第48話 餃子祭り
そこから最後の試合までの日々はあっという間だった。
私はあまり見に行っていないけど、クララ様は確実に力の使い方が上手になってるという話だ。
私は毎朝若君の鍛錬を見学して、一緒に私が作った朝食をとり、二人で、時にオリバーさんを交え色々な話をした。
主に力の使い方について意見を交わすことが多い。
写真はあの後もあちこちで探しているけれど、今の所見つかってはいない。城内は広いので、しらみつぶしに探すこと自体が不可能なのだ。
今はただ、若君の魂を取られるなんてことがないよう、必死に祈ることしかできない自分がとても歯がゆかった。合計四枚も写真を撮られていたんだから他にもある可能性は高い。若君に注意を促したほうがいいのかな。そう思いつつ、試合前に余計なことで心を煩わせたくない思いも強く、グルグルと悩んでいる。
餃子の賄い(というか、炊き出しだよね?)は要望の多さに根負けして、一度だけという約束で実施することになった。もちろん料理人の方たちを助っ人に入れてもらってだ。
練習や打ち合わせを含め、炊き出しまではたった三日間。初めて見る料理でも手際よく手伝ってくださった料理人たちには感謝しかないし、何人かは新しい料理や盛り付けに興味を持ってくれたことも嬉しい。
作る量を増やすってことは、単純に調味料を倍にしていけばいいわけじゃないので何度か試作を重ねる必要がある。つまりその分試食もあるわけで。料理人とお手伝いの人に交じって陛下とか王子たちが紛れていたことには気づいていたけど、知らんぷりをしておいた。一度王妃や王女たちが紛れていた時は、正直めまいがしたわ。
試食のために変装して下働きに交じるとか、いったいどんな王族よ? 特に多かったのは陛下とチェイス様。まさか暇なんですか?
「この餡は、中身を色々変えてもいいんだな。焼いたり茹でたり、ずいぶんと面白いものだな」
「はい、もちろん変えても大丈夫です。今回はしないですが、エビのすり身なんかを餡にして蒸すのも美味しいです」
「陛下に言われたときは、何を好き好んで他国の料理などと思っていたが、いやはや、学ぶものはあるんだなぁ。食器や盛り付けなんて、考えたこともないよ」
「俺、試してみたい具があるんだ。ナナ、式典の後でいいから、その時は相談に乗ってくれよ」
「はい、喜んで」
そんな和気あいあいとした、試作品の試食をしながらのおしゃべり。私が上級仕立て士ということは伝わってるはずなのに、何人かからは、このままうちの料理人になれよとベシベシ背中をたたかれた。嬉しいけど痛いです。
餃子賄い(もとい炊き出し)は最後の試合、つまりイベント最終日の前日に行われた。
私は、夕方から外でひたすら餃子を焼き続けた。
ほとんど祭りじゃない? って雰囲気になったのは、室外調理場が出店みたいだからだろうか? そのうちお酒なんかも入ったみたいで、みんな陽気に飲んで食べて騒いでるのを横目にひたすら黙々と焼き続けてたので、一体だれが食べに来ているのかもわからない状態。後からメイビスたちに、「鬼気迫ってて、声をかけられなかったよ」と笑われた。
でもたまに気づくと、食べに来てくれた人に女の子も多いことでちょっとテンション上がったのは内緒だ。疲れたときに可愛い女の子を見ると和むわ。――って、クララ様の趣味がうつったのかしら? ま、従姉妹だし、似ててもしょうがないわよね?
☆
こんな予定外の仕事が増えた分、私は本来の仕事をひたすら黙々とこなした。本末転倒はあり得ないし、忙しくしてるほうが余計なことを考えなくて済むから。けど私は普段の口数も少なくなっていたようで、スタッフ皆から心配されてたようだ。
それでも、おばあちゃんの
「初仕事だから気負ってるんでしょう」
という言葉で、そっとしておいてもらえている。
この助け舟は、おばあちゃんにだけは、何も隠さずに打ち明けていたからだろう。
ある晩、私はおばあちゃんの部屋で色々なことを打ち明けたところ、若君の半身の事はおばあちゃんも知っていた。若君の境遇も私よりはるかによく知っていた。
領主様が、絶対に貴族から落ちないようにと必死なこと。最愛の妻が亡くなったのを若君のせいだと考えていること。何人も新しい妻を迎えては、子ができないと物のように交換し続けていること。言葉少なだけど、家庭内がいい環境でないことはよく分かった。
「テイバー様は優秀だから複雑でもあるんだろうね。城へ行くと、何度も息子に王の啓示は出ないのかと聞いてくるよ」
おばあちゃんはそう言って、疲れたようにため息をつく。
私を寄こすようにとも言われていたそうだ。
「領主様は若君を王にしたいの?」
「そうだね。王でなくても英雄であってほしい。誰よりも優秀であってほしいようだ。奥様が死んだ意味を求めていらっしゃるんだと思うよ。だからテイバー様が半身を失っても手放さない。なのに、代わりになる子供も欲しいと思ってる」
「代わり? 若君は、使い捨てられるモノではないわ」
ショックで胸が震えた。棚の上でタキが小さく鳴く。
「私、若君の半身が日本にいると思うの」
その言葉に、おばあちゃんは少し目を見張った。獅子のような魔獣ネアーガが相手だったことで、誰も彼の半身が生きている可能性を考えていないのだそうだ。
「うまく言えないんだけど、生きているって感じるの。だから式典が終わったらしばらく日本に戻るね」
許可を求めてはいない、もう決定事項のような言い方をしたけれど、おばあちゃんはゆっくり頷く。そして、
「ナナは、ウィルフレッド様が好きなんだね?」
と聞いた。
我が子たちとは、恋の話など一度もできなかったというおばあちゃんの目は優しい。
「うん、好き。大好き」
だから素直にそう答えた。他の誰にも、もちろん本人にも言えないけれど、初めて口に出して少しすっきり。
「そう。じゃあ後悔しないよう頑張りなさい」
「ありがとう、おばあちゃん。おばあちゃんのことも大好きよ」
にっこり笑うとタキが下りてきて、僕は? とでもいうように、私の足に体を擦りつける。
「うーん、タキも大好きよ」
抱き上げて、ちゅっとキスをする。
「警邏のお兄さんはもういいのかい?」
少し面白そうに聞かれ、私はタキを抱きながら少し笑った。
「お兄さんは特別。今も大好きよ。私にとっては、いつも守ってくれる王子様だもの。でも若君は私が守りたい人なの。ふふ、おかしいわよね?」
タキが僕は? と、尋ねるように短く鳴く。
「タキは私の唯一無二のナイトだよ」
おばあちゃんは大げさに目を丸くして
「モイラの女は代々、生涯一人の男だけを愛してきたんだけどね」
と言って笑った。
「うん、お母さんもそう言ってた。でも私は日本とゲシュティのハイブリッドだからね。意外と恋多き女なんだよ。テイバー様を見つけて若君がちゃんと幸せになるのを見届けたら、いっぱい恋をして、一番いいお婿さんを連れてくるから待ってて」
「にゃあ」
「えー、タキは反対? そうね、タキが人間だったら、きっと一番はタキだもんね。じゃあタキが人になったら、私と結婚する?」
「にゃ!」
めずらしく自己主張してくるタキを撫でながら、ぐるぐる喉を鳴らすタキがあまりに可愛くてクスクス笑う。ホントはね、自分が誰かと恋をしたり、ましてや結婚するなんて想像もつかないのよ。でも、それじゃダメなんだよね。
「前にも言ったけどね、ナナ」
ふと笑みを消したおばあちゃんが、少し首をかしげながら私を見た。
「あんたは好きに生きていいんだよ。婿とか跡取りとか考えなくてもいいの」
「でも陛下は、私が後継ぎを残さなければいけないって……。だから、その……」
「ったく。あの子に何を言われたか想像はつくけれど、そんなの気にしないの。もちろんブライスたちが気に入ってるなら話は別だけど? でもね、力を残すことはそんなに重要じゃないと私は考えてるんだよ」
「でも」
「私が産んだ子は、一人は国王になったし、一人は外の世界でこんなにいい子を残した。あんたは、この国に新しい力をもたらし始めている。人間どう歩いたって、一生懸命歩けばそれは意味のある生き方なんだ。上級仕立て士だって、きっと他にいるに違いない。探し方がわかればいいだけなんだよ。今まで血で継がれて行っているのは確かだけど、遠い祖先繋がりで現れてるかもしれないじゃないか」
「隔世遺伝ってやつ?」
「隔世何とかっていうのはよく分からないけど、そうゆうこともあるって話。絶対に必要であれば、必ずどこかに現れるさ。そんなものだろ?」
そんなものなの?
不安は残るけど、それでもおばあちゃんが力強くそう言うなら、そうかもしれないと思えてくる。
「ねえおばあちゃん、王を選ぶ啓示って何だったの?」
陛下は天が選んだと言ったけど、意味は分からなかった。
「天が、開いたんだよ」
天が開く? 空がってこと?
「あれは、見ればほかに間違えようがないんだよ」
それは一体どんな現象で、いつ起こるんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます