15話 パネ・ラミデの祭壇

 パネ・ラミデ。そう呼ばれるこの遺跡がいつからあったのか、どのような用途の建築物だったのか。学者達の研究の甲斐もなく、はっきりとはしていない。

 曰く、生贄を捧げる祭壇であるとか。曰く、神王の墓所であるとか。曰く、神々が残した遺産であるとか。

 その建築様式はどの国や時代とも一致せず、わかっているのは魔王時代の冒険者ギルド発足当時にはすでに探索済みであった事ぐらいであった

 この遺跡の中心部には4人の男女がいた。リーダー格である壮年の髭面の男ボッリ、体格の大きい強面の男ラルディ、青年の男女イザーイとコルネの兄妹だ。

 彼らは皆、黒を基調に淡いカラーが入った、魔術師のようでもありどこか神職のようでもあるローブを纏っていた。


「なんとか封印を施せたか……」


 荒い息を吐きながら、ボッリは中心部の円形の不思議なオブジェのようなものを見上げた。

 その足元には魔術陣が描かれた布が敷かれており、中心には小さな子供が、まるでこれから行われる儀式の生贄のように横たわっていた。


「あのアンデッド達、なんだったんですか、一体」


 コルネたち兄妹は、命令によって途中から計画に参加したために詳細をしらなかった。

 しかし彼らの目的は一致していた。


「わからんが、遺跡のガーディアンなのかも知れん……。今までの記録ではそのような事象はなかったが、それだけ俺達が真理に近づいたという事かもしれん」


 真理。すなわち、彼らが信じる神、光と闇の神アティラによる救済。

 それこそが彼らの目的であった。


「ボッリ。俺が放った魔獣との繋がりが途絶えた、もう時間がないぞ」


 魔獣使いであるラルディが、そう告げる。

 その報告にイザーイが難しい顔になった。


「キマイラ共を倒せる腕利きが来てるって事か……、でも入口にはあの傭兵がいるだろ?」

「冒険者共ならどうとでもなるだろうが……、“教団”に嗅ぎつけられた可能性も高い。安心は出来んな」


 無論ボッリは、かの傭兵の実力は承知している。自分達が束になってかかっても一蹴されるという事も。

 予算不足で残りの契約を全うする事もままならないのだが、それでも運良く雇う事は出来た。

 それでも“教団”や、他の闇の一大組織が相手となれば、とても楽観は出来ないとも思っていた。

 彼らもまた闇の一大勢力の一端。その脅威は身をもって味わっている。


「なにが“教団”だよ、神どころか人も信じてねえ、何も教えてすらいねえ連中の癖に!」


 そう乱暴な口調で毒づいたのはラルディである。

 やや短気で猪突猛進の気がある男だが、ボッリの右腕として彼らの中で信頼されていた。


「ボッリ達が潜伏してた盟約会も動いてるでしょうし……、時間の問題ですよ。ここの“鍵”が動かなかったらおしまい……」

「コルネ。気弱になるな。これで世界は変革されるんだ。俺達だけでなく安らぎを求める民衆も救われる。そうだ、俺達にかかっているんだ」

「……兄さん。そう、ですね、もう後には引けないですからね」


 不安な心情を吐露するコルネを、兄であるイザーイが励ました。

 まるで自分自身を勇気づけているようだったが、それでもコルネに気持ちは伝わった。

 すでに仲間の犠牲も払い、各勢力に追われる身、今更他の道など選べるはずもない。


「そうだ。この“鍵”が長き刻を経て動き出すのももうすぐだ。この情報を掴むために我々は晩餐会の組織に潜伏して出し抜いたのだからな。アティラ様をお救い、我らも救われる、その日が来たのだ!」


