第40話 ネイティブ・アメリカンの霊



 新婚旅行で北米に行った。

 妻の珠希たまきが大のアメリカ好きだからだ。

 西海岸から、ラスベガス、ヨセミテ国立公園など、観光地を見てまわった。


 その途中で泊まった、ある宿での体験だ。

 その宿はオバケが出ると、地元では有名だという。古いレンガ建ての建物で、いかにも出そうなふんいき。


 ホールには暖炉だんろがあり、その上に双子の写真が飾ってある。

 双子の片割れが宿のオーナーだ。


「どんな幽霊が出るんですか?」


 オーナーに聞くと、こういう答えが返ってきた。


「インディアンの霊さ。お客が何人も見てるんだ。あんたたちの泊まる二号室が、もっとも、よく出る部屋だね」


 こう言われて、期待していた。

 じつは、珠希も、おれも、こういう話に目がない。ドキドキしながら、夜中の二時すぎまで待った。が、現れない。明日以降の旅の予定もある。疲れて寝てしまった。


 それは、何時ごろだったろう?

 ぐっすり眠っていたはずなのに、ふっと目がさめた。


 ドアの前に男が立っている。

 生きた人間じゃないことは、ひとめでわかった。体が半分、すけてる。


 ほんとに出た。ウワサのインディアンだ。頭に鳥の羽の飾りをつけて、赤い服をきている。


 出た、見た——そう思った瞬間、金縛りになった。

 声も出ないし、指一本、動かせない。


 インディアンは、ゆっくり、こっちを見た。にごった白い目と、おれの目があう。


 インディアンは叫ぶように口をあけ、ベッドのほうへ、すべってくる。歩くんじゃない。ゆかの上をすべってくる。


 こっちに向かって伸ばした指のさきから、ぼろぼろうじが、こぼれおちる。


 そして、何事かを訴えるように口を動かした。


 おれは気持ちの上では悲鳴をあげた。

 じっさいには、細い息を吐いたにすぎないが。

 いつのまにか、意識を失っていた。


 翌朝——


「インディアンは出ましたか?」

 にこやかに、たずねてくるオーナーに、おれは渾身こんしんの愛想笑いで答えた。


「いえ。出ませんでした。残念です」

「そうですか? そのうち、また見にきてくださいよ」

「そうですね」


 宿を出たあと、二人きりになったとたんに、珠希がつぶやいた。


「見たよね? あれ」

「うん。見た」


 そうか。珠希も見てたのか。あれを。


 昨夜の幽霊。

 インディアンなんかじゃない。

 間近で見れば、羽飾りは、頭に何本も刺さったくいだった。それが血に染まり、飾りのように見えていたのだ。


 そして、その顔は、オーナーに瓜二つ。


 あの霊は、こう訴えた。

 brother kill me——と。


 おれたちは殺人者の宿に泊まっていたのだ……。

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