11話 星の幻想

 宿へと戻る帰り道。夕日が沈みつつあった。

 空が黄昏の光を放つ頃。光と闇が入れ替わる境目。

 古なる神話の時代に災厄と魔物の神バスコが躍動したとされる黄金の時。

 遥かなるはじまりの民が曰く、逢魔が時。


 ――1人の女性。人。

 ――人にしてはあまりにも。

 ――仄かな光を纏っているかのようであった。

 ――夕焼けに彩られる黄金色のような、星々に彩られる夜空のような。

 ――その人物を一言で表すならば。

 ――“幻想”。そう呼ぶのが相応しい。


 魅入られぬものがいるのだろうか。美というものの体現のようだった。

 しかしてそれは、魅入られて良いものなのだろうか。

 幻想的な輝きを放つ黄金色の長い髪を持つ女性は、ハクア達の前に現れ立ち塞がった。


「……ルチア。そうだったね、キミがいるはずだった。いないはずがなかった」

「しばらくぶり、ハクアージュ。歓迎は楽しんでいただけた?」


 歓迎? カデュウには何のことだかわからなかったが、ハクアはそうではなかったようだ。

 この2人、どうやら知り合いのようだった。


「ああ、おかげさまでね。最近は海賊も始めたのかい?」

「私がはじめるものはいつだっておとぎ話。おわかりでしょう?」


 ルチアと呼ばれたその女性は不思議な返事をもってハクアに答えた。

 海賊。あの定期船で出会った海賊、それも恐らくはあの勝手に海に沈んでいった異様な3人の事だろうと推察する。


「それで? かの“星の幻想”アステル・ファンタジアがボク如きになんの御用かな」

「如きだなんて、ご謙遜。私のお友達にご挨拶。新しい子にも、ね」


 ルチアがカデュウの方を向いた。顔と顔が向き合い。

 幻想的なまでに美しい、その眼を。見てしまった。奥底に世界を宿すような、その昏き金の眼を。


「……え?」

「はじめまして、新人さん」


 その眼を、ルチアの眼を見たからだろうか。

 不思議な情景が浮かんでくる。次々と。どこかのどかな、どこか惹きつけられる、どこか殺伐とした、どこか幻想的な――。


「あ、はい。……はじめまして。カデュウと申します、この度は不束者ですがよろしくお願い致します……?」


 突然の事で混乱し、変な事を言い出した。

 絶世の美女、という影響があるのかはわからない。惑わされ隙をつかれたかのようだった。

 何かが。この人は、何かが異質だ。


「ふふふ。良く出来ました」

「お忙しい中、わざわざウチの新人君をいじめに来たのかいルチア? キミの友達になったのも初耳だが」


 ハクアが言葉で割って入り、勇敢なる小さき者が前に出た。

 タックは冗談めかしたいつもの調子で語りかける。


「不思議な美しいお嬢さん、申し訳ないね。これから宿に帰るところなんだ。楽しい話をしているところだろうけど、この辺りでいいかい?」

「ええ勿論。ホブ・ポックル・フロープ。正義の仮面を探すもの。私の挨拶は終わり。それでは、良き幻想を」


 構えこそとっていないが、ハクアは警戒を解かない。

 ルチアが別れ際の挨拶をしても尚、にらむでもなく静かに見つめていた。


「――世界は、幻想に満ちている」


 その言葉を残して。幻想の美女は、自然すぎる程に自然に立ち去った。

 溶け込むように、消え去るように。周囲の誰もその美女を気にすることはなかった。不思議なほどに、自然に。


「……やれやれ。厄介な奴に出会ったなあ。今回の件、まさかアイツの仕業じゃあないだろうな」

「……あの人は?」


 ようやく警戒が解けたハクアに、カデュウが質問する。


「あいつの名はルチア。“幻想”の呼び名で世界の裏に潜む、歩く災厄みたいな奴さ。あいつと関わっちゃいけないよ」

「ふいー。どっと疲れが出たじぇ……。早く宿に帰ろー……」


 タックのくたびれた声、皆も同じ気分だったのだろう、一行は口数少なく宿へと向かった。

 黄昏の時は過ぎ去り、暗き静寂の時刻へと変わる。

 魔術師リィの宿についた時には、周囲が暗くなっていた。宿の中に入ると不思議と落ち着いていくのであった。


 「おかえりなさい、もう少しで夕食ですよ、少々お待ちくださいね」


 リィールの明るい声に皆もにっこりと笑う。そう聞くと良い香りがしてきた。香草と魚の焼ける匂いが食欲をそそる。

 満足な夕食を取り、3人ともにすぐに眠りにつくのであった。

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