5話 海賊?と海賊

 甲板に出たカデュウ達は、この船のすぐ傍まで来ている小型船に気付いた。

 突き出たオールが漕がれている所から見てガレー船であろう。

 まだ夜ではっきりとは見えないが、それでもこちらの鈍重なキャラック船では振り切れない事は明白だった。

 うっすらと見えた海賊旗に、カデュウはル・マリア冒険者ギルドでのやり取り、付近の海賊退治の依頼の話を思い出していた。

 本来は客人であるカデュウ達が戦う義務はないのだが、定期船側が敗北して客にも被害が出るかもしれないし、沈められでもしたらそこで人生の終わりだ。

 それにこういった事態に呼び出されるのが冒険者というものである、出向いて敵を見つける手間が省けたとも言えた。


「近すぎる、火矢は使えんか。やむを得まい、戦闘用意! 接弦に備えろ!」」


 船長の号令でに大声で答え、船員達が甲板に陣取った。

 そこに鉤付きの網が投げかけられ、船同士の間に道が出来た。


 そして、3人が海賊旗を掲げた船から飛び込んできた。

 ――なんと、かけた網など使わずに、跳躍してきたのだ。その身体能力の高さが伺えた。

 乗り込んできた男達の中央に、ドクロマークが目立つ二角帽子を被った太い貴族のような髭をしている男が。

 その左右には、バンダナを帽子のように頭に巻いた水夫姿の太った男と、どこか別の場所をみつめているような、チュニックを着た明後日の方を向いた顔の老人が立っている。

 乗り込まれないように戦うつもりであったが、機先を制され乗船されてしまい、定期船の船長は相手の出方を待たざるを得なくなった。

 載せているのは貨物が中心ではなく客なので、客の安全を考え要求次第では受け入れる事が視野に入るからだ。


 緊迫する空気の中、水夫姿の太った男が船長らしき吊り上がった口髭の男へと口を開いた。


「おやび~ん~、てぇへんだ~!」

「どうしたハッチ。ワシはマンダムか?」


 ……何故か海賊同士で会話が始まった。

 普通は要求を伝える場面ではなかろうか。

 そこに明後日を向いた老人も加わった。


「船長さんや……、メシはまだかいのう……」

「へい、ウミル爺がメシをくれと……」

「そうか……、メスが欲しいか……。ワシも欲しい……」


 ……実にわけのわからない会話をしている。

 定期船側はとても困惑した。カデュウ達も困惑した。


「……ええい、何か要求があるんじゃないのか! 何しに来たんだお前ら!」


 緊張と困惑で苛立った定期船の船長が、要求を早く言えと怒鳴りだした。

 そしてその直後、定期船の船長は、恐怖に怯える事になった。ハッチと呼ばれた太った水夫の、恐ろしく鋭い眼光によって。


「てぇへんだ、オヤビン! 敵だ!ぶちまけるぜぇ!」


 小太りの身体を躍らせ、一気に定期船の船長の目の前まで跳躍したハッチは、轟音すら鳴り出す速度と重さのある強烈な拳を放った。

 定期船側にとっても、要求どころか会話すら通り越し、いきなり攻撃へと移るとは想定外であっただろう。


「ヒッ……!」


 しかし、触れれば肉体が飛び散ったであろうその拳は届かなかった。

 いつのまにか、その間に移動していたウミルと呼ばれた老人が、その拳を受け止めていたのだ。


「バリアーじゃ」


 防御魔術のような言葉を口にしたが、普通に両手で受け止めているようにしか見えない。

 しかし、人など簡単に弾け飛びそうなあの拳を、いともたやすく止めたのは確かだった。

 凄い、確かに凄いのだが……。何故、海賊が放った攻撃を海賊が受け止めているのだろうか……。


「ジジイ、この下種がぁ!」

「ワシは、下種じゃぁ!」


 完全にわけがわからない。

 会話が成り立っているのかすらよくわからないが、何故か海賊同士でヒートアップしだした。

 哀れな定期船の船長は尿を漏らし失神している。


「貴様もくぅたばれぇ!!」

 

 ハッチが受け止められた状態のまま力を入れ、そのままウミルの顔面を殴りつけた。

 そこに、これまた凄まじい跳躍で、何故か斬りこんできたマンダムな船長のサーベルの一撃がハッチの腕に突き刺さる。

 そのまま3者入り乱れたバトルがはじまり、――3者とも空中で殴り合った後、バランスを崩して海に落ちていった。マヌケた声と共に。




 ……静寂に包まれた。定期船側は完全に置いてけぼりで、ハタから見ていたカデュウ達もわけがわからなかった。

 むしろわけがわかる人がいたら凄いものだ、とすら思った。

 

「おい、船長達が沈んじまったぞ。どうすんだよ」

「しらねえよ。俺らで海賊するしかねえんじゃねえのか、あの程度ならどうとでもなんべ?」


 インパクトがありすぎた先程の3者に気を取られている隙に、網を伝って乗り込まれたようだ。その数20人程。

 その風貌、余裕のある雰囲気から、なかなかの手練れのようだ。

 だが、あの3者のような、けた外れの力は感じられない。


「さっきの変な奴らと違って、常識的でありふれた海賊達らしいね」


 タックが海賊達を観察し苦笑する。


「まったく、迷惑すぎる。この船の船長はおねんねしちゃってて船員達はどうしていいかわからないままだ、ボク達ではじめるよ」


 ハクアは横に立つ2人に戦闘開始の指示を出した。


「――わかりました。僕らで何とかするしかなさそうですね」

「おっけーおっけー。あの程度ならどうとでもなるなる」


 カデュウが武器を抜き、タックも小さな竪琴を取り出す。

 人数的には劣勢だが、戦う意志に影響はなかった。


「頼んだよカデュウくん、無理はしなくていいからね。支援は任せてくれ」

「はい、無理はしませんよ」


 カデュウは素早い動きで海賊達の左側へ突進した。

 動きの止まっていた定期船側に油断していた海賊達は、そのまま脅せば降伏するとたかをくくっていた。

 少なくとも自分達の要求を伝えるまでは戦いはおきないであろう、と。

 その虚を突いた形で、突然斬り込んできたカデュウの攻撃を防ごうととっさに反応するが、臨戦態勢の整っていなかったその海賊は、間に合わなかった。

 一人斬られた事で、あわてて近くの海賊がカデュウに斬りつける。

 意表を突かれたとはいえ、すぐ切り替え反応している辺り、素人ではなかったが、反射的に振るったその刃は、カデュウの左手の剣で防がれ、そして右手の剣で突き刺される事になった。


 ――ダブルブレード。

 二刀流とも呼ばれる、両手に持つ武器を別々に操るその動きは、訓練された剣士にしかなしえない動きであった。

 海賊達が一瞬躊躇ちゅうちょした。

 その間に、カデュウはそのまま網を伝って、海賊が乗ってきた船の側へと移動する。

 まとめてかかれば、と皆が考え我先に飛び掛からんとしていた海賊達は、再び躊躇ちゅうちょした。

 不安定な網、上で戦うか、網を踏み外し動けない状態で情けない死にざまとならないか、海に落ちたりしないか。

 そういったリスクを突きつけられ、それでも勇敢なる海賊達は、最初の一人が斬り込むことを選ぶ姿をみて、バラバラになりながらも網の上に乗った。


「ひゅー。やるねえ新人くん」


 タックがカデュウの戦いっぷりを観察して、竪琴を引き出した。

 危なそうならばナイフ投擲で援護するつもりであったが、その必要はなさそうだ。

 ハクアが魔術を使う態勢に入っていたからだ。


「水と風よ、海と空よ、雨と雲なるものたちよ」


 魔術語トゥルーキィが小さく響いた。世界に溶け込むように響く声。

 海賊達は、カデュウへの対処に気を取られ、ハクアが唱える術に気付かない。

 海賊達の半数ほどが網に乗りカデュウの方へ走った時、――ハクアの術が放たれた。


「集え集え、集いて走れ、走りて廻れ、廻りて廻れ! ――気まぐれの暴風雨エウディア・プレーステール!」


 ハクアの両手の動きに呼応するように、周囲から海水が回転しつつ集まり、海賊達の右側にその現象は起こった。

 ――暴風雨、船をも破壊する神の怒りとすら呼ばれる現象だ。

 ハクアの魔術によって生み出されたソレは、自然のものと違って規模は大きくない。

 自分達の船を沈めるわけにもいかないので本来の術から意図的に威力を下げているが、海賊達の半分ぐらいは突然の暴風に吹き飛ばされ海へと飲まれていった。

 カデュウの側には被害がなかったのも海賊達が間延びし落ちやすい場にいた事と、ハクアの精妙なる魔術コントロールのおかげであった。

 突如発生した暴風雨は、ハクアの振り下ろした右手の動きに合わせるように消え去ったが、一瞬の間に海賊達は半減させられて一気に動揺した。


 その間にまた1人、カデュウに斬られる。

 よそ見をしていられる状況ではない事に気付いた者たちが、目前の敵を倒そうとカデュウに斬りかかるが、その剣の一撃は左後方へと回避された。

 海賊達は混乱していた。

 術者は明らかに脅威なのだが、個人だけで動いてもただの無謀な突撃に終わるかもしれない。

 だがすぐ傍の剣士を放置も出来ない。

 戦力を分散する手もあったが、生憎と統率を取るべき船長は海に沈んでいる。

 そして海賊達はカデュウ達の奮闘によって肝心な事を忘れ去っていた。


「勇敢なる者たちよ、戦いの時は来た! 今こそ勇気を叩きつけるその時だ!僕の魔導歌の出番だじぇ! 勇気のブレイバーズ!」


 タックがその手に持つ小さなリュートを奏でると、怯え混乱していた定期船の船員達が正気に返った。

 勇気が湧いてくる、――そう今やらずしていつやるのだ、と。


 ――魔導歌レムア・ハーヴェ。歌をもって術を成す秘術。一部の吟遊詩人達が扱う術歌だが、特にホビック達はこの秘術を得意としていた。


 そして、定期船の船員達こそが本来この船で戦うべき戦闘員なのだ。


 船員「そ、そうだ! 客が戦っているというのに、それでも海の男か! 突っ込むぞ!」


 歌に勇気づけられた誰かがそう声を上げる、それが号令となって船員達は海賊に向かって突撃した。

 半数近くは落ち、数人斬られ、まともに動けるものはもはや6人程度。

 士気も最低になっており混乱の極みにある状態で、元々数の多かった定期船側が突撃してきたのだ。海賊達は為す術なく取り押さえられた。

 



「凄いですハクアさん、あんな術が見れるなんて!」


 無邪気な顔で少し興奮したようにハクアの元に走り寄る。

 ハクアは少し照れたようなしぐさで謙遜するように手を振っていた。


「カデュウくんこそ、新人とは思えない動きじゃないか、ベテラン並だよ! 怪我はしてないかい?」


 近くに来たカデュウの手を、ハクアは両手で優しく握る。

 その柔らかい感触に、――少し、ドキッっとした。


「君たち、僕の偉大なる活躍も褒め称えたまへ! 褒めちぎりたまへ! 戦後の事も考えると1番役立ったのは僕ですぞ!」


 ドヤ顔で胸を逸らして、自慢げな小さき生物がそこにいた。

 鼻高々すぎて尖ってすら見える。


「さすがですたっくせんぱい?」

「さすがですたこ」

「心がこもってなさすぎぃ! なんでそんな片言なの、ねえねえ。しかもタコってなんだよハクア! タコじゃないよタッコだよ! ……あ」

「そうだったのか。間違えていたよタッコ、すまなかったねタッコ」


 ハクアがとてもニヤニヤした顔を披露した。実に素敵な煽り顔であった。


「ムキー! いじめ? いじめなの?」


 じたばたするタックと優しく笑う2人。

 ともあれ、確かに船員達がすぐに後処理をはじめ、航海の続きに戻ったのはタックのおかげであった。

 その時、船員の1人、最初に声を上げた恐らくリーダー格の人物が、こちらに近づいてきた。


「君達のおかげで助かった、その恰好からして冒険者なんだろ? ……本当にありがとう」

「いえ、あのままでは私達も危なかったですから、当然の事です」


 船員からの御礼にハクアが応対する。


「謙虚だな。ぜひお礼をさせてくれ、船を救ってくれたんだ。報酬を払わないとな。……俺にその辺の権限はないから、失神してる船長が意識を取り戻してからだけどな」


 そういうと、後ろを振り向きあいさつ代わりに手を掲げた壮年の船員は、事後処理へと戻っていった。

 その場にいても仕方がないので、カデュウ達は再び自分達の船室へと帰還する


「しかし、最初の3名は、物凄かったですね。あの人達が相手だったら、とてもじゃないけど勝てる気がしなかったです」

「そりゃそうさ。あんなのに近づいてはいけないよ、人間ではないからね」

「物凄い動きしてましたね、あまり関わり合いにはなりたくないです」


 外は天気が変わったのだろうか、雨音が聞こえ、波の音が強まっていた。

 先程のハクアの術が呼び水になったのか、元々雨雲が近づいていたのかはわからない。

 ひとまずはずぶ濡れになる前のいいタイミングで引き上げられた幸運に感謝である。


「でもあの人達、一体何しに来たんでしょう……。勝手に現れて勝手に消えていきましたけど」


 顎を指で触り、少し考えるようにして、ハクアは答える。


「……私に挨拶に来たのかもね」

「お知り合いなんですか?」

「ああ。いや、あんな奴らは知らないけどね」


 どうも言ってる事が良くわからない。

 ハクアは何か知っているようなそぶりだが。


「モティモティで辛いですなぁ、変わり者仲間ですか! ククク……」

「だれが変わり者か。……まぁ、あんな連中を戯れ感覚で使えるような奴の心当たりが、残念ながらあるんだよね」


 うんざりした表情をして、ハクアは水を口にした。

 ポリポリ、とタックはナッツをかじっている。自前の保存食だ。

 ナッツ、ドライフルーツ、チーズなどは保存性が高く冒険者の必需品とも言える定番の食べ物だ。

 これに主食となるパン、そして干したり燻製したり塩漬けにしたりといった肉や魚の類などが、いわゆる保存食として旅人に重宝されている。

 水分は、水よりも日持ちの良い酒類を好む者もいるが、カデュウ達は水筒に水を入れていた。この辺りは好みが出るだろう。


「しかし、カデュウくん。よくちゅうちょなくスパスパと人を斬れたね、何人か殺したんじゃない? 普通、人を殺すのって出来ないものなんだけど」

「窓からおっさん投げ捨てたって聞いたけどね」


 おっさんの件は実際に見ていなかった事もあるが、新人ながら人を殺して特に動揺している気配もないカデュウが意外であったのだろう。


「僕も最初はそうでした、でも先生の修行で人を殺す訓練をやらされまして」

「……どこが交易商人コースなんだい、それ?」


 ハクアの疑問はもっともであるとカデュウも思った。

 今考えても、殺したら褒められるという不思議な環境であった。

 適正がなかったら心が死んでいたんじゃないだろうか。


「アサシンコースの間違いじゃないの? あるいは行殺商人だね! 殺しはいらんかね~今なら暗殺安くしとくよ~って行商する、愛と勇気と希望の使者だ!びゅーてぃ!」


 その商人は結局アサシンではないだろうか……。

 愛と勇気と希望がどこにあるのかは知らないが。

 そんなタックのノリに、ハクアも調子をあわせる。


「斬殺、撲殺、毒殺の3点セットであらお買い得、なんとサービスでお客様もついでに殺しちゃいまーす、ってね」


 とんでもないサービスだった。


「ちゃんと交易の事も教わりましたから、そんな変なのではないですって。心を鍛える為に殺せ、って言ってましたけど」

「割とその先生おかしいよ? 大丈夫? 僕たちの暗殺任務とか請け負ってない?怖いわー、あてくし貞操の危機だわー」


 もう完全にからかう気満々でタックが冗談を飛ばしてくる。

 もっともカデュウ自身も、先生は変わり者だった、とも思っていたのだが。


「もー、お2人とも酷いですよ。僕もかよわい新人なんですからね」

「かよわい新人が最初にこなした依頼がおっさんの暗殺だしねえ……、あらやだ怖い子だよ!」

「ま、あのおっさんの事も後で適当に船員さんに言っとこう、海賊が海に落としてました、とかね」

「やだハクアさんも怖い子ねー。……あの少年の方は僕とカデュウくんで面倒みて、街に付いたら解放しようか」


 タックのその意見に異論はなかった。

 こうして、再び賑やかな明るい雰囲気を取り戻した一行は、街への到着を楽しみに眠りについたのであった。

 ――船体のきしみと波の音に悩まされつつ、だが。

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