92 決勝戦、開始!

 その頃、心菜や真たちは、闘技場にいた。

 

「同情して欲しいなら金をくれ……すなわち、心菜に脳天かちわられたくないなら、所持金を置いて去るのです」

「ヒイイッ」

「それって脅迫じゃ」

 

 刀を持った少女の口上に、敵の魔族がひるむ。

 メンバー唯一の常識人である夜鳥が何か言いかけるが、誰も聞いていなかった。

 

「大地や椿が抜けてどうなることかと思ったけど……心菜ちゃんの凶悪度が増して結果オーライかな」

 

 真は、戦いに巻き込まれないよう注意しながらひとりごちた。

 実際、ここに来るまで心菜のレベルは飛躍的に上がった。どうやら人魚の血を飲んで瀕死状態になった時「死を乗り越えた者」という称号が付いたらしい。経験値にボーナスが付き、レベルが上がりやすくなっている。

 現在の心菜はLv.599、夜鳥はLv.505。真だけ、わざとLv.200に抑えている。敵とレベル交換するスキルを活かすため、自分のレベルを低くしているのだ。

 

「枢っちはどこに行ったのかな。このままほっとくと、本当に心菜ちゃんに追い付かれるぞ」

 

 魔族を切って捨て、死屍累々の状況を築いた心菜は、刀をサッと振って血を落とし、優雅に柄に収めた。見ていて寒気がするほどの剣豪ぶりである。

 夜鳥が諦めた表情で、倒れた魔族から財布を奪っていた。魔界ではまともな仕事がないので、こうやって稼ぐしかないのだ。

 

「……枢たんの匂いがします」

 

 夕方の風が、長く伸び始めた心菜の栗色の髪をふわりと持ち上げた。

 髪を押さえながら、心菜は夢から覚めたように呟く。

 

「近くに枢っちがいるのか?」

 

 真は驚いて聞き返した。

 

「分かりません……でも、会いたい。枢たんに会いたいです……!」

 

 赤いヒナゲシのような花びらが、くるくると風に舞う。

 心菜は空に手を伸ばした。

 この空の下に、探している人はいるのだろうか。

 

 

 

 

 人間は泊められないとごねる魔族を、心菜が刀をちらつかせて脅し、三人は無事に宿に泊まる事ができた。魔界では、人間というだけで門前払いを食らうので、必然的に物騒にならざるをえない。

 その朝、真たちは早起きして戦いの準備を整えていた。

 心菜は床に刀を置き、その前に正座して目をつぶっている。

 精神集中しているようだ。

 

「いよいよ決勝戦か。パーティーを組んでる場合は、代表一名による一騎打ちだそうだ。心菜ちゃん、大丈夫か?」

 

 どんな舞台かは知らないが、心菜ひとりにするのは不安だ。

 真は「単独で魔神に勝てるのか」疑問に思っていた。たぶん絶対、敵はLv.999だ。昼間の戦いでレベルを上げたとはいえ、心菜は現在Lv.601。Lv.999にはまだ遠い。

 声を掛けると、心菜は伏せていた面差しを上げた。

 

「いざとなれば時閃跳躍で逃げます。抜かりありません」

 

 時閃跳躍とは、レベルアップで覚えた時流閃の上位技だ。切り裂いた時空を通って、離れた場所に一瞬で移動するチート技である。

 夜鳥がナイフを抜き差しして具合を確かめながら言う。

 

「このメンツなら魔族に囲まれても逃げられるだろ。真以外は」

「うわっ、俺を置いていくんかい」

 

 真、つい関西弁で突っ込みを入れる。

 だが夜鳥の言う通り、一番、危険なのは悲戦闘員の真である。真のスキルは特殊な上に、対人および一対一向けに偏っている。大勢に囲まれれば詰みだ。

 

「いざ出陣……!」

「やっぱり俺は留守番したい」

 

 勇ましく立ち上がる心菜。

 真は肩を落として後ろを付いて行く。

 ここ数日ですっかり通い慣れた、闘技大会の受付へ行ってみると、そこには多くの魔族が集まっていた。大半は決勝戦を見に来た観客らしい。

 決勝戦の舞台は地下にあるということで、真たちは案内に従って階段を降りていった。

 ぐねぐねと長い階段を十分以上降りた先にあったのは、煮えたぎるマグマの上に浮かぶ闘技場だった。

 照明が少ない演出のせいで、マグマの明るさが際立って見える。

 その上の闘技場は暗くてよく見えない。

 

「灼熱地獄なのに、マグマの海がねーなと思ってたら、最後に来たか……!」

 

 熱風に顔をしかめて、真は付いて来たことを後悔する。

 戦闘ジョブで打たれ強い心菜と夜鳥はともかく、真は余波でマグマをかぶるだけでも死ねる自信がある。

 

「お集まりの皆さんに、お知らせがあります」

 

 突然、闘技場の中央にスポットライトが当たる。

 黒髪に緑の目の男が、観覧席に向かって声を上げた。

 大勢の前に立っているにも関わらず、いやに冷静な口調だった。

 

「今回、アグニの代わりに、別の神に決勝戦をお願いしました。なんと、光の七神です」

「!!」

 

 サプライズに、会場は一瞬静まりかえる。

 魔族たちは何を言ってるか分からないと混乱しているようだ。

 

「光の七神が、魔界にいる訳ないだろ?!」

「冗談にしてもタチが悪い」

 

 しかし魔族たちは、闘技場に立つ男の余裕に不気味なものを感じていた。真も彼らの「いつものイベントの雰囲気じゃない」という空気を察知して、戦慄する。

 

「いったい何が……」

「さて。本物か偽物か、戦ってみれば分かるでしょう」

 

 闘技場の中央の男は悠然と微笑んでみせた。

 彼の隣に立つ人影にスポットライトが当たる。

 スポットライトが掘削した暗闇から、黒髪で中肉中背の青年の姿が浮かび上がる。青年は旅人であることを示すような簡易な衣服を着ており、ため息を吐いて気だるげな風情を発散していた。

 

「本日の決勝戦で挑戦者を迎えうつのは……人間の国アダマスを守護する聖晶神!」

「……あー、こんな紹介の仕方されると思ってなかった。すげえ恥ずかしい」

「自業自得だよカナメ」

 

 闘技場の上で項垂れているのは、竜神リーシャンを頭に乗せた枢だった。

 

「枢っち!」

「枢たん!」

「近藤?」

 

 真たちは異口同音に声を上げる。

 枢は観覧席を眺め渡し、真たちからすっと視線を外した。あまりに自然なスルーだったため、真たちに気付いているか不明だ。

 真はその表情に、幼馴染みの勘で違和感を覚えていた。

 

「枢っち、なんか目が冷たい……?」

 

 一方、周囲の魔族は「何者か知らんが殺しちまえ!」と喝采をしている。

 

「はあ……アグニのルールだと、挑戦者と一対一で戦うことになってるけど、面倒だわ。お前ら、一気にかかってこいよ」

 

 枢はヤジを飛ばす魔族たちを恐れる様子もなく、堂々と宣言する。

 

「ちょ、ちょっと待て……」

 

 真は絶句した。

 一斉に動き出す周囲の魔族たち。

 真たちはその動きに付いていけず取り残される。

 何かとんでもない事が起ころうとしていた。

 

 

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