第203話ジャズシンガー

12月7日土曜日午後6時

 二階堂、神原、俺の3人で浅草の『今半本店』の小上がりにいた。

 『特選牛ヒレすき焼き懐石』を食べる。1人前2万円するだけあって、満足出来る肉と味だった。

 消費税や酒代を入れて8万円を支払い今半から出る。


 神原には車で帰って貰い、俺と二階堂はブラブラと吉原へ向かって歩いた。


 浅草ビューホテルの前に差し掛かると間の悪い事に、この前のチンピラヤクザ2人組に会ってしまった。

 2人は走ってきて俺の前に立ち止まって言う。

「兄貴、また会えて嬉しいです!」

 二階堂を見ると笑っている。

 ヤクザの1人が、ダークスーツを着ている二階堂を見て俺に聞く。

「こちらの方は?」

 興味シンシンの顔だ。

「この人はな、警察のお偉いさんだ。警視だぞ」

 ヤクザ2人の、背筋が伸びた。

「失礼しました! 兄貴も警察関係の方なんですか?」

「俺は、ただの遊び人だ。なっ!」

 二階堂を見ると俺に言う。

「遊び人ですか。いい響きですね、兄貴」

 ヤクザが言う。

「兄貴は警視様の兄貴分でもあるんですか?」

「バーカ。ただの遊び友達だ。行く所が有るから、又な」

「どちらまで?お供します!」

「お供されても困るんだよ。風呂だよ、風呂」

「ソープですか!」

「声がデカイんだ馬鹿たれ」


 ヤクザ者達を振り切って歩く。

 二階堂が言う。

「面白い知り合いがいますね」

「この前、因縁つけられて事務所まで連れていかれたんだよ」

「連中、大丈夫でしたか?」

「お前もイザベルと同じ事を言うなぁ」

「どういう事ですか?」

「気にするな」


 高級ソープから出てくると8時半になっていた。

 タクシーで銀座に向かう。

 京橋近辺まで行って、今日が土曜日だったのに気付く。

 銀座のクラブは休みだ。

 タクシーの運転手に行き先の変更を告げる。

 新宿・歌舞伎町に向かわせる。

 タクシーの運転手が言う。

「あの、一度止まってもいいですか?」

 二階堂が聞く。

「なんで?」

「ナビを合わせたいんですが」

「真っ直ぐ行って万世橋東を右・・・そこ!地下道へ行っちゃダメだよ。側道から右折。あとは暫く真っ直ぐ

。数寄屋橋は地下道に行っていいから・・・」

 二階堂が俺に言う。

「最近は道を知らない運転手が多すぎですよ」


 二階堂のナビで靖国通りを走る。両側が繁華街の様相を呈してきた。

 明治通りを渡れば右側が東洋で最大と言われる繁華街の歌舞伎町だ。

 右折して区役所通りに入り、坂を下りきった花道通りの手前でタクシーから降りた。


 花道通りを二階堂とブラブラ歩く。

 何気ない素振りで俺達と並んで歩く若い男。

「キャバクラですか? ロシアパブ、チャイナパブ。何処でも御案内できますよ」

 俺が言う。

「落ち着ける所がいいな」

「ピアノパブなんかどうでしょう?今日は土曜日なんで歌手も入ってます」

「女は?」

「いい女が揃ってます。キャバクラよりはちょっと年齢的に上だけど」

「ババアじゃないよな?」

「違いますよ。30前後迄って感じです。見るだけは只なんで行きましょう」


 客引きに付いていく。

 二階堂が俺に言う。

「まだ、堂々と客引きがいるんですね」

「店にとっても必要なんだな。銀座のクラブだって客引きと契約してる店もあるぞ」


 店では30代半ばの女性歌手がジャズを歌っていた。悪くない。

 ロングのソバージュヘアと歌声が良く似合う。

 伴奏はシンプルにピアノとギター、ウッドベースの3人組だ。

 店内の雰囲気も気に入った。明る過ぎず暗過ぎず。


 案内されたボックス席に座る。

 二階堂が、挨拶に来たママだという女にシステムを聞く。

 テーブルチャージが5000円で、週末はショーチャージがテーブル毎に5000円。後は飲み物代だと言う。女の子の飲み物は一律2000円。指名料は3000円。良心的な店か。


