第63話 地下室から



 小学生のとき、クラスの男子で、かなりお金持ちの子がいました。Mくんです。

 Mくんのうちは大きな家のならぶ高級住宅街のなかにあり、三階建てで地下室まであります。車庫のなかには高級車がならんでいました。


 Mくんはとてもきさくで優しく、女子に人気がありました。Mくんの誕生日にはクラスの子全員がおうちに招かれて、珍しいお菓子やケーキでもてなされました。


 わたしも、みんなといっしょに、いろいろなゲームをして、楽しい時間をすごしました。


 とくに、広い家のなかを使っての隠れんぼは、よそとは違うおもしろさでした。屋根裏部屋やキレイな子ども部屋。自分の家にはないようなものが、たくさんあって物珍しかったのです。


 ことに地下室は初めて見ました。

 コンクリートの壁の細い階段をおりていくと、冷気がただよって、すっと体温が下がりました。

 地下には食料庫や、ワインを適温で保管しておくための部屋、Mくんのお父さんの仕事部屋がありました。


 わたしは仲のいいAちゃんと二人で、階段に近い食料庫に隠れていました。電気をつけると隠れていることがすぐにバレるので、ちょっと怖いけど、薄暗がりのなかに身をひそめました。

 食料庫には窓がなく、昼でも暗かったので、わたしはなんとなく気持ち悪く、Aちゃんの手をにぎりしめていました。


 何度か部屋の前を誰かが通りすぎました。ドアの前を行ったり来たりしています。

 きっと、わたしたちの隠れ場所がわからなくて、鬼のMくんが困っているんだと思いました。


 クスクス笑っていると、足音がドアの前で止まりました。

 しまった。見つかったみたいです。

 わたしとAちゃんは、あわてて口を両手で押さえます。


 カチャッとドアノブがまわり、ゆっくりドアがひらきます。

 ああ、見つかっちゃったか、と思いましたが、ドアは途中で止まりました。そのまま、数分がすぎます。


「あれ? 来ないね」

「通りすぎたのかな?」


 わたしとAちゃんは、小声でささやきかわします。

 さらに数分待っても、ドアは動きません。隠れていたジャガイモの入った木箱のうしろから、わたしは這いだしました。


 そっとドアのすきまから外をのぞくと、白いワンピースを着た女の子が、ろうかをまがって、Mくんのお父さんの仕事部屋のある方向へ歩いていくところでした。わたしたちより少し年長の髪の長いお姉さんです。

 お誕生会にはクラスの子以外にも何人か来ていたので、きっと、そのなかの一人だろうと思いました。


 その直後、さっき女の子が歩いていった、ろうかのまがりかどから、Mくんが現れました。ドアからのぞいているわたしを見て笑いました。


「見ぃつけた!」


 わたしとAちゃんは見つかってしまいました。

 あの女の子は見つからなかったのでしょうか?


「さっき、そっちに女の子が行ったよね?」


 わたしがたずねると、Mくんは首をかしげました。


「さあ? 誰もいなかったよ?」

「そんなはずないよ。たしかに行ったもん」


 わたしとAちゃんとMくんは、三人でお父さんの仕事部屋まで行ってみました。なかをのぞいてみたけど、誰もいません。大きな机の下や本棚のかげも調べましたが、やっぱり無人です。

 しかも、仕事部屋は行き止まりにあって、そこからさきにはどこにも行けないのです。


「見まちがえたんじゃないの?」と、Mくんは気にしていませんでしたが、わたしには錯覚でないことを断言できます。

 たしかに見たし、白いワンピースのすそに花柄の刺しゅうがあったことまで覚えています。


 恐ろしくなり、わたしは何も言わずに地下室から逃げだしました。




 *


 さて、帰るときです。


「今日はありがとう」

「ありがとう」

「ばいばい」


 招待されていた全員が玄関に集まって、その日のお礼を言いました。

 そのなかに、白いワンピースを着た子がいました。地下室で見たときより小柄で髪も短い気がします。ワンピースの柄も違うような?


 ですが、きっと、あのとき見たのはこの子だろうと、わたしは考えました。この子とMくんがグルだったんだろうと思ったのです。

 ほんとはすれちがって階段から上がっていったのに、Mくんは誰も見てないふりをしたんだろうと。

 細かい違いは暗がりで見えにくかったせいだと思いました。


 Mくんって思ってたよりイジワルなんだなと少しガッカリしたのですが……。


「じゃあね」

「また、明日」


 みんなといっしょに手をふって、前庭まで出たときでした。


 ちょうど玄関のよこが、位置的にMくんのお父さんの仕事部屋です。

 仕事部屋には明かりとりの小さな窓が一つありました。地面より少し上のところに、その窓が見えています。

 そこは仕事部屋の天井付近で、部屋のなかからは大人でも手の届く高さではないのですが。


 わたしは玄関さきで手をふるMくんに手をふりかえしながら、なにげなくそっちを見ました。


 暗い縦長の小さな窓。

 そこから白い手がのぞいていました。

 ゆらゆらと、さよならを告げるようにゆれながら……。


    

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