 高らかに演説を始めたボッリの声が空間に響いた。

 神々の時代に、主神ゼナーとの戦いに敗れ、邪神として扱われる事となった、光と闇の神アティラ。

 その名誉を救い、神を救い、彼ら自身も救われる、それが救済。彼らの所属する本部が任せてくれた壮大なる計画であった。




 ――突如、ピタリとボッリの動きが止まった。


「……まて。……静かに」


 その時、かすかに音が聞こえた。入口側の方から鳴る複数の足音。

 4人はボッリが手を掲げると同時に、即座に臨戦態勢を取った。侵入口である正面の扉を包囲するように散らばり待ち構えた。

 不安を隠すように機嫌の悪そうな声をラルディが上げた。


「冒険者らしき者が4人、か。くそ。……あの傭兵まさかサボってやがるのか?」

「入ってきたら、一斉にやるぞ」


 ボッリの指令に全員が頷き、その時を待った。

 扉が開き侵入者の姿が見えたかどうかというタイミング。


「……あら、歓迎してくれるのね。嬉しいわ」


 1番に侵入したマリアルイゼ目掛けて黒いローブの4人組が同時に襲い掛かった。

 だがマリアルイゼは流れるような武技でその攻撃を苦もなく捌き、最後の1人には反撃の突きまで食らわせた。


「ぐっ!」


 一瞬の交差、一瞬の隙、動作の終わりを狙い打たれたのは位置の関係でたまたま最後の攻撃手になったイザーイであった。

 その代償は右腕。マリアルイゼの槍に貫かれ使い物にならなくなった。


「……でも。でもでもでも? レディに失礼よ、まずはご挨拶が先でしょお? ハロー、はじめましての皆さん。よかったら死んでいって?」


 軽い口調とは裏腹にマリアルイゼのその突き刺すような闘気は味方側のカデュウ達ですら背筋が寒くなる程であった。

 一瞬怯んだ黒いローブ達に、タックの投げナイフが1つ、2つ、5つ、いや、9つ。

 その全てがやや後方に位置していたコルネに向かった。


「ちぃぃ!」


 とっさにコルネの前に立ち塞がり、イザーイは腰から引き抜いた左手の短剣で、ナイフを弾く。1つ、2つ、4つ。

 ――だが利き腕を失ったイザーイにはそれが限界であった。残りのナイフはその身体をもって防ぐ事となる。

 致命傷には至らなかったものの、左腕、左脚、腹部、胸部、と刺さり、そのまま後ろに向かって倒れた。

 1つはコルネの元へ向かうが、それはコルネ自身が弾く。


「兄さん! いま行きます!」


 負傷したイザーイの元へ向かう。イザーイはこの戦いにはもう復帰できない、コルネも兄の手当のために離脱だ。あっという間に戦力の半数が失われた。

 しかしボッリらにとって、若い兄妹はまだまだ半人前。人数の上では半数になったが、戦力としては大差ないとも考えていた。

 ボッリが最大の脅威を睨みつける。マリアルイゼの胴鎧の半身を覆う紅のマント。紅の猫が書かれた、ある傭兵団の紋章旗。


「貴様……。キティアーク副団長、“ハローキリング”か」

「あら、アタシをご存じ? ゾンダを雇っているだけあって傭兵にも詳しいのね。陰気なローブ着てる癖に」

「そういう事か、あのゾンダ・ゼッテが抜かれるわけだ。奴と互角に戦ったと言われるアークリーズが来ていたか」


 ボッリの予想とは違ったが、最悪のパターンよりは遥かにマシな相手だった。まだ、戦いにはなるはずだ、と。時間を稼ぐ事は出来る、と。

 かの“教団”を相手とするよりは、強敵が傭兵1人の、ぱっとしない冒険者達の方が遥かに良い。


「ラルディ、こいつは引き受けた。お前は他の奴を頼む! ――授かりの力コルプス・ヴォルンタス!」


 ボッリの体がうっすらと赤く光った。短縮詠唱による神聖語の行使、聖騎士や神官戦士が得意とする身体能力の強化による光。

 神の加護を授かり、眼前の敵を打ち倒すためのものだ。

 その手に持つロングソードが風音を斬り、マリアルイゼとの攻防へと持ち込んだ。技量では差をつけられているが、身体能力でカバーして戦おうというわけだ。


「おうよ! とっておきを出すぜ!」


 ラルディが手を振りかざす、これは合図であった。魔獣使いによる、魔獣への指示、敵を倒せと、その力を解放し叩き潰せと。

 主に命じられた抑制という我慢を解放された、その魔獣は喜び勇んで姿を現した。

 カデュウ達が入ってきた入口の後、陰になって隠れていた上階側、その魔獣は降り立った。

 咆哮。ヤギ頭を生やした猛獣の咆哮が響き渡る。

 大きな黒いキマイラ。

 だが先程の個体とは大きさが異なり、そして不吉な黒い毛を生やしていた。


 メランキマイラ。古代ミルディアス帝国の時代、魔獣生成に生涯を捧げた魔術師が生み出したという、キマイラの傑作。魔術師が亡き後に野生化し繁殖したと言われている、より強大な力を持つ生物である。