 周りを見渡すと席の7割がたが埋まっている。


 二階堂と俺には20代後半に見える女達が着いた。

 2人共、腰までスリットの入ったドレスを着ている。スタイルはいい。

 飲み物を取ってやって乾杯する。

 女が言う。

「サヤです、宜しく」

「俺はトオル」

 歌手の声と演奏で二階堂と女の会話は聞こえない。

「ここは初めてですか?」

「うん、初めてだ。いい雰囲気だな」

 改めてサヤだと言う女を見る。

 濃いめの化粧と薄暗い照明で何とか見られる顔になっている。オッパイは小さそうだ。

「今日は遊びで歌舞伎町に?」

「そうだよ。君は仕事で歌舞伎町に?」

 サヤが笑う。

「遊びに見えますか?」

「長いの? この店で」

「まだ2カ月。前の店のお客さんが来てくれると思ってたのに、半分も来てくれなくて。参っちゃう」

「大変だな」

「この店、1時迄なの」

「それで?」

「良かったら付き合うわ」

「そういう気分じゃないんだ・・・悪いけど他の子と代わってくれ」

「何よ、ジジイ」 

 サヤが立ち上がる。

「そんな態度だから客も来てくれないんだ」

「大きなお世話です!」


 サヤが立ったのを見てウェイターが俺の元に来る。

「他の子を呼びましょうか?」

 ステージを指差して聞く。

「このステージは何時まで?」

「あと5分位で終わりで、15分の休憩が入ります」

「じゃあ、終わったら歌ってる彼女を呼んでくれるか?」

「畏まりました」

 ウェイターが去っていく。


 歌を聴いた。最後の曲は『レフト・アローン』だった。

 なかなか聴かせる声だが、ジャズシンガーとして勝ち抜くには厳しい。


 ステージが終わり、さっきのウェイターに案内されて、彼女が俺の席に来る。

 二階堂は成り行きを見ながら、女とじゃれている。

 ウェイターが紹介する。

「歌手のアンナさんです」

 隣に座るように手で示した。

 座った彼女が俺を真っ直ぐに見て言う。

「お呼び頂き有り難う御座います」

 普通に話すと、少しハスキーな声だ。

「いい声だね」

「嬉しい」

「最後のレフト・アローンのアレンジは誰が?」

「私がメンバーに注文を出したの」

「そうか。良かったよ。何を飲む?」

「ジン、いいですか?」

 ウェイターを呼ぶ。

「タンカレーは有る?」

「御座います」

 彼女に聞く。

「いい?」

「大好き、タンカレー。ストレートで」

「好みが合うね・・じゃあ2つね」

 最後はウェイターに言った。


 彼女の顔を正面から見る。

「ハーフなの?」

「よく言われるけど完全に日本人」

「血統書付き?」

「調べたらメキシコあたりの血が混ざってるかも。タコス好きだし」

「ははは、おれは中本トオル。60歳」

「笠井ヨーコ、38歳」

 握手した。

「正直だな。もっと若く見えた」

「いくつ位に?」

「37くらい」

「嬉しくて笑っちゃう」

 2人で笑っている時にジンが届いて乾杯する。

 俺が言う。

「笠井ヨーコか。昔、笠井紀美子ってジャズシンガーがいたよな? 好きだったな」

「良く知ってますね。もう20年位前に活動止めちゃってるけど、私も大好き。笠井紀美子さんの事を知ったのは活動を止めた後だったけど」

「チャレンジしないの?メジャーに」

「20年も歌ってるの・・・自分の限界だって分かってるし」

「そうか・・ここで歌ってるのは楽しい?」

「楽しい。女の子を口説くのに夢中で、歌なんか聞いてくれない人も多いけど。でも今日みたいにジャズの話なんか出来ると最高に幸せ」

「俺みたいに席に呼ぶ人もよくいるの?」

「そうね・・7、8年前まではよく有ったけど、もう歳だからね。今は滅多に無い」

「そうか。今日はあと何回ステージ有るの?」

「次の30分で終わり。戻ってきてもいい?」

「モチロン」

「じゃあ後で。次の用意してきます」

 控え室に帰って行った。

 二階堂が俺に言う。

「今の、歌手の子ですよね」

「ああ。次の30分のステージが終わったら戻って来るよ」

「そうですか。歳は行ってるみたいだけど、いい女ですね」

「だろ?」

「俺は、店が終わったらこの子とメシ行きます。中本さんも一緒に行きましょうよ」

「おう。誘ってみるよ」

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