7話 冒険者ギルド本部

「お嬢さんがた、失礼。通らせて頂きますよ」


 優しく告げたその男は、美しい装飾が施された騎士風の銀の鎧に負けず、凛々しく端正な顔立ちに意志の強い眼をしていた。

 礼儀正しく上品なその振る舞いは、鎧と相まって物語に登場する理想の騎士のようであった。

 腰に下げた豪華な模様の剣は鞘に収まりながらもただならぬ気配を感じさせる、カデュウの知識では断言は出来ないが恐らくはマジックアイテム、魔剣聖剣の類に思えた。


「あ、これはすみません、入り口で話し込んでしまいまし……た?」

「まったくもー、話長いよ。……ん?」


 タックがその人物の容貌と鎧を見て、小さく声を上げた。


「……あの人は。……まさかヌルディ?」


 ほぼ同時に、酒場のあちこちから少しずつ声が、その銀の鎧の騎士風の人物に向けた憧れと賞賛の歓声が広まっている。


「おい、あの“吟遊聖騎士”だ」

「“吟遊聖騎士”ヌルディ……!こいつは大物が来たな」


 酒場全体がざわついている。

 冒険者ギルド本部の酒場に居る大多数の注目が銀の鎧の騎士風の人物に集中していた。

 これが英雄というものか。

 この人物が誰なのかはカデュウは知らないのだが、それでも直感と周囲の歓声で把握できる。


「あの人が……噂の“吟遊聖騎士”なのかい?」

「ああ、間違いない。叙事詩に謳われる通りの風貌。見ただけでわかる風格。2つ星冒険者ドッピエッタの“吟遊聖騎士”ヌルディだね」

「なんていうか、……一流のオーラみたいなものを感じますね。凄く強そうです」


 そう噂されている当人は、反応を示さないままギルドの受付に行き、そのまま職員と共に階段を昇って行った。

 上級冒険者はそれ以下のランクと違って、数の称号を与えられる。

 1つ星冒険者ウーノ中級冒険者メディオが昇格して上級冒険者の仲間入りを果たした時のランクである。

 ただ地道に仕事をこなすだけでは決して昇格できず多大な貢献を果たした者のみが審査資格を得られるという。

 つまり、この称号を持つだけで一流冒険者なのだ。

 2つ星冒険者ドッピエッタとはその選ばれし上級冒険者の中でもさらに1段上、数々の難しい冒険を成功させた英雄といっても過言ではないだろう。

 それ程の人物がやってきたとなれば、騒がれるのも無理はない。


「おっと、見てる場合じゃなかったよ。さっさと報告終わらせちゃお。……えーと」


 タックがきょろきょろと受付口を探す。

 酒場のおじさんはあくまで酒場のお仕事をしているのであって、そちらに依頼の話をしても応じてくれない。

 冒険者の依頼などは別の専用職員がいるのだ。


「受付はこっちだよ、前にこの街は来た事があるんだ」


 酒場の脇、ハクアが先導した先に、ギルドの受付口が並んでいる場所があった。

 天板にチーク材を使ったカウンターテーブルで、かなり使い込まれているが手入れはきちんとされている事が伺える。

 3人の受付担当がいた中で、空いている場所の担当者は若い女性だった。

 若いといってもハクアより年を取ってそうだが。


「冒険者よ、自由なれ。依頼のご報告でしょうか?」

「冒険者よ、自由なれ。ええ、その通りです。ル・マリアギルドからの預かりものです、こちらをお受け取り下さい」

「確認致します。……確かにル・マリア冒険者ギルドの印ですね。報酬をお持ちします、そのまま少々お待ちください」


 受付の女性職員はそういって受け取った配達物を持って奥の扉に入っていく。

 少しして、中くらいの布袋を持ち、戻ってきた。


「お待たせ致しました。こちらが報酬の銀貨93枚になります」

「ありがとうございます、……聞いていた額より多いですね」


 正式にはソリード銀貨という。

 ミルディアス帝国時代から1000年近く流通している銀貨で、帝国が実質的に滅びてもいまだ鋳造され続けている。

 というのも貨幣鋳造機は魔王との戦いにおいても破壊されず多数現存しているし、広く流通し世界の常識となっているものを問題もないのに、特に商人や庶民が変えたがらなかったからだ。

 何度か独自貨幣の鋳造を試みた国家も歴史上存在するが、ことごとくが失敗に終わっている。

 貨幣管理は、帝国時代からその業務に携わる一族と組織が行っており、交易ギルドをはじめ、大陸全土に広がっている各組織と連携し、また監視もされている。

 こと金に関する事で、国家という自国利益を最優先するであろうもの達は信用ならないというのが、各組織や国家同士の共通認識のようで、貨幣に関しては公平性も含めミルディアス帝国時代の水準を維持できていると言えよう。

 意外にも交易ギルドは公共性を重視する互助機関として活動しており、利益よりも必需品の暴騰などが起きないように配慮している組織なのだ。

 利に走って暴挙を行いがちな商人達を律する事を役割としている、商人の法の番人と言えるかもしれない。

 この組織も、魔王時代に設立した民間互助組織で、当時暴利を目論んでいた悪徳商人を排除し、人々への安定供給を目的として作られた経緯があるためだ。

 同じような経緯で生まれた冒険者ギルドと深い繋がりがあり、武力行為が必要な場合は冒険者ギルドに相談することが多い。

 ちなみに他にも同時代に生まれた互助機関があるらしい。

 突如大陸全土を統治していた大帝国が機能停止したのだから、必然だったのかもしれないが、混乱期の人々の逞しさは凄いものだ。


 ソリード銀貨100枚でミルド金貨1枚というレートが古代帝国時代よりの相場で、これは今も変わっていない。

 ちなみにアルセス銅貨100枚でソリード銀貨1枚の換算だ。


「海路で来られたのですね。手早いご配達に感謝致しまして多少色を付けておきました」


 期日より大分早かったり、予定の量より多かったりするとその分が報酬増として評価される。

 その負担はギルドが手間賃として受け取るはずだった預かり金の一部が使われる。

 護衛等、依頼者から直接受け取るタイプの依頼の場合は、その依頼者の気分次第と言ったところだが。

 ル・マリアからファナキアに向かう場合は、元々海路で向かうのが普通なので、陸路で他の案件をこなしていく中のついでのような扱いをしなかった事に対しての褒美なのだろう。

 要するに冒険者ギルドが奨励している行動をとった冒険者、という意味なのだ。

 ある意味では餌付けによる冒険者の教育とも言えた。良き行いをしたものには良き報酬を、というわけだ。


「また、定期船側から海賊を撃退し捕縛したという知らせを受けています。そちらは依頼として手配されていた海賊ではなかったため、多くは出せませんが。ギルドからの感謝として金貨6枚をお渡しします。定期船乗員共々、冒険者ギルドとしても感謝致します」


 依頼の対象ではない案件は、預かっている報酬がないために本来なら報酬もないのだが、報酬がないからといってその場で片付けないというのも困るので、即時依頼として受け付け、冒険者ギルドが報酬金を負担する形を取っている。

 無論、ギルド側もその案件に応じて、予期せず助けてもらう事になった側に金銭を要求できそうな場合は要求するのが通例だ。

 ここで理由もなくごねる輩はブラックリストに入れられ、以後冒険者ギルドに出入り禁止処分となる。

 後はギルドの判断によって強引な徴収を行うケースもあるという。

 一般的には優しい顔をしているとはいえ冒険者ギルドとは荒くれものを束ねている親玉だ、敵対者や舐めた態度を取るものには容赦はしない。

 国家権力でも縛れないある種の武力集団でもあるのだ。


「こちらこそ。さすがギルド本部、もうその情報が入っているとは」

「いえいえ。船長さんよほど感謝なさっていたんでしょうね。こちらで状況を把握するより早く冒険者ギルドへいらっしゃいまして」


 あの定期船の人達には感謝である。


「……そうだ。もう一つの依頼がまだなのですが、ファナキア北部周辺で何かついでに出来る仕事はありますか?」

「もう一つの依頼は……。ああ、ポーションに用いる素材の採取ですか。少々お待ちください、お調べ致します」


 受け付けのお姉さんは、ハクアから渡された依頼書を確認すると、凄い速さで依頼一覧のリストに目を通し出した。

 さすがギルド本部を担当する職員だ、すぐにチェックを終え、再びハクアの方へ顔を向けた。


「……こちらの手元にある分では、北部周辺の依頼は見当たりませんね。奥の分も確認致します。椅子にでもおかけになって、しばらくお待ちください」


 不思議な顔をして奥の部屋に向かう女性職員。


「丁度良い依頼がないんでしょうか。普段からそういう具合なんですか、ハクアさん?」

「この街の北部は街道周辺を除けば魔獣が生息しているし、素材採集に限らず、魔獣退治に護衛や配達の需要もあるはずなんだが……」


 そこで女性職員が戻ってくる。

 申し訳なさそうな表情から良い結果でない事は察した。


「お待たせいたしました。申し訳ありません、少し前に別の窓口で冒険者合同チームが北部方面の依頼を複数まとめて受注していたようです」

「ありゃりゃ、タイミングが悪かったね」


 タックが気軽な調子ながら残念そうに両手を広げた。


「ですので、現在こちらの採集地点に近いファナキア北部方面で残っているのは、先程入ってきたばかりの遺跡調査の依頼のみですね」

「遺跡調査? いいじゃない、それ引き受けちゃいますよ!」

 

 ハクアが凄く乗り気で飛びついた。遺跡だからだろうか、その手の案件が好きなのだろう。


「承りました。が、落ち着いてください。まずは冒険者許可証をご提示の上で、内容と条件の確認をお願いします」


 そう言われてハクアはライトブラウンの牛革のカバー付の赤い鋼の冒険者許可証を受付の女性に渡す。

 使い込まれた形跡の少ない比較的新しいカバーだった。

 プレートが交換される昇格時に新調したのかもしれない。


「そりゃそうだ。一応見習いの後輩くんがいるんだぞ、大丈夫そうなヤツなのかチェックをしないと」

「……ごもっともです。どれどれ、場所は……ん? とっくに調査済みの知られてる遺跡じゃないか? なんでまた?」

「ご存じの場所なんですか?」


 カデュウからの声にハクアは軽く解説を加えながら答えた。


「ボクも1度行った事がある。歴史的には謎が多い遺跡なんだ、パネ・ラミデの祭壇と呼ばれている所だね」

「はい、依頼の情報によりますとパネ・ラミデの祭壇付近に異変が起きているようで、アンデッドが付近の魔獣を襲っているらしいのです。現在の所、被害は出ておりませんが、住処を追われた魔獣が人里に向かうかもしれません。原因を調査し解決して欲しいとの事です。また、この依頼はパネ・ラミデの祭壇を過去調査している経験者が条件として指定されています」

「なるほど、丁度条件を満たしているね。……おや? 厄介そうだけど引き受けざるを得ない状況のような? おやや?」

「はい。すでに依頼を引き受けて頂けたとの事で、私共も一安心でございます」


 ニッコリ笑顔の受付の女性はきっぱりともう依頼を受けた事にしていた。

 薄々ハクアも危ない案件である事を察したようだ。

 やらかした、という表情である。

 後先考えずに内容も確認せず引き受けた事が裏目に出たのだ。

 大好物の遺跡というキーワードを前にして食いついてしまったミスに、ハクアは汗を流すしかなかった。


「……なんかヤバそうな事になってるんですが、さっき飛びついたのは無かった事には……」

「申し訳ございません。危険な可能性も低くないのですが、可能な範囲で構いませんので調査だけでもお願い致します。……すでに調査済みの遺跡を探索している方って多くないんですよね。特にあの遺跡は」


 すでに人手が入っている遺跡というのは、当たり前だがめぼしいものは無くなっており、旨味が少ない。

 そんな所に依頼も無いのにわざわざ行く冒険者は、遺跡探索を主体とする探索者と呼ばれる冒険者の中でも学者気質の者ぐらいである。

 魔獣や盗賊やアンデッド等が住み着いている場合もあるので、退治等の依頼の際にそういった調査済みの遺跡に行く、というパターンの方が多いだろう。


「仕方ないなあ。引き受けるといったし、やりますか。……カデュウくんの最初の冒険らしい冒険なのにちょっと危なそうだけど」

「いくらなんでも、かよわい我らだけでは不安が残りますな。他の協力者を探した方がいいかねぇ」


 かよわいタックから助言が差し込まれた。

 人手が必要な依頼や難易度の高い依頼に対して冒険者同士が組む事はよくあるケースなのだ。

 問題は頼れる相手がいるのかどうかだが、これは探してみない事にはわからない。


「ふーむ……。落ち着いて考えるためにも、とりあえず宿を取ってこようか」

「ああ、よければ交易品の取引を行いたいのですが。重いですし、早めに売却した方がいいかなと。船長さんから紹介された店に行ってきてもいいですか?」


 カデュウがそう言うと、ハクアはすっかり忘れていたという表情で答えた。

 運んでいたのはカデュウだから意識していなかったのかもしれない。


「ああ、そうだったね。んー、まだこの街は道もわからなくて不慣れだろ? ボクもついていこう」

「んじゃ、僕が宿を探しておくよ。待ち合わせ場所はギルドの近くにあったカフェにしよう」


 タックが別行動に名乗りを上げる。


「ああ、ワードカフェだっけ。前に行った事あるなあ、リーズナブルで美味しい良い店だった。いいよ、そこにしよう」

「おっと、後輩くん。さっきと言ってる事が違うじゃんって思った?」

「そうですね、少し」


 突然何の事か、等とカデュウは聞き返さなかった。

 タックが言っている事は、先程の冒険者ギルドの中に酒場が入っている理由での答えとの矛盾に感じられる部分について。

 冒険者と一般人との住み分けの件だ。


「ギルド付近の店は冒険者に好意的である場合がほとんどなんだよね。冒険者ギルド周辺には冒険者が多い、これは当たり前だよね。そうなると冒険者相手の商売をする人も出てくる。住民だって冒険者を追放したいわけじゃないから、関わりたくない人達はそういう店に来ないだけ。これもまた住み分けなのだよ」

「それに、ギルド以外の色々なお店でも食べてみたいと思うのは人情というものさ」


 客層が定まっているのなら、その客層に合わせた店が出店されるのは世の道理であった。

 儲けのためには荒くれものだって受け入れる商人も多い。冒険者を嫌がる商人というのは庶民層向けの店なのだ。

 そうなると冒険者を主体として、さらに冒険者と共存できる方の一般人を客として扱う店が出来るのは必然だ。

 冒険者ギルドだけでは全ての需要を賄えないし、商人達が利益の独占を指をくわえて見ているわけがない。

 実際、ル・マリアの小さな冒険者ギルドには酒場がないし、飲食店も含めた商売人達は冒険者も受け入れている。


「なるほど、商売としても正しいですね。納得です」

「さっき色々ギルドから聞いた理由は言ったけど、歴史的に元々酒場だったってのと、単に儲かるからって面が一番大きいんじゃないかな」


 最初にハクアが言っていたことは冒険者ギルドとしての建前であり、冒険者へのお願いなのかもしれない。

 金を落とすならギルドで、という現実的な理由と。冒険者同士の友好関係を築いた方がいいよ、という善意の理由。

 色々複雑に絡み合っているものなのだろう。とカデュウは学んだ。

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