第74話 キャロリアの純情

「こんなもんかな」


 俺はスコップで種を植えた所を均しながら立ち上がる。

 村の畑の端っこ。

 一メートル四方の場所を貰い、持っていた種を数個ずつ植え終わった所だ。

 ちなみに今は俺とエレーナの二人だけが日暮れ間近の畑にいる。


 あの後、ツオールに「僕じゃわかんないよ」という真っ当な返事をされた俺はガルバスに許可を貰いにガルバスの家まで戻った。

 ちょうどエリネスさんとの打ち合わせが終わったのか家の外に出てきた彼に、畑について伝えると快く了承を貰ったのだ。


「これで明日には種の茎は生えて収穫出来るはず」

「そんなに早いのですか?」


 エレーナが不思議そうに俺の手元を覗き込みながらそう尋ねる。

 そういや、エレーナが来てから一度も畑仕事をしてないな俺。


「ああ、俺のスキルは知ってるだろ?」

「はい、鑑定スキルと土壌改良のスキルですよね」

「……いや、それはまぁそのスキルの一部で間違ってはないんだけどさ」


 俺は自分がわかっている範囲で緑の手グリーンハンドの能力をエレーナに教えた。

 もちろん女神様云々は伏せてだ。


 そういえばあの女神は元気にしているだろうか。

 結局ポータブルテレビを持ってくるのを忘れたせいで『女神ちゃんねる』にも繋げられないし。


 正直、あの駄女神がなにか役に立つとも思えないけど。

 それどころかせっかっく偶然手に入れたチートの種の事がバレて取り返されたら困るしな。


「素晴らしい能力ですね! さすが拓海様です。きっと神様に愛されて生まれてきたのでしょう」


 エレーナが何時ものように目をキラキラさせながら俺を見つめる。

 むしろ神様のドジのせいで今の俺がある訳だが。


「まぁ成長促進については他の野菜とかまだ育てた事がないからわかんないんだけどね」

「そうなのですか?」

「だって種がなかったからね……って、そうだ」


 俺はエレーナに「ちょっと待っててね」と告げると、載ってきた馬車に荷物を取りに戻る。


「あった、これだ」


 荷台から持ち上げたのは少し小さめのショルダーバッグ。

 見かけの割に結構ずっしりと重いが、今の俺には何の問題もない。


 俺は急いで畑に戻ると、エレーナに「街で買ってきた野菜の種を持ってきたよ」と声を掛けた。

 ちなみにこのバッグは大量に種を買った俺へのサービスだと、あの種っ子がくれた物だ。

 結構年季が入っていて、所々穴も空いているが、種袋をまとめて入れておくには問題ない。


「どの種を植えるかエレーナさんが決めていいよ」


 俺はそのバッグの蓋を開けエレーナに差し出す。

 

「私が選んでも良いのですか?」

「エレーナさんの好きな野菜でいいよ」

「でしたら私、キャロリアが食べたいです。ほんのり甘くて美味しいんですよ」


 キャロリアってあれかな。

 人参みたいなやつだっけ?


 俺は市場の八百屋っぽい店で教えてもらった野菜の姿を頭に思い浮かべる。

 甘みがあるって事はやっぱり人参なんだなあれ。

 まぁ、女神様もこの世界の植生は元の世界とそれほど違わないと言っていたし間違いないだろう。


「キャロリアのたねはこれだな」


 俺はキャロリアの種を数粒つまみ上げると『立派に育て』と念じてみる。

 

「わわっ、拓海様の手が緑色に光ってます!?」


 日が暮れかけてきたからか、昼間だとわかりにくい緑の手グリーンハンドを使った時に出る淡い緑色の光が少し目立っている。

 光ったという事は成功か。

 種を植えた所から少し離れた場所にキャロリアの種を植え、井戸から持ってきた水を掛けて完了だ。

 

「明日が楽しみですね!」

「キャロリアは明日出来るかどうかわかんないよ。最悪四日後までに収穫出来るといいんだけど」


 四日後、俺達はエリネスさんの指揮の下で男爵の屋敷へ向かう事に決まった。


 なぜ四日後かというと、男爵領に分散させられた元男爵領の関係者達にも協力をお願いしたからだ。

 この世界は色々いびつに進化してるとはいえ、第一婦人の手先が使っていたような通信魔道具はそれほど出回っていないらしく、もっぱら通信手段は鳥便らしい。


 男爵領自体はそれほど広くはないので一日あれば十分に連絡は付く。

 だがそれぞれ準備も必要だろうと四日後にしたのだ。


「さて、暗くなってきたしお腹も空いてきたから戻ろうか」

「はい。実は私もお腹ペコペコで」

「エレーナはよく食べるから」

「そ、そんなに食べないですよ! 拓海様が少食すぎるんです!」


 俺が少食に見えるのは、チート種を時々食っているせいで腹が減ってないからなんだよなぁ。

 なんて事はさすがに言えない。


「今日はガッツリ食べるよ」

「本当ですか?」


 今日はかなり少なくなってきたから種は食べてないしな。

 明日収穫出来たらまた種をおやつ代わりにするかもしれないけれど、一応限度は見極めないとまたすっ転ぶハメになるから注意が必要だ。

 いざという時制御しきれなかったら目も当てられない。


「村の人達が一杯作ってくれるって言ってたからね。食べない訳には行かないさ」


 今宵は俺達が馬車に積んできた食材を使って、村の集会場に集まっての宴会が行われる事になった。

 エリネスさんが男爵家を襲撃……もとい、出かける前の決起集会という雰囲気もある。


「もうだいぶ暗くなってるから足元気をつけてね」

「はい……っわわっ」


 言っている側から畑のうねに足を取られ、バランスを崩すエレーナの二の腕を掴み、転ばないように引っ張り上げる。

 エレーナの二の腕柔らかいなと邪な考えが頭に浮かぶ。


「あっ、あの……ありがとうございます」

「まぁ、やると思ってたから」

「それってどういう意味ですか」

「だってエレーナって結構運動音痴でしょ」

「そんな事はないですっ。それよりもう手を離してもらってもいいですよ」

「うおっと、ごめん」


 俺は慌てて掴んでいた手を離す。

 暗いおかげでエレーナには見えていないだろうが俺の頬が紅潮していくのがわかる。


「じゃ、じゃあ行きましょうか拓海様。お母様も村の皆さんも待ってるでしょうし」

「お、おう。そうだな」 


 思春期の中学生かよ俺は。

 なんだかやっぱりこの世界にやってきてからの俺はちょっとおかしくなっているのかもしれない。

 あのゾーンもだけど、あっちの世界にいた頃の俺はここまで純情でもなかったし、人を殴る事なんてした事もなかった。


 でもこっちの世界で行きていくためにはこの変化は必要な事だと今は理解している。

 もしかしたら女神様は体だけでなく心もこちらの世界に対応出来るようにしてくれたのかもしれないな。


 そんな事を考えながら薄暗い畑から俺達は魔道具の光が優しく灯す村の中心へと足を進めたのだった。


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