 現れてすぐに飛び掛かる黒いキマイラの前足の一撃を、後衛にいたハクアとカデュウが回避した。彼らも前衛へとなだれ込み、なし崩しで混戦状態へと持ち込まれた。


「あいつが魔獣使いか……、厄介だね」

「そら、よっと!」


 素早く跳躍しながらタックは側面からラルディにナイフを投げつけた。

 意外と軽やかな動きで右に飛んで避けると共に、それでも当たる軌道のものをファルシオンで弾いた。


「うぜえチビだな……」

「ちぇ、結構早いなあのおじさん」

「やれ、メラン!」


 黒いキマイラが動き出す、巨体に見合わぬ俊敏な動きで前足を動かしカデュウを狙う。

 その一撃をかろうじて避けるも、続く攻撃はもう避けれない。左手の剣を盾にして受け流しつつ、あえて後方へと飛ばされ着地時の受け身でその衝撃を中和する。

 左手が痺れていた。距離が離れた事はカデュウにとって幸いであった。

 ほんの少し猶予が出来た事で、タックの援護が黒いキマイラに降り注いだ。

 ――しかし。非力なホビックのナイフでは黒いキマイラの剛皮に傷をつける事が出来なかった。

 苦戦するカデュウ達の元にマリアルイゼも向かいたかったが、身体能力が強化されたボッリは徹底的に時間稼ぎの戦い方で、その妨害をし続ける。


 咆哮。黒いキマイラの咆哮が響き渡る。

 狩りの合図だ。獲物を狩るという合図。

 黒いキマイラの獅子の口が大きく開き、獲物の補足と同時に一気に上下の牙が襲い掛かった。

 狙いは、――ハクア。


 「!!」


 かろうじて跳躍し回避したところに、前足の一撃が叩きつけられる。

 すでに跳躍したハクアに躱す術は残っていなかった。


 ――カデュウがとっさに飛びつくようなタックルで、ハクアを救助していなければ。

 必殺の一撃が回避され、不思議そうに前足を見る黒いキマイラ、まるで虫扱いであった。


 「ありがと、カデュウくん。危ない所だったよ」


 「さっさと蹴散らすんだ、メラン。撃て!」


 意外な粘りをみせる冒険者達の姿にいら立ちを覚えたラルディが、黒いキマイラに、その真の力を解き放てと命じた。

 その魔獣使いの合図によって、黒いキマイラの体が光り出す。

 空間に浮かび上がる魔力と魔術の文様、魔獣による魔術の行使。

 魔獣の中には稀に術を操る者が存在する。通常のキマイラであれば火を吐く程度であるが、この個体は別格のようだ。

 古代ミルディアス帝国の魔術師が生み出した、魔術を操るという個性を授かった強力無比な生物。

 言語を発さずとも浮かぶ文様が魔術語となり、魔術語が組み上げられる。

 混戦状態に見えた今の配置は、黒いローブの者達が外側に分散し囲んでいる。いつの間にか中心にカデュウ達が密集する形となっていた。

 すなわち。魔術による範囲攻撃が可能ということ。


「……まずい! ハクアさん!」

「カデュウくん、ボクの後方に下がって! ボクに任せるんだ!」


 一瞬迷ったが、ハクアの言う事に従いカデュウは後方に跳躍する。

 時を無為にするよりも、手を引いてくれた先達を信じる、それが最善であると。ハクアに浮かぶ表情を見て、そう信じると。

 タックもまた、ラルディへと1本のナイフを投げながらカデュウの方に退避した。

 余計な問答をしている暇はなかった。



「おっと、行かせるかよ」

「モテる女は辛いわね、っと!」


 強化されたボッリは、マリアルイゼを足止めする事に成功していた。

 ロングソードを巧みに振るいマリアルイゼを牽制する。



「くたばれやガキ共!」


 高らかに叫ぶラルディの吠え声と共に、黒いキマイラの魔術が完成する。ヤギ頭とライオン頭の口元に描かれた魔術陣が開き、雷の波動と化して放たれた。


 ――炎纏いし雷フロガ・ケラヴノス

 強力な雷と炎を広範囲に噴出する、殲滅の魔術。

 直撃すれば人間などひとたまりもない。とても耐えきれるものではない。

 黒ローブ達にとっても例外ではなく、後方で回復を行っていたイザーイとコルネを除いた2人がその瞬間に飛びのいた。

 その中心にいたハクアは。回避などする気すら見せなかったハクアは。

 ――微笑をもってその雷炎を迎えた。


 ハクアのかざした手の、その指が。狂猛なる魔術に触れた時、その雷炎は。

 ――霧散した。

 その動きは踊るように、曲を奏でるかのように舞い。


 白い髪の少女のその指は、魔術を“解除”した。


「雷は水に、戻り戻りて、水は炎に。相いなれば剋つ、循環の則」


 続けて詠唱。

 魔術には必ず核となる魔術式が存在し、その式を解体すれば魔術による現象もまた消え去る。

 そして、その場の環境を利用する、充満していた魔力を操る即興魔術。

 その美しい光景に戦いのさなかのボッリもまた、声を上げた。


「……あの魔術を防いだ? いや、まさか……? “鍵言術”!?」


 廻る。踊る。舞い描く。

 霧散する魔力を編み上げるように、その指先に纏い――。

 ――その纏った魔力を術として“再構築”した。


「迷い迷いし魔の力、巡り廻りて因果の法、ここに“構解の式”は成る」

「――術言の応報・水の因果イラ・トゥルーキィ・アクア・ハスタ!!」


 キマイラが魔術文様を浮かべていたその空間から、今度はキマイラに向けて。ハクアが編みなおした魔術語トゥルーキィが放たれた。

 雷は生まれ出でる前の水へと戻り、水は神速の槍となって黒いキマイラに降り注ぐ。

 発生した位置はキマイラが術式を放ったその顔付近。

 とても回避が間に合う状況ではなかった。


 高速で射出された無数の水の槍はたやすくその硬い皮を貫き、ヤギのような断末魔の叫びをあげて黒いキマイラは崩れ落ちた。


「ひゅぅー! さっすがハクア!」

「凄い……!」


 術式の解体だけでも特異中の特異といえるもの、さらに魔力の編集、そして再構成。

 術への干渉で術の力を減退させたり防いだりする魔力防御スペルセービングという特殊技術もあるにはあるが、明らかにそういうレベルではなかった。


「馬鹿な……、メランキマイラだぞ? あいつの術が防がれただけでなく、倒されただと……」


 衝撃の光景にラルディは我を忘れて動きが止まった。



 それはボッリにとっても想定外であった。一瞬の、見せてはいけない隙。

 ハクアの方に気を取られたその時、すぐに気づきとっさに身体を捻ったが、マリアルイゼの槍が脇腹に突き刺さった。


「……がはっ!」

「ダメよ。まったく、ダメね。浮気は良くないわよ」


 すぐに繰り出される槍の連撃、ボッリは致命傷こそ避けているものの、少しずつ傷が増えていた。

 


 その時カデュウが。ふと、後ろに気配を感じ振り向いた。

 邪神アティラの神聖紋が描かれた布の上、そこに意識を失っている少年の姿があった。

 生贄……!? カデュウがそう考えたのも無理からぬ事だ。

 助けなくては。そう思ったのも当然の事だ。




 ――同刻。

 黄金色に彩られし世界の刻。光と闇の境目たる黄昏時。

 遥かなるはじまりの民が曰く、逢魔が時。

 パネ・ラミデの頂点部の部屋で、とある女性が儀式を始めようとしていた。

 夢現の顕現者。“幻想”の名で呼ばれるもの。

 その絶世の美女は見えざるナニカを見つめ呟いた。


「そろそろ頃合い、ね。待ちわびた事でしょう、忘れ去られた扉よ」


 輝きを放つ幻想の粒が舞い、溶けるように消えていく。

 幻想的な淡い光が紋様を描き、部屋だけではなく外部にも広がる巨大な陣が形成された。


「星は謳い、幻想が満ちる。魔と精霊が躍る、その刻」

「失われし悠久口伝の門、はじまりの道。地を創りたる神なる世の贈り物」

「幻想を以って真なる流れを取り戻せ、原初の旅ポルタカムアよ」


 巨大な陣が、儚い光を放つ。淡い淡い、この世ならざる不思議な光。


「輝き。光。幻想。灰は蘇る、その色を取り戻して」


 “星の幻想”。それは、世界に積もりし幻想をすくう、人ならざるものの呼び名。


「――夢と幻想の物語フェアリーテイル・ファンタジア


 世界が稼働する。

 幻想を道標に、封印されていた遺跡は動き出す。

 かつて与えられし役目を果たすために。

 大きな物音をたてて、眠りについていた神の遺産が動き出す。堰き止められていた膨大な力によって。


「――原初の輝き。私の知らぬ、その喜び。だけど、ええ。その幻想は果たされた。あとは、お友達に委ねましょう。物語は、我らが決めるものではないのだから」

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