13話 キマイラがあらわれた

 やや縦に伸びた隊列は側面攻撃に弱い。

 これが普通のパーティならばその通りだったかもしれない。

 だが。この場には。普通ではない者たちがいた。

 前衛と後衛を務める2人の傭兵、クラデルフィア大陸に数ある傭兵団の中でも屈指の勢力として数えられるキティアーク傭兵団。その団長と副長がいた。

 彼女達は魔獣の姿を視認する以前から即座に動き出し前衛となる位置に大きく飛び出す。

 カデュウは遊撃役として2列目に、ハクアとタックは後方からの支援の体制を取る。

 側面攻撃をされたはずが、すぐさまに5人同時の迎撃態勢へと移った。


「……あの姿はキマイラだね! それも3頭! その後方にブラックコング5頭!」

「この森でキマイラ!? いやいや、おかしいよ!」


 キマイラ。キメラと呼ばれる事もあるこの魔獣のその強さは誰もが知るところ。

 獅子の頭と蛇の尻尾に背中のヤギの頭が特徴的なこの生物は、1頭で冒険者複数を相手に出来る程の脅威なのだ。

 その起源ははっきりしておらず、古代の魔術師によって合成されたとも、ミルディアス帝国以前の神王時代に魔獣王テリオンによって生み出されたとも、あるいは魔物の神によって生み出されたとも。

 また、ブラックコングはこの森で遭遇報告のある中では、強敵とされる黒い大型の猿だ。こちらは1頭ずつならそこまで問題はないが、何しろ数が多い。

 これらを同時に相手にするのはよほどの猛者でなければ厳しい。

 キマイラ3匹の時点で、ベテラン冒険者でも逃げの一手であろう。


「これは、魔獣使いの線が当たりかな。ボクが以前来た時にキマイラなんていなかった、噂でも聞いたことがない」

「ハクア達は落ち着いて出来る事をやんな。私らはとりあえずデカブツ2頭を片付けるよ。……心配するな、お前らが持て余すようなら後でいくさ」


 キマイラ2頭はそれぞれが前衛の傭兵組に飛び掛かった。

 ――その直後。アークリーズの大剣がすでにキマイラを両断していた。

 剛にして速。この偉大なる傭兵は、ベテラン冒険者が複数人で戦うべき魔獣を、ただの一振りで絶命させた。

 もう1頭のキマイラもまた、マリアルイゼの槍によって貫かれていた。無駄のないその動きは的確に急所を突いたのだ。

 ――強い、圧倒的に。笑いすらこみ上げてくる。

 そのおかげでカデュウは、はじめての大物相手でも気楽になれた。


「こっちにきたか……。カデュウくんを支援するよ。タックは適当に何かよろしくっ」


 カデュウはその時すでに側面に回っていた。残り1頭のキマイラがハクアの側に近寄ってきていたからだ。

 新人冒険者がキマイラと戦うなど無茶な話だ。無茶はしない、無茶はしたくない。だけど。これは――。

 その時、カデュウの姿を視界に入れる前に、キマイラは瞬く間に片付けられた2匹の仲間の鳴き声と最期を知り、戸惑った。

 だからだろう、素早く近づくカデュウに、キマイラは気付かない。気付けなかった。

 カデュウは絶妙のタイミングでキマイラの背にしがみつき、背に生えるヤギ頭を目掛けて、カデュウの剣が振るわれた。


「……っ! 硬い……っ!」


 しかし、キマイラの首を少し深めに斬ったに過ぎず、キマイラは暴れ出す。

 ヤギのような鳴き声と獅子の咆哮が混ざった、怒りの声。

 ヤギの頭がカデュウを振り落とそうと噛みつきに来る。それをしがみつく角度を変えて避けるカデュウ。


「木漏れの光は輝きて、輝きは命を絶つ光なり。――砥ぎし光輝フォス・サイフォス


 その時、後方に下がったハクアの口から魔術語トゥルーキィが発せられた。

 カデュウの剣が光り輝く、魔力が伝わってくる。ハクアの付与魔術である事は即座に理解した。


「僕は投擲とうてきも得意なんだよ、っと!」


 タックが投げた数本のナイフがキマイラのライオン側の目に突き刺さった。

 ヤギ頭の禍々しい悲鳴が響き渡る。


「うしっ、いまだよ!」


 痛みで暴れるキマイラに振り落とされないように首にしがみつき、タックの合図で一気にヤギ頭の前に移動したカデュウ。

 ヤギ頭の口から上に向け剣を突き上げ、即座に引き抜いて逆手の剣で目から後頭部まで突き刺した。

 ヤギ頭の上げようとした断末魔が途切れ途切れに発せられる、頭部をズタズタにされすでに満足に鳴く事も出来なくなっていた。

 キマイラの身体が崩れ落ちる。カデュウは背から飛び降りて、荒い呼吸をしながらも油断なく倒れたキマイラと他の全体の戦場を視野にいれた。

 先程のキマイラは動かない。倒せた、らしい。安堵してへたり込みたいところだがまだ戦いは……。

 残りのブラックコングは――。カデュウが見渡したその時には、もう生きている個体は残っていなかった。

 緊張の糸が切れる。心と視線で注意は払いつつも、身体は弛緩を求めていた。




「あいつらの練習用にちょっと残しといた方がよかったかな?」

「ダメよ、まだ先があるし。アタシ達は護衛の仕事をしなきゃね」


 さすがに余裕がある傭兵の2人は、冒険者達の訓練も考えてくれていたらしい。

 ありがたいやら厳しいやら、カデュウは心の中で勘弁してほしいと思っていた。


「さっすが、キティアーク傭兵団。頼りになるよ。カデュウくんも良く頑張ってくれたね」

新人冒険者ヌーヴォでキマイラをハントするなんて凄いじぇ! ベテランでも手を焼く魔獣だよアレは」


 後方支援組のハクアとタックがカデュウの傍に近寄って明るい声で、カデュウの奮闘を祝福していた。

 呼吸が乱れながらも、なんとか声を発しようと、カデュウは返事をした。


「必死でした、皆さんの支援があってこそですよ。僕1人じゃとても勝てなかった……」

「うむ、タック先輩の偉大な貢献を噛みしめ尊敬するのじゃぞ。しかし今のは危なかった、僕らのパーティだけじゃ逃げるしかなかったね、ハクア」

「ああ……。あれ程の魔獣を操れるとしたら、かなりの実力者だ。そんな奴らが遺跡で何かをしようとしている、まあ間違いなく善行ではないだろう」


 キマイラを複数操れるほどの相手、その脅威を感じるハクアに、アークリーズは心配するなと言わんばかりの軽い調子で返した。


「すでに村や冒険者達に迷惑がかかってるしな、無論私達にも。まったく困ったものだ」

「相手の狙いははっきりとはわからないが……。ボクの知るアレが。“鍵”が関わっているのだとしたら……、ボク達が阻止するしかないね」

「ハクアさん、“鍵”って、何ですか?」


 一瞬その場が静まり返った。

 その反応で、とても重大な案件なのだなとカデュウは察する事が出来た。


「……んー、仕方ないか。ここまで来て説明しないというのも危ないかもしれない。今から話す事は、他の人に言っちゃだめだよ、カデュウくん」


 こくり、と頷く。カデュウには最初に感じた神秘的な雰囲気が、ハクアに戻ってきたような気がした。


「“鍵”とは。古の時代に生み出された神々の遺産。法則すらも変容させられる“世界の鍵”。……簡単に言えば、物凄く強力なモノだって理解しておけばいいかな。その“鍵”の種類にもよるんだけどさ、大したこと出来ないのも中にはあるし」

「そんな危険なモノが目当てだとしたら、よほど世界の裏に精通している連中だって事だね。魔獣やらアンデッドやらを使役するってだけでもう真っ黒そうだし」


 タックの言葉にハクアも同意する。


「ああ、そうだねタック。そしてそれは、ボクが旅をする目的でもある。危険極まりないが、かの遺跡に詳しいボクが行かざるを得ないね」

「戻って応援を頼もうにも、ベテラン勢は不在だったり、魔獣退治で手一杯だったり。……何よりも、教えてはいけないモノかもしれない。説明しないと、村の窮地を救う方が先だって言われちゃうし、でも説明は出来ないし。面倒だね、ハクア」

「そうなんだよね。知っている冒険者も中にはいるかもしれないが……、“鍵”を知る者は口を閉ざしているんだ。事故が起きたり悪用されたりすると、どんな厄災になるか想像もつかないからね」


 かつて、実際に起きた事もあるのであろう。歴史の裏で、そうした厄災が起きていても何も不思議はない。


「この件が他の人間、冒険者などに知られたら、欲望に駆られて暴走する事は目に見えるというのもあるが。……何よりも、カデュウくんが危険なんだ」


 世界の鍵。危険。その言葉は以前、定期船の船室で聞いた事がある。

 もちろんソレ自体も扱いを間違えれば、危険なのだろう。が、ハクアの言いたい事はそういうものではなかった。


「この世には、不用意に“鍵”に関わる者を処分していくっていう怖い怖い黒幕が存在するからね。“聖なる闇”教団、サンタブイオという。古き時代の危険物を回収して集めている奴らだ」

「……何のために、集めているんですか?」

「さてね。ボクにはそこまではわからない。わかるのは、その秘密を守りそれを集めるための手段は、選ばないって事ぐらいだね」


 目的、それを使って何を企むのか。そうしたカデュウの疑問に、ハクアははっきりとした答えを返せなかった。


「“鍵”の事を人に言ってはいけないよ。それがカデュウくんのためでもあり、他の人のためでもある」


 ハクアのその真剣な口調から伝わってくるもので危険性は十分伺えた。

 なるほど、そのような凄いモノが残っているのなら、どこかの野心ある国が悪用しそうなものだが、カデュウはそういった話は聞いた事がなかった。

 もしかしたら悪用を企んだ者達もいるのだろうが、そういった者たちは処分されてきたのかもしれない。その教団がいつから存在するのかは知らないが、これもまた裏の歴史なのだろう。


「やれやれ、またアレかい。私ら戦争屋なんだけどねえ、なんだってそんな魔術の領域みたいのに因縁があるんだが」

「ふふふ。ボクを助けた時点でそうなる運命だったのかもね。何にせよアーク達がいてくれて運が良かったよ、ボクらだけじゃ危なかった」

「いいんじゃない団長? 暇つぶしの護衛だったけど、盛り上がってきたじゃない?」


 どうやらアークリーズ達は以前に“鍵”の案件に関わった事があるらしい、ハクア絡みなのだろうが。


「そうだな。少しは手応えがありそうだな、そこヤギ猫や猿共よりはな」

「おっと、素材の採取の仕事もあるんだった。……確か、丁度この辺だから休憩がてらにやってしまおうか。カデュウくん、タック、行くよ」


 うっかり元々の依頼を忘れそうになっていた、ハクアに言われなければカデュウも気が付かなかっただろう。


「ラミディアの花、でしたっけ。僕、どんな花なのかわからないですよハクアさん」

「ああ、そうか。水色のようなうっすらと赤みがあるような、そんな感じの花を見つけたら教えてね、カデュウくん」

「やれやれ……、こっちはやりがいのない仕事だな……」


 素材採集という仕事に嘆くアークリーズであったが、冒険者としては依頼をやらないわけにはいかない。

 幸い、花は付近ですぐに見つかった。タックのおかげであった。


「この花は食べられるものじゃないから、残ってたんだろうね。そのままかじると危ないんだよ」


 というハクアの解説と共に、皆で休憩の準備を進めていた。

 血や獣の刺激臭が入り混じって大変臭かったので、タックが香草を焚いて中和した。

 キマイラは持ち歩いて支障のない軽い素材のみを回収した際に、少々解体したせいも大きいだろう。

 そしてカデュウが浄化魔術を使い、全員の血と臭いを消し去った。余計な敵を引き付けてしまわないように。

 キマイラやコングの肉は筋肉質で筋張ってて食用に向かない。なので調理はせずそのまま自然に返しておくようだ。

 それでもやはり近場に座っていては臭いし気分も台無しなので、離れた位置で簡易キャンプを準備した。

 持参した干し肉とパンを食べ、そして片付け、一行は再び遺跡へと歩き出した。

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