第19話 食事

 まもなく、給仕係が料理を次々と運んできた。お鍋や大皿がテーブルに置かれる。どうやらここで自分でとり分けて食べるらしい。

 とりわけは私がしようと思ったんだけど、若君に「ここは俺が」というので甘えさせてもらうことにした。はじめてのお料理なので助かります。


「ナナと二人で、ナナ以外の人の料理を食べるのは初めてだね」

「ああ、そういえばそうですね」

 たしかに、はじめて会った日からずっと私のご飯ばかりだわ。

「ウィルフレッド様は、毎日違う料理でも嫌がらないですよね」

 何度かオリバーさんにも食事を出したことがあるけど、誘っても断られることも多い。立場のせいかと思ったこともあるんだけど、食べ慣れないものが苦手なんだと、こっそり教えてもらったことがある。

「ナナの料理はみんな好きだよ」

「はあ、ありがとうございます」

 さすがの若君も、ここで嫁に来いと言わないだけの分別はあるようだ。

 さすがに外でそれは笑えない。誰かに聞かれ、本気にする人がいたら大変だもの。

 若君がにっこり笑った瞬間、周囲からかすかにアイドルコンサートのような悲鳴が聞こえたしね。私のことは見えていなくても(モブ万歳)、若君がかなり注目されてるのは確実だ。


 ふと、ウィルフレッド様の手首にブレスレットがチラリと見えた。今は袖に隠れてほぼ見えないけど、私はそれが幾重か重なってることも、そこに小さな守り石やチャームがたくさんついていることも知っている。


 ゲシュティのブレスレットとネックレスは、基本的に誰かからの贈り物だ。

 この二つは自分では買わない。


 ブレスレットやネックレス本体は家族から贈られることが多いらしいんだけど、そこにつける守り石やチャームは恋人同士で贈り合うものだと教えてもらったことがある。

『あなたを大切に思っています』とか『愛してる』という祈りを込めたチャームは、贈られた相手の加護になるのだ。

 おまじないではなく、実際にそうなる。

 しかも、たとえその相手と別れてもその力は落ちないらしい。

 別れるときに修羅場だった、とかならどうなんだろうと思ったこともあるんだけど、幸か不幸か、そういう話は聞いたことがないのでわからないんだよね。


 そんな習慣を考えると、ウィルフレッド様に恋人がたくさんいるのは確実なのだ。これだけの見た目と地位で、彼女の一人や二人いないほうがおかしいでしょう。

 いったい何人彼女がいるんですか? って、たまに突っ込みたくなってしまう。


 あの、たくさんの守り石が埋め込まれたあの複数ブレスレットを見たら、たとえ彼に百人の恋人がいたところで驚きはしないわね。

 実際のところ、若君の恋人の数に興味はないし、面白半分で聞いたところでどうせ教えてはもらえないだろう。それに、まかり間違ってやきもちと勘違いされても困る。


 守り石だって一人一つしか贈らないってことはないし、加護を願って、正式な恋人ではない女性でも贈ることがあると思う。もしかしたら、お付き合いをしていなくても贈ってくる相手はいるだろう。うん、それもたくさんいそう。

 でもその愛情が、文字通り力になるのはスゴイことだよね。ゲシュティの王侯貴族は、わりと体力勝負みたいだもの。


 若君はけっして「エイファル」なんて言われる人ではないと思う。

 出来損ないなんて、彼には一番似合わない言葉だ。

 じゃあなぜあの時……とも思うけど、私は聞かない。私も秘密がたくさんあるし、私たちはそんなことを打ち明け合う間柄ではないものね。



「じゃあ食べようか」

「はい」


 タキのご飯も用意されたところで、さっそく食べ始める。

 最初はお鍋に入っていた豆のスープだ。数種類の豆がたっぷりと軟らかく煮こまれ、トマト味のスープは、何種類かのスパイスがバランスよく絡み合っていておいしい。ぷりぷりした食感は小エビのようだ。


「おいしいです!」

 一口食べて感想を述べると、若君も一口食べて頷いた。

「うん、おいしいな」

「ですよね! スパイスが複雑。いいお出汁が出てるけど、エビがポイントかしら。煮加減も絶妙」


 続いて若君は、照り焼きチキンのようなものを薄く削ぎ、丸くて厚みのあるパンにはさんでくれる。ハンバーガーのような感じで手づかみで食べるようだ。

 こっちは米はおにぎりみたいに手で食べる習慣はないけど、サンドイッチ系はあるんだよね。


「こっちもスパイスが効いてますけど、ほんのり甘辛くておいしいですね」

「ナナの作ってくれる照り焼きに近い感じだから、気に入ると思ったよ」


 ニコニコと楽しそうに料理を平らげていく若君を見ながら、彼が私の好みを考慮してくれたことが嬉しくて、私が楽しく食事ができるよう気を配ってくれていることも嬉しくて、心の奥がほんのりと温かいような、むず痒いような気持になる。


 若君、いい人だなぁ。

 いつもは邪魔しに来るだけで、ついイラッとしちゃうけど、今度からもう少し優しくしようかな。もしも若君が日本人でクラスメイトかなんかだったら、いい友達になれたかもしれないね。


 最後のお茶までおいしくいただいて、大満足のランチだったので、予定通り私が支払いをした。


「俺が連れてきたんだから払うって。ナナに払わせられるわけがないだろう」

 当たり前のように若君は支払いをしようとしてたけど、させません。

 高級レストランじゃないから、こっそり支払いなんてこともできないのは知っているのよ。身分の高い人が下のものにおごる文化なんだろうけど、それじゃあ私が困る。


「いくら若君でも、今は私の護衛でしょう? 案内してもらってるお礼の気持ちなので、ここは私におごらせてください。じゃないと――もうご飯作ってあげませんよ」

「う……」


 ふっ。ちょろい。


「にゃ~」

 タキが若君の肩で、「ドンマイ」とでもいった雰囲気でのんびりと鳴いた。

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