第4話 仕立て士レスリーと幼馴染

「やっぱり王太子発表は特別なのよ。うちの師匠もすごく張り切ってるよ」

 予想される魔獣の危険については知らないのか、ターニャがのんきな口調でそんなことを言う。


「タリーニ先生も? ヴァーナー先生もそうよ。相変わらず無表情なのに、目がキラキラしてて怖いわぁ」

 ひどい言われようだけど、たしかに。

「ねえねえ、天啓ってどなたに降りたのかしら」

「王子様のどちらかじゃない?」

「ロイ様かもしれないわよ? あの方の仕立てが始まるときから、大幅に求められる水準が上がったし」

「私はテイバー様だと思うわ。ロイ様は二位だけど、テイバー様は二年連続優勝者だもの」

「ほんと、レスリーはテイバー様命よね」

「当然よ!」


 十六歳ではじめてあの方を見たの時から、ずっと憧れ続けているのだ。

 年は私のほうがひとつ上だけど、そんなの関係ない。もっと年上の方だって、彼を見てうっとりしてるもの。あの方を見て平静でいられる女なんて、この世にいないと思うわ!


「ただ、今年はテイバー様、だれともデートなさってないのよね。やっばり選定式の噂は本当なんじゃないかしら」

 カーラが首をかしげてそんなことを言った。選定式のとき、ナナがテイバー様の心を射止めたという噂は、まことしやかに流れていた。

「ないわよ、ありえない! テイバー様は鍛錬が忙しかったのでしょう。連続優勝がかかってたもの」


 そうは言いつつ、残念な気持ちが押さえられないのは確かだ。

 だってテイバー様は去年まで、時間と都合さえ合えば身分を問わず割と気軽にデートに応じて下さる人だった。

 社交シーズン中、騎士の方は女性の身分を問わず頻繁にデートをする。平民と貴族が結婚することはほとんどない。だけど騎士様が次男以降だったり、それぞれの立場によってはごくまれに結婚まで至ることもある。だから女性側もこの時期は、素敵な男性を射止めるのに必死だ。

 テイバー様のような、次期領主など立場のある方とは刹那的なお付き合いしか望めないけれど。それでもあんな素敵な人の隣に立てたなら、それだけで天にも昇る気持ちよ。騎士様の中でも、あんな風にまるでお姫様みたいに女性を扱ってくれる方なんて他にはいないわ。


 なのに今期は一度もデートをした人の話を聞かない。今シーズンで町に降りたのは、護衛の仕事の時だけだったらしい。

「ガブリエラ様とは、よく一緒にいらっしゃったわよね」

「それはいつものことでしょう! ご学友で幼馴染だそうだし」

 確かに今年は、二人でいるところを見ることが多かったように思うけれど。

「なにムキになってるのよ、レスリー。昔一度デートしたからって、恋人になれるわけじゃないのに」

「それはそうだけど。でも、キスもしてもらったし……」

 カーラに突っ込まれ思わず口ごもる。でも四年前、たった二時間だけとはいえ、テイバー様とデートした思い出は私の宝物なのよ。


「おでこにね。それなら私もしてもらったことがある」

 冷静なカーラの言葉にターニャも「私もおでこにしてもらったー!」と楽しそうに手を挙げ、ユナはクスクスと笑った。

「貴族のご令嬢なら、もう少し色っぽい関係になることもあったかもしれないけどねぇ。あの方はだれにでも優しいけれど、恋人は作らないから」

 だからこそ他の騎士様同様、私たちとも気軽にデートしてくださっていたのだろう。しつこく迫ったりしなければ、本当に紳士的に優しく接してくださる方だ。


 噂では、テイバー様から唇へキスしてもらった女の子の話はあまり聞かない。多分それは、貴族のお嬢様限定なんだろうなって私は思ってる。それともみんな秘密にしているのだろうか?


「テイバー様の口づけは、全身から力が抜けちゃうくらい、とっても素敵なんですって」

 昔、ターニャがニヤニヤしながらそんなことを言ったことがあった。どこかのお客様情報なのだろう。顔も知らないどこかの美姫の、うっとりとした姿が浮かんでため息が出る。羨ましい。


「でも、レスリーにはエースがいるじゃない」

 ユナがふわんと笑って、とんでもないことを言った。自分が結婚決まって幸せだからって、勝手なことを言わないでほしい。

「エースはただの幼馴染よ。それ以外の何者でもないわ」

 エースは貴族だし騎士だけど、子沢山家庭の末っ子ということもあってか、物心ついたころには一緒にその辺を転げまわっていたように思う。彼のお父様やお兄様たちがお客様として来ていたこともあって、私たちはよく一緒に遊んだものだ。

 あのころは、貴族とか上級仕立て士とか、なんにも関係なかったから。


  ☆


 次の日のことだ。

 使いから戻る途中、偶然会ったエースに呼び止められ、一緒に遅い昼食をと誘われた。

 ユナが変なことを言うから一瞬断ろうかと思ったけれど、姉弟みたいなものだと思い直す。久々に会ったのだし、町で食事をおごってくれるというのだから、いい気晴らしにもなろうというものだ。


 ほぼ私が一方的に話していたんだけど、テイバー様がナナにベタぼれなんてデマ話になると、エースは奇妙な表情になり、

「ああ、それなぁ……」

 と、後頭部をかきながら苦笑いをした。

「お前、選定式には出なかったんだっけ?」

「出てたわよ。でもあの二人が仲睦まじく出ていったところなんて見てないもの」

 大体、そんなことありえないじゃない。

 だけどエースに

「ははっ。あれはなんと言うか、テイバーの一方的な片想いだったぞ」

 と、可笑しそうに言われ唖然とする。


 エースはテイバー様と割と親しい。四年前のデートをお膳立てしてくれたのもエースだ。

「嘘でしょ」

 ありえない、ありえるわけがない。


 だけどエースは笑いを収めると目を伏せ、痛みを伴う何かを思い出すように、

「あれは、惚れるよ。うん。俺だって惚れるわ」

 などと言う。

「はああ? 意味がわからない! なんで、テイバー様が、ナナなんかに惚れるのよ? ナナがちょっと美人だからって、あんたまで鼻の下伸ばすわけ? あんな」

 人かどうかも分からないような女!


 一番言いたいことをぐっと飲みこみエースをにらみつける。すると、彼は困ったような顔で微笑んだ。

 何よ、その表情かお


「お前、レシュールが襲ってきたとき、すぐに避難できたんだよな」

「ええ。何よ突然。ちゃんと騎士様たちが守ってくださったわよ。それがどうかしたの?」

「――いや。どうもしないさ。ただ、ナナはテイバーに特別な態度なんてとってなかったのは確かだぜ? 見てて面白いくらい無関心って感じだったから……。誰に対しても平等だったし、テイバーを見てもお前たちみたいな反応は一切なかった」


 そのしみじみとした言い方が気に食わなくて、私はフンと鼻を鳴らす。

「じゃあ、あんたが口説いてみたら? 案外うまくいくかもよ」

「いや、それはないな」

 そう言ってジッとこちらを見つめる目に落ち着かなくなり、つい顔をしかめる。


 なんなのよ、一体。

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