閑話 黒壇の晩餐会

 そこは灰色の部屋だった。

 無彩色で統一された、灰と黒の世界だった。

 中央には大きな5角形のテーブルが置かれており、その5角に備わった椅子は、3席しか埋まっていない。


 世界の裏側に住まうモノ、見えない糸を張り巡らせるモノ、その会合が行われようとしていた。

 世に悪と呼ばれるものは数あれど。このモノ達は、異質だった。飛びぬけて。

 人に仇なすが目当てではなく、利を求めて争うでもなく。

 争い合う理由となるべき欲望が欠如していた。

 物欲も。金銭欲も。名誉欲も。支配欲も。

 それぞれが一大組織の長たるモノでありながら、それぞれの目的はそれぞれに異なっていた、そして自身らの範囲外の事に干渉しなかった。

 故にこのモノ達は共存が出来た。住み分けをする余裕があった。


 このモノ達の集まりには名があった。集まりを呼び掛けた提唱者が定めたその呼び名は。

 ――黒壇の晩餐会エベーヌ・ノワール


「かのレディとシスター殿は遅参かのう、店主よ」


 灰色の服を身に纏った老人が、大きな置時計をチラリと確認しながら呟いた。

 時計の針の音が静かに響く。

 会合時刻はたった今、過ぎ去ったところだ。

 しかしそれを口にした灰色の老人も、他の出席者達も、気にしている様子がない。


「こちらに聞かれてもねぇ。シスターはともかく、あっちはいつもの事さ。むしろ、アレがちょくちょく晩餐会に来ている事の方が驚きだね」


 店主と呼ばれた者が、ティーカップを持ちながら、その磁器の美を眺めつつお茶を飲む。

 その磁器には、名職人の技法によって美しい金彩と繊細な絵付けが施されている。

 ロイヤルウーンズという、王室御用達の窯で作られた北方諸島で最高の高級ブランドだ。

 灰と黒の世界が、美しいこの茶器の一式をより一層引き立てていた。


「律儀に時間を守っている盟主殿のご感想は?」

「何、構わん。アレが秩序であるわけがない、故に守らぬもアレなりの秩序なのだろう」


 盟主、と呼ばれた派手さを控えた気品ある黒いジュストコールを着た者が口を開く。

 こちらはまったく動きもなく、目を瞑っている。


 時計の針が動く。

 その時、ドアが開いた。黒壇の木で作られた、意匠を凝らした優雅なドアだ。


「ヒヒ。ちと遅れたようじゃな」


 ドアから現れた紫色の修道服姿の老婆が、そう挨拶し、椅子に座った。

 椅子も中央にあるテーブルも黒壇の木で作られている。


「シスターもご到着だ。まぁ……かのレディ。“幻想”もそろそろ、来るんじゃないかな?」


 片目を閉じて、ティーカップを持った右手を少し動かす。

 まるで見通すような店主のその言葉通りに、最後の1人が現れた。


「おまたせしたわ。ばったりお友達を見つけたので、ついついね。お茶菓子はまだ残ってる、エルム?」


 絶世の美女、この世のもの成らざる美しきモノ。

 存在だけで灰色の世界に色をもたらす、されど当人は色の世界に溶け込んで……。彼女はそうしたモノであった。

 灰でもなく。黒でもなく。異質な5名の中でも飛びぬけて異質なモノであった。


「ああ。もちろんだとも、レディ。……また気まぐれかね?」

「ええ、気まぐれ。あ、お菓子ありがとう、紅茶もお願いするわ。……今日はレディスタの茶葉で」


 こうして最後の1人が席に着いた。

 合図をするまでもなく控えていたメイドが現れて一礼し、遅れてきた客人へ紅茶を淹れる。


「やれやれ。お茶会じゃなくて晩餐会なんだけどね、ハハハ」

「あら。お茶会はいいものよ?」

「ではそろった事だし、始めるとするが……」


 店主と幻想の戯言を無視して、盟主は立ち上がり、そこで一拍置いて、周囲を見渡した後に頭を下げた。


「この度は、うちの不始末ですまない」

「この地の“鍵”を知った部下が裏切ったそうじゃな」


 灰色の老人が盟主の謝罪の内容を付け足す。

 無論その程度の事は晩餐会のメンバーは皆知っているのではあるが。


「“サバス・サバト”が潜入していて、それがあちらのタイミングで蜂起した。よくある事さ。……蜂起させた、んだろうけど」

「ああ、欲しがっていた情報を与えてやった。ある程度までは絞り込めていたが、潜入者が誰なのかまでははっきりしなくてな」


 そこで盟主は再び席に座った。ティーカップに口をつけ紅茶を味わう。

 高貴で芳醇な香りにすっきりとしながらコクのある旨味。

 今まで変化のなかったその表情が満足気なものへと変わった。


「うむ。……美味い。レディではないが、紅茶は良いものだ。特に飛竜諸島の物は私の口に合う」


 メイドが一礼し、空いたティーカップに紅茶を注ぎ足す。


「最後に奇跡を拝めるのじゃ、奴らも本望じゃろうて」

「表への干渉は? 余計な奴らが介入しては来ないだろうな?」


 盟主が灰色の老人に尋ねる。

 老人は髭をいじりつつ盟主を見て答えた。


「都市側には話をつけておいた。持つべきものは優秀な弟子じゃな」

「どうせ、しっかり人脈作ってきたんでしょ。抜け目がないんだから、エルムは。それで、潜入者の始末は誰が?」

「ヒヒ、ワシら“教団”の領域じゃ。“鍵”に手を出す愚物の掃除は任せてもらおうかい」


 修道女の老婆が不気味に笑う。


「潜入工作員とはいえ我々の管轄を裏切った者どもだ、本来なら“盟約会”で処理したいところだが。……今回は案件が案件だからな。専門家に委託するとしよう」


 盟主もシスターの言葉に同意した。


「私からもいいかな。……今回の件、興味があるので見物したい」


 店主のその言葉に注目が集まる。

 その顔は何かを企んでいるという風なニヤついた表情であった。


「それが条件か、店主よ」

「それが条件だね、シスター。それで引っ掻き回さない事は約束できるさ」

「見物、ね。引っ掻き回すって言ってるようなものだけど」


 幻想と呼ばれる女性が、店主を流し目でちらりとみて、すぐに目を閉じる。

 紅茶を口に含み味わっているのだ。


「どうせ、いつもの戯れじゃろう。邪魔さえしなけりゃ好きにせえ」

「おっけーおっけー。好きにするよ」


 シスターからの許可を得た店主は鼻歌交じりでティーカップを持ち上げた。

 彼らは皆、企むものたちなのだ。企みなど息をする程、自然な事であった。

 そして彼らは皆、自分の領域を持ち、他者の領域をも把握している。

 何を望み、何を目的とするのか。

 その意味で、店主の目的は明快であった。条件さえ飲めば妨害に回る事はない。


「私も好きにしますけど、構わないわね?」

「レディ、君はいつも好きにしかしてなかろう」


 眉をひそめて盟主が幻想にそう返す。


「それもそうね、エド。でも今回はお役に立てると思うわ?」

「ふぉっふぉ。珍しく“幻想”殿が協力的な案件じゃ。ワシら全員が協力出来るとは集まって以来の快挙じゃて」

「何の強制力もないし、なんなら敵対する事だって珍しくないしね」


 この集まりは、組織ではない。ただの親睦会であり、ただの娯楽なのだ。

 故に、黒壇の晩餐会エベーヌ・ノワールのメンバー同士で争い合う事も何度かあった。

 特に“幻想”と呼ばれる彼女は、その目的から周囲への影響も大きい。


「今回ばかりは“星の幻想”の力を借りようかね、上手くやらんとあの辺一帯が消し飛ぶわい」


 シスターが幻想の方を見て笑う。

 それに答えて幻想も過去の原因に愚痴をこぼした。


「ミルディアスも雑なやり方をしてくれたものね、そんな先の事まで考えてはいなかったのでしょうけど」

「1000年も先の事が見通せていたらそもそも滅んじゃいないだろうねえ」


 そこで灰色の老人が手を叩く。


「よし。よしよし。よろしい。話はまとまった。これにて決としよう」 


 灰色の老人の合図と共に、後ろに控えていたメイド達が動き出した。

 話し合いの時は終わった。

 ここからは本来の意味の晩餐会、食事の始まりだ。

 そして最後に灰色の老人の言葉で締めくくられる。


「次なる物語でいかなる歴史が刻まれるのか、喝采と晩餐を以って迎えようぞ」




 黒壇の晩餐会。

 それは天秤であり、盟約であり、管理であり、幻想であり、そして物語であった。


 迷える子羊教会ブルビエガレ

 血の盟約会クローズドワード

 “聖なる闇”教団サンタブイオ

 幻想星域アステリ・アオリストス

 “語り記す者”達。

 ――世界の闇に潜むモノたち。世界の裏を定めるモノたち。

 ――黒壇の晩餐会エベーヌ・ノワール

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