第106話 vs焔竜戦
「それと、これを拓海様に」
そう言ってエレーナがどこからか取り出したものを見て俺は驚いた。
いや、女の子の服にはいろいろな場所に謎収納が在るとは聞いたことが在るが、それを一体どこにしまっていたのか謎だったのもあるが。
「これは?」
「ずっと渡そうと思って持ってたのですが、渡しそびれてしまっていて……渡すなら今しかないと」
エレーナの差し出したそれは真紅の指ぬきグローブだった。
いや、グローブと言っても、はめると多分手首と肘の中間地点までの長さはありそうな代物だ。
もはやグローブというよりガントレット?
所々金属が貼り付けられていて、腕あたりの目立つ所には炎の文様も描かれている。
甲の所には何やら禍々しいトゲトゲも付いているし……本当にこれをどこに入れて持ち歩いてたのか。
「トルタスさんに紹介してもらった鍛冶屋さんで特注品で急いで作ってもらったんです」
ふんすっという鼻息が聞こえそうな勢いでエレーナが俺にその凶悪そうなガントレットを押し付けてくる。
「あ、ありがとう」
俺はそれを受け取ると、すっかり怪我が治った手にはめてみる。
はめ心地は悪くない。
ちょっといろいろな装飾のせいで手首可動域が狭く感じるが、それ以外は問題無さそうだ。
何よりちゃんと指ぬきデザインになっているのが気に入った。
腕だけ見かけは中二病というより世紀末ヒャッハーな感じになってしまったが。
しかしこのデザインはエレーナが?
俺はニコニコとガントレットの具合を確認する俺を見ているエレーナをちら見して戦慄する。
この可憐で可愛らしい大貴族のお嬢様がこんな凶悪なデザインの武器を注文したというのか。
その時の鍛冶屋のオヤジの顔はさぞ見ものだったろうな。
まぁ、だいたいは彼女にそんな知識を与えたエリネスさんのせいなんだろうけどね。
今はもう燃え尽きてるだろうけど、キーセット家の書庫にはいったいどんな本があったのか。
「じゃあ今度こそ行ってくる」
「はい、お気をつけて」
俺はその言葉に右手にはめたガントレットを高く掲げで返事とすると近くの草を齧っていたウリドラの背に飛び乗った。
「それじゃあ行こうか」
「ぴぎゅ」
ウリドラは食べかけの草をペッと吐き出すと、一声鳴いてから上空に高く飛び上がった。
一応翼ははためかせているが、この丸っこい体がそれで飛んでいるとは思えないので多分これも魔法の一種なのだろう。
「流石にもう起き上がってるか」
目指す先。
キーセット家の燃え上がる屋敷の残骸の上で、
グワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアォォォォォゥ。
空気も地面も震わせるほどの咆哮。
それはとんでもなく怒りに満ちていて。
「無敵で余裕なつもりで居たのに、俺に殴り飛ばされたのがよっぽど気に食わなかったようだな」
「ぴぎゅ」
「え? 全然強そうに見えないって。それは俺も同感だ」
かつて勇者たちが何人も力を合わせて、やっとその力の根源を封印した存在だと言われているわりに、あの
いや、この世界のまともなドラゴンに相対するのはこれが初めてだから比べようがないけども。
他に知ってるドラゴンなんてウリドラくらいなものだが、コイツはエレーナも知らない種だと言ってたしな。
なによりこんなまんまるふわふわなドラゴンがいてたまるかと、つい鑑定結果を疑いたくなる。
そもそも爬虫類系ですらねぇし。
「ぴぎゅ!」
「うわあっ」
突然ウリドラが急旋回する。
俺のそんな心の中を読まれたのかと一瞬焦るが、俺達の横を巨大な激しく燃え上がる火球が音を立て通り過ぎるのを見て、
「何アレ、逆メテオ?」
「ぴぎゅっ」
「ああわかった、近づくまで落ちないようにしがみついてる」
ウリドラにそう返事をして、その背にしゃがみこみ毛を掴む。
「うわわわわっ」
右へ、左へ。
上へ、下へ。
ウリドラの飛行速度が結構早いのは知っていたが、機動力もこれほどあるとは思わなかった。
時々完全に避けきれず火球がその毛を少し焦がすがその程度だ。
結構長くしがみついていた気がするが、多分現実世界では一分も経ってないだろう。
ウリドラが「ぴがぁっ!!」と鳴く。
「後は任せろ!」
俺はウリドラの背中に立ち上がると眼下を見下ろす。
そこには怒りの炎を瞳と全身にまとった巨大な竜の姿があった。
「またせたな」
『貴様ッ! この
俺の姿を目にした
しかしこいつ一々セリフが小物臭い。
「あのさ、お前って本当にあの『
『なんだと』
俺はウリドラの背中から屋敷の瓦礫の上に飛び降りる。
あんな短時間で消し炭状態になっているのを見て少し心が痛む。
「エレーナさんたちの家をこんなに燃やしやがって」
俺はちょっとだけ
『
その瞬間世界がスローモーションになった。
ゾーンだ。
屋敷の状態に少し意識を向けていた俺は、その攻撃への反応が少し遅れてしまった。
今の俺なら出来るかもしれないが、流石に受け止めるのは博打過ぎるか。
いなすか躱すか。
よし、躱そう。
エレーナに耐性バフを掛けてもらったとはいえ、それがどこまで有効かはわからない。
なるべく
俺は両足に力を込めると、振り下ろされた前足を横っ飛びで転がるようにして避ける。
未だ炎を吹き上げる瓦礫の上をゴロゴロ転がる俺の姿は必死に見えて、よほど滑稽だったのだろう。
『大口を叩いておいて無様だな。俺を弱いと言うなら、今の攻撃程度受け止めてみせろ』
ペッと口の中に入った炭の欠片を吐き出し、俺も
「せっかくさっき女の子からプレゼントしてもらったばかりのこのガントレットをお前なんかに触らせたくなかったんでな」
そう言って手にはめた真紅のガントレットを見せつけるように掲げる。
『見苦しい言い訳を』
今度は不意打ちじゃないので当たるわけがないのだが、
「あっ、そういえばお前に伝えなきゃならないことがあったのを、今のことで思い出したんだけどさ」
『何っ』
俺は振り下ろされた手を軽くサイドステップで避けると一気に
驚愕に見開かれた大きな目と俺の哀れみに満ちた小さな目の視線が交差する。
「エレーナさんがさ」
俺はそのエレーナから貰ったガントレットに包まれた拳に力を入れながら叫ぶ。
「お前との婚約は破棄するってよ!!」
同時に俺が放った右ストレートが
前回の屋根の上と違って、今度は全力だ。
ゾーンに入った俺の目には、ゆっくりスローモーションのようにガントレットのトゲトゲがその顔面に沈み込んでいくのが見える。
やがて骨を砕くような感触が腕に伝わってくるが俺の手は止まらない。
ゴキゴキゴキッと嫌な音が聞こえ。
その次には……。
パンッ!!
予想外に軽い、まるで風船が破裂したかのような音が響き渡ったのだった。
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