閑話 先生の教え

 夢を見た、昔の事を。先生に教わっていたあの修行の日々を。

 僕はあの頃、クロスという同じぐらいの年の子と一緒に教わっていた。


「敵は殺せ。静かに。気付かせず」

「はい、先生」


 徹底的に教え込まれた。

 殺し方。剣技。魔術。薬学。体術。野外について。歴史について。世界について。暗殺について。冒険について。


「敵を倒したからと油断するな。とどめを刺せ。残心、この心構えを常時もて」

「はい、先生」


 練習で盗賊を襲った。

 何をしてもかまわないので奴らは良い練習台になると先生は言っていた。


「お前は才が無い、才有るものに勝てない。だから工夫しろ、ありとあらゆるものを武器に変えろ、状況と環境を支配しろ」

「はい、先生」


 試合はいつもクロスと戦った。いつも負けた。僕は才能がない。


「お前は剣の才が無い。魔術と薬を学べ、才が無いのなら工夫で補え」

「はい、先生」


 攻撃魔術よりも補助魔術を多く教わった。

 特に戦闘中に使うものは徹底的に短縮詠唱を仕込まれた。


「お前は才が無い、我が剣技を学べ。魔術を取り入れた小手先の児戯だが、少しは役に立つだろう」

「はい、先生」


 魔術を学んでクロスと戦った。ほとんどが負けた。僕は才能がない。


「学べ。生きろ。死んだらそこで終わりだ、敗北など後でどうとでもなる、生きろ」

「はい、先生」


 動けなくなっても先生が治してくれた。

 大したことはないと言っていたので大した怪我ではなかったのだろう。


「学べ。考えろ。最善を考えろ、思考を放棄するな。どうすればより良い結果に繋がるか考えろ」

「はい、先生」


 練習で盗賊を襲った。

 盗賊のボスを斬ってから走り出す。逃げる練習だ。


「敵は殺せ。生かすと恨みを残す。意識の外から攻撃しろ。静かに。気付かせず」

「はい、先生」


 練習で盗賊を襲った。

 逃げる練習の後は伏兵の練習だ。見失わせてから殺すと才無き者でも簡単だと教わった。先生の言うとおりだ。


「敵は殺せ。狩れ。残らず。年寄りであろうと、子供であろうと、情けを見せるな。常在戦場、この心構えを忘れるな」

「はい、先生」


 練習で盗賊を襲った。

 盗賊たちはクロスより弱かった、良い練習台になった。先生の言うとおりだ。


「敵は殺せ。時間があれば死体を隠せ。なければ死体を囮にしろ。状況と環境に応じて殺せ。工夫を考えろ。常に有利な状況で戦えるように考え抜け。それが才無き者の務めだ」

「はい、先生」


 練習で盗賊を襲った。

 先生は盗賊と言っていたけれど、相手の武具はいつもより質が良いものだった。鎧の隙間を狙うのに手間取った。


「考えろ。最善を考えろ。いかなる状況でも自分が果たすべき役目を考えろ。思考を放棄するな」

「はい、先生」


 練習で盗賊を襲った。

 先生は盗賊と言っていたけれど、魔術が飛んできた。多彩な攻撃は派手でロマンがあった。でも脆かった。



 山奥の崖の上でクロスと話した。


「クロス」

「カデュウ、私の家族は父様と、あなただけ」

「そうだね」

「一緒に、冒険者になりましょう? 昔、先生がやっていたという冒険者」

「僕、交易商人にならないといけないんだよ」

「冒険をしながらやればいいじゃない、ね?」

「うん、それはいいね。冒険者になろう」


 約束をした。心から笑顔になった事を覚えている。



「殺せ。心を殺せ。感情など殺せ。プライドなど最も役に立たないゴミだ、殺せ。必要なのは感情ではない。結果だ」

「はい、先生」


 交易についても教えてもらった。

 かつて商人をしていた事もあると言っていた。懐かしい、と感慨深そうに先生が笑っていた。


「殺せ。心を殺せ。怒りなど意味はない。発言と行動を考えろ。最善を考えろ。必要なのは感情ではない。結果だ」

「はい、先生」


 先生が戦う姿は見た事が無い。剣技を、魔術を、見せてくれることはあったけれど。どれも僕達にわかりやすいようにしたものだった。

 僕が先生に抱いた不満は1つだけだった。

 パスタにあまりこだわりが無い事だけだった。

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