのであれば1人で十分だ、自分の命と引き換えに助ける事などすでに決めている。

 1人増えたのは想像もしていなかったが、助けられるならそれに越したことはない。


「何を言っている? 貴様らの命など要らんわ」


 命が惜しければ、などと言っていた気がするのだが……。

 引き受ければそれでいいという事かもしれない。


「まずは褒美の前渡しといこうか、同時に必要なものでもあるが」


 部屋の奥に行き、樽から芳醇な香りの液体をワイングラスに注いでいる。

 赤ワインであろうか。魔王が飲むモノならば確かに至高の逸品なのかもしれない。

 それだけ名誉ある褒美なのだろう。

 魔王の価値観でどの程度のものなのかはわからないが。


「そこの席に座ってこれを飲め」


 14歳のカデュウは、まだアルコールなど飲んだ事はなかった。

 だが、少なくともその程度の些細な事で、断れる雰囲気と相手ではない。

 赤っぽいブドウジュースか何かだと思って飲む事にした。


「あのー、ちょっといいでしょうか」


 今まで黙っていた奇妙な服装の少女が口を開いた。

 すでにブドウジュース(仮)は飲み干したようだ。


「許す、何なりと申すが良い」

「もしかして私も、その街作り、とやらのメンバーなんです? まず私は何でこのような所にいるのかすらわからないんですけど」

「大丈夫、割と僕もわかりません」

「細かい事は気にするな」


 細かくはない気がする。

 

「街作りと言っても貴様らの用事のついでに適度に進めてくれれば構わん。それにすでに褒美は受け取ったであろう。貴様らは余の臣下となった。この城の転移陣を使う権利を得たのだ」


 確かに、少女はすでにブドウジュース(仮)を飲んでしまっている。カデュウも今飲み終えた。

 味はブドウのように甘くなかった。

 無機質というか、味がほとんどしないので美味しくもなかったのだが。


 ここで、やりません、などと言い出せる相手ではないというのは、その少女も理解していたのだろう。

 そして、そんな事より、とても重要なキーワードが魔王の口から飛び出していた。


「転移陣! それではここから歩いて行かなくて済むんですね! 食料問題はなんとかなりそうでよかった……」

「とはいえ、いくつか壊れているものもあるので、かつてのように大陸全土への道があるわけではないし、転移先が今現在どうなっているのか、そこまでは余もわからん。996年も経てば瓦礫に埋もれていたり水没している可能性もあろう」


 確かに、環境が大きく変化している事は十分に考えられる。

 転移した直後に溺れたのでは、自殺と変わらない。

 そして歴史上の知識も興味深いものであった。


「かつては大陸全土への転移が出来たんですね……。そっか、それで各地に魔王軍が現れたんですね」

「左様。今の世の者は知らぬ事であったか? 無論、現地で調達した奴らも大勢いたが。ミスドニア・ストーンなどがその代表だ」


 誰の事だかわからない、だがカデュウにとって今重要な話ではないだろう、と流す事にした。

 そこで魔王は左腕を掲げ手のひらをカデュウらに向けた。


「それでは貴様を、魔王村の村長に任命する!」

「凄いんだか凄くないんだか、なんとも言い難い役職ですね……」

「住民が誰もおらんから仕方あるまい」


 そこで魔王は話を打ち切り、動かず手も触れずに後方の扉を開いた。


「まずは城の正面左側の転移陣に行け、いまだ稼働しているものは2つあったはずだが、そこからならば無事移動できよう」


 ギャンブル転移にならなくて済んだ事をカデュウは喜んだ。

 石の中に転移したら大変な事になってしまう。


「ありがとうございます、下見をしてから向かおうと思います」


 話は終わったと、魔王の部屋から出ようとした時であった。


「余も見た事はなかったが、それがダーラ。いいや。アーケイのクリシュか。ふむ、期待しておるぞ」


 何の事だろう。カデュウは後ろを振り向いたところだったので、誰に向かって言ったのかもわからなかった。気にするような事でもないかもしれない。


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