10話 キティアーク傭兵団

 都市の外れ、雰囲気や人々の風貌から見て、治安があまりよろしくなさそうな一角にハクア達は来ていた。

 視界の先にあるのは、猫の像が飾られ、紅を基調にした色合いの旗が掲げられていた建物。

 軍隊の施設にも見えるが、その割には女性の姿が多く、武装している人も軍人というよりは……。


「……もしかして傭兵、ですか?」

「うん。キティアーク傭兵団という、大陸屈指の傭兵部隊だ。その特徴は幹部全員が女性……、いや全員ではなかったが。似たようなものだ、多分」


 傭兵。端的に言えば、戦闘が専門の冒険者のようなものだが、彼らは冒険者ではない。

 傭兵ギルドというものがあるにはあるが、基本的に傭兵団に所属し、その傭兵団のルールが全てとなる。

 国同士の戦争等で雇われ、戦場を駆け巡る武力集団だ。


「戦いが目に見えているなら、戦いの専門家をってね」

「なるほどね。臨時の戦力なら、冒険者である必要はないわけだ」


 納得がいった表情と腕組みで、タックは頷いた。

 そういえば人は何故よく腕を組むのだろうか。激しくどうでもいい考えがカデュウの脳内を走る。

 傭兵団の拠点となっている入口の門に近づくと、門番と思われる女性が少し離れた位置から、警告も兼ねているのだろう、向こうから話しかけてきた。


「ここはキティーアーク傭兵団の拠点です。冒険者とお見受けいたしますが、何か用でしょうか?」


 意外にもぶっきらぼうではない正常な対応をされて、逆に驚いた。

 傭兵のイメージではもっとこう乱暴な感じなのかなとカデュウは思っていたからだ。

 幹部のほとんどが女性という話だったので、その辺り、一般人が想像する歴戦のおじさんだらけの傭兵団とはまた毛色が違うのかもしれない。


「ええ、依頼があります。アークリーズ団長にお伝えして頂けますか」

「いいでしょう。……そうね、ついてきてください。客人としてご案内致します」


 ハクア達を一瞥し、問題はないと判断したのか、はたまたいつでも処分できると判断したのか、あっさりと団長の居場所への案内を引き受けた。

 門番だった女性が指で合図する、するとすぐに他の者が門番を代行する配置についた。

 道すがら、視線を集めている事を感じるが、特に干渉はしてこない。恐らく規律が取れているという事なのだろう。

 門をくぐった中は、といっても街の中ではあるので同じような建物が多いのだが、訓練場や鍛冶場など、それらしき設備も確認できた。

 鍛冶場で武具の手入れをしている団員の姿が目に映る。

 訓練場では山のように大きい幹部らしき人……恐らく一応女性? の人間? が団員複数を相手に稽古をつけていた。

 端側とはいえ街中にそれなりの施設を確保出来ているのはカデュウにとって驚きであった。訓練場のあの大きな人も別の意味で驚きではあったが。

 団の旗が掲げられた大きめの建物の中に入り、案内役の女性は奥のドアの前で立ち止まる。


「団長、客人です。依頼があると言っております」

「……ご苦労。通せ」


 案内をしてくれた女性団員からの報告に、奥から声が返ってきた。静かであったが、よく通る声だ。

 案内の女性は無言ながら、どうぞ、という風な丁寧な手ぶりで入室を促してきた。

 許可を貰ったのでハクアが先頭になりドアを開けて中に入る。

 部屋の奥に座る紅色のマントに風格のある金属鎧を身に着けた長身の女性。

 その人物が団長なのだろう。長机のある部屋だが、他の人物の姿はなかった。

 力強くも端麗なその姿は、女性剣士のイメージそのものといった存在であった。

 最初こそ厳しげな表情をしていたが、ハクアの挨拶によってその顔つきが崩れた。


「久しぶりだね、アークリーズ」

「ハクア、元気にしてたか? 大きく……なってないな。前にあった時とあまり変わらないなお前は」

「大きなお世話だよ!」


 アークリーズが手ぶりで着席の合図を行った。それに従いハクア達は椅子に座る。

 チーク材の椅子で丸みのあるデザインに、座面に布がつけられ綿の入った座り心地の良いものだった。

 部屋にも中々のものを揃えているようで、中央の長机もチーク材の丁寧に掘り込まれた紋章が映えている。

 ……なんだか猫の置物があちこちにあるのが気になるが。

 アークリーズはハクアの元からタックやカデュウへと視線が移り……、いや、その視線はカデュウの位置で止まった。

 何故か驚くように見つめられている。カデュウがそう思った時、慌てたようにその視線が外れた。


「……ん、それで。依頼があると言ったな? お前の事だから戦争じゃないのだろうが」

「あいにく戦争を依頼する冒険者なんて、お目にかかった事がないね。実は戦力に困っていてね、僕らの護衛として2~3人雇いたいんだけど、手は空いてるかな?」

「ああ、残念ながら今は戦場のお仕事に呼ばれてなくてな。こうして暇を持て余してる。少しは面白そうな話なのか?」


 手は空いているから面白そうなら引き受けても良い、アークリーズはそういったニュアンスでハクアに聞き返した。


「ファナキア北部の遺跡調査の護衛なんだけど、どうも道中に魔獣がいたり遺跡付近にはアンデッドがその魔獣を追い出すぐらいに暴れまわってるらしくてね。ボクらじゃ手に負えそうもないんだが、冒険者を雇おうにもその魔獣退治に人手が取られててさ」


 考える姿勢で腕組みをして、アークリーズが少し目を瞑った後、すぐに再び目を開きそのよく通る声を上げた。


「それで傭兵のところにきた、か……。ミレーヌ! 入ってこい!」


 その合図によって、眼鏡をかけた女性が脇のドアから現れ一礼をした。

 ミレーヌと呼ばれたその女性は、ほどほどに長めの栗色の髪で、大人しそうな容貌をしている。

 その落ち着きのある服装は傭兵というより、神官や学者のような印象を受けるが身体つきは女性らしいものであった。


「何か仕事が入りそうな気配はあるか?」

「近隣国ではそのような気配はございません。北方のマーニャ地方中部フェイタル帝国に軍事行動の前兆があります。……ですがハクアさんの案件は、多く見積もっても数日程度で終わると思われますので支障はないでしょう」


 一端、そこで区切ってからミレーヌはまた淡々と語りだす。


「また南ミルディアス地方クレメンス連合も動く様子はございません。西方のロメディア半島方面では戦乱が続いていますが、隣国ガルフリート王国は平和でありますし、戦地自体が少々遠いため、我々に声をかけてくる可能性は低いかと」


 すらすらと淀みなく情報を羅列していく。

 よく通る声も相まってクールで知性的な女性、という印象を与えていた。


「や、ミレーヌ。お久しぶり」

「ハクアさん、お久しぶりです。あ、お茶持ってきますね~。ごゆっくりしていってください」


 ハクアが挨拶した途端、素に戻ったのかミレーヌは打って変わって柔らかい雰囲気と表情に変貌する。

 宣言通りお茶を淹れるのだろう、そのまま元来たドアを開き、奥に戻っていった。


「……とまあ、うちの秘書官が言うには、特に仕事がないから暇つぶしの出稼ぎに行ってこいって事らしい」

「来てくれるのかい! ありがとうアーク! キミがいれば万全だよ!」


 なんでも屋の冒険者と違い、傭兵は戦いが仕事だ。

 その訓練も実戦経験も、冒険者の比ではない。

 個人差は当然あるし、その経験は対人が主体ではあるのだが、こと戦いに関しては冒険者よりもずっと強いと考えていいだろう。

 まして大陸屈指の傭兵団の団長ともなれば……。

 ハクアが手放しで喜ぶのも当然だ。


「あの意地っ張りで可愛いハクアのお頼みだ、たまにゃ冒険者の真似事もいいだろう。……これがそこらのオッサンだったら暇つぶしでもやらないぞ」

「意地っ張りは余計だよ!」


 とても仲が良さそうだ。先程の女性もそうだったが、ハクアと2人は昔からの親友のような間柄なのかな、とカデュウは思う。


「2~3人って話だが。ま、戦力的にはうちの奴が後1人もいれば十分だろ。……おい! マリアを呼んで来い!」


 入口の扉の外側から走っていく足音が響いた。アークリーズの命令を聞き団員が動いたのだろう、少しの時をあけてそのドアが開く。


「何かしら団長? ……あら、ハクアじゃない。そちらのかわいいボウヤを手籠めにしたの?」


 そう話しかけてきた人物は、――強烈な外見をしていた。

 女性的な鎧とスカート、鍛え抜かれた肉体美、そして顎鬚を剃った後。

 その口調、その恰好、その異様。――つまり女装をしたオッサンだった。


「や、やあ、マリアルイゼ。相変わらず、強烈だね。あと手籠め言うな? 新人冒険者を預かってるだけだよ」

「あら、そうなの? 若い燕を囲っているのかと思ったわ。……アタシが囲ってもいいのよボウヤ?」

「こらこらこら。……若い子をいじめるんじゃない。お前みたいなのに迫られたら怖いだろ」


 いきなり振られてどうしたらいいかと慌てていた所、アークリーズから助けが入った。

 まだ慣れてない相手というのもあって、どう返したらいいのかわからなかったカデュウは心の中で感謝していた。

 ところで若い燕ってハクアも十分若いので年齢的には似たようなものなのでは、という余計な考えと共に。


「もちろん冗談よ。アタシの好みとは違うしねぇ? 悪かったわねボウヤ?」

「まったくお前は……。それより、暇つぶしにハクア達の護衛に雇われる事になった。ついてくるか、マリア?」

「ふぅん、良いわよ。相変わらずかわいい子には過保護ねぇ団長、男の子の方にも過保護になっちゃったの?」

「モテる男は辛いじぇ……」

「あら、アタシの相手してくれるの貴方?」

「の、のーせんきゅーで……ガクガクブルブル」


 キリッ、っと格好つけたかと思ったら小動物のように怯えだすタック。

 その反応を見たマリアルイゼは呆れ顔で呟いた。


「だから冗談よ、アタシの好みじゃないのよ、怯えないで頂戴? アタシの鋼のメンタルが傷つくわぁ」

「ふふ。やれやれ。頼もしいことで」


 その冗談のやり取りにハクアは呆れながらも少し笑顔を見せた。

 アークリーズも雑談を楽しんではいたのだが、団長として話をまとめにかかる。


「これで手続きと面通しは終わったな。集合場所は北門の防壁の辺りでいいだろう。話は終わったが、そろそろミレーヌが茶を淹れて戻ってくるだろう、せっかくだからもう少しゆっくりしていけ」

「アタシはキャニーに部隊訓練の引継ぎ頼んでくるわ。残念ながら途中から来たアタシの分のお茶はないでしょうしね? じゃハクアとボウヤ達、また明日会いましょう」


 そう伝えると、マリアルイゼは反対側を向き、そのまま外に歩き出した。

 部屋からマリアルイゼが居なくなって少しという、タイミングで丁度ミレーヌがお茶を淹れ戻ってきた。


「お待たせしましたー、紅茶とスコーンもってきましたよー」

「ありがとミレーヌ。へえ、このスコーン自作かい?」

「そうなんですよ、ハクアさん。丁度焼いてたとこでして。運が良かったですね!」


 喋りながらミレーヌがてきぱきと席に座る者たちに茶とスコーンを配っていった。

 カデュウはその紅茶の香りを楽しみ、少量を口にした。


「……ん。渋みがなく澄んだ香りと透き通った味がします。良い茶葉を使ってますね。ミレーヌさん、これはどちらのものなんです?」

「あ、わかっていただけるとは嬉しいですね。飛竜諸島の上物なんですよ、ポラリス庭園商会ってとこが制作販売しているんですが」

「カデュウくん、紅茶も詳しいんだね。ああ、でも。ボクでも美味しいってのはよくわかるよ」


 深く味わっているのか、ゆっくりとした落ち着いた、それでいて満足げな表情でハクアは微笑んだ。

 その意見にタックも追随する。


「僕らが普段飲む安物とは全然違うね。お高いものは格が違いますなあ。でりーしゃすでございますぞ」

「……タック先輩はデリシャスとぉぅぃぇしか言えないんですか?」

「カデュウ後輩。男には、やらなければならない時があるんだじぇ……」


 語彙はともかくタックもまた紅茶を美味しく飲んでいるようであった。

 紅茶も庶民向けのお安いものは、低品質の茶葉が用いられており、濃度を上げる事でそれらしく誤魔化している場合が多い。

 そうした紅茶は、雑味渋みが多く、紅茶本来の味が生かされていないのだ。

 また貴族が用いた使用済みの茶葉を引き取って、再度使うケースもあった。

 とはいえ庶民層でも気軽に飲めるようになった事には、そうしたある種の努力も背景にあったのだろう。

 リーズナブルに提供するためにはやむを得ないのかもしれない。


「高いものだったのか、ミレーヌ……? いつも無意識に飲んでいたが……」

「これはお客様用の特別な銘柄ですが、普段のもお手頃ながら味が良いものを選んでるんですよ? もう、団長ってば」


 溜息と共にミレーヌはがっくりした表情を見せた。

 アークリーズも気まずそうにしながら紅茶を口に注ぐ。

 そして話題を変えるように、アークリーズは傭兵分野の話を切り出した。


「しかしポラリス庭園商会だと? 戦場で聞いた名だが、あいつら傭兵じゃなかったのか?」

「色々な分野の人材が所属しているなんでも屋ですね。あちらの会計役ジョーバンさんと会った時、おすすめのお茶ですって紹介されまして。結構お高いな~と思ってましたが、飲んでみたらこれが良心価格の高品質でした」


 仲が悪くない傭兵団同士では交流が生まれる事もある。

 会計と秘書、立場が近い事でミレーヌも他所の団員と話が合ったのだろう。

 戦場で敵同士にならなければ、傭兵団同士が敵対する理由もない、こうした交流は特に珍しいものではないのだ。何らかの因縁があれば別なのだが。

 アークリーズも当然咎める事はなく、紅茶を口にした。


「ほう。確かに飲みやすいな」

「いやー、ミレーヌの紅茶も懐かしいな。アークのとこで世話になった時の事を思い出すよ」

「ハクアがまだ10歳ぐらいのチビだった頃か、ほっといたら野垂れ死んでそうだったしな」


 感慨深い表情で優し気な目をするアークリーズ。

 ハクアもお茶菓子を食べながら笑顔で答えた。


「ああ、感謝してる。ふふふ、おかげでこんなバランスの悪いパーティにも出会えた」

「ぶーぶー。僕は出来るホビックだよ!」

「僕がなんとか頑張らないといけませんね」


 ちょっと真面目な顔でガッツボーズのように両手を握るカデュウ。


「こらこら、さりげなく先輩を信じてないな? 偉大なるタック先輩を信じなさい、信じるものは救われないぞ? まったくもー、ぷんぷん」

「そこは救ってくださいよ、偉大なるタック先輩」


 小さく笑い声が響く、アークリーズがご機嫌な顔でカデュウ達に語り掛けた。


「面白い奴らだ。面白いってのは大事だぞ? つまらない人間にはつまらない生き方しかないからな」

「はは。傭兵らしい意見だね、冒険者らしくもあるけど」

「どちらにせよアウトローだな、ハクア。つまらない奴が聞いたら、さぞつまらない顔をするだろう」


 歓談が終わり、かくして強力な護衛を雇う事に成功したハクア達は傭兵団の拠点を出て宿へと向かう。明日の準備の支度をしなくてはならない。